芹沢亀吉
2024-09-04 01:16:26
143708文字
Public 菊タブー
 

108と108

暴虐なナルシストかつ軍国主義者な楠木武が恥をかく物語の通算108話目。仏教において人間一人が持つ煩悩の数は108とされ今回はその108に焦点を当ててみた。いつも通り特盛の残忍描写に加え今回は性描写も色濃く、18歳未満の方が読むのはお勧め出来ない。


 狼狽える亡者3人に対し閻魔が畳み掛けるように判決を下す。

「死してなお性暴力の妄想に入り浸る貴様らが生前の悪事を何一つ反省していないのは自明。3人共地獄に行け、今すぐに!」

 泣き叫びながら地獄へと連行されるクズ3人を眺める火車かしゃは亡者の魂を食する妖怪として知られ、特に汚れた魂を好む。

「あの3人がいた世界の楠木武は今まで吾輩が頂いたのとは別格のようだ。ああ早くその魂を味わいたい。」

「焦るな、火車よ。知っての通り貴様も私も現世に生きる者には干渉出来ぬ。今は待つしかない。他の世界の楠木武が死んだならそれを喰らって待てば良いではないか。美味い馳走は後にとっておくものだ。」

 どの世界の楠木も改心の余地など無い腐れ外道故地獄が楠木だらけだった時期がある。これ以上地獄が楠木だらけになるのを阻止するため閻魔は火車にいずれかの平行世界の楠木が死亡する度その魂を捕食するのを許可した。汚れた魂を好む火車にとって汚れきった楠木の魂はご馳走らしく、荒川らがいた世界の楠木が死ぬのを今か今かと待っている。

 さて物語の舞台を現世へと戻そう。実のところ荒川ら3人は隠し持っていたスタンガンを取り出した途端に全員頭を撃ち抜かれ、帰宅途中の一ノ瀬を拉致出来ないまま冥界に旅立つことに。

 程なくして一ノ瀬の目の前に現れた人物は灰色尽くめの上下を着込み、背中に大きなリュックを、左肩にはVSS自動消音狙撃銃を背負っている。荒川ら3人の顔面を蹴飛ばすこの人物、一ノ瀬はその顔に見覚えがあった。

「せっ、先輩?志保しほ先輩?」

と目の前の藤崎ふじさき志保に話しかけた一ノ瀬は声がかすれ、両頬を涙が伝う。

 大学時代の一ノ瀬は二つ上の先輩だった藤崎の華麗なチアリーダーぶりに憧れ、徐々に恋心を抱くようになっていった。しかし運動も集団行動も苦手な一ノ瀬にとってチアリーディング部への入部は余りにもハードルが高く、仮に入部出来たとしても藤崎と相思相愛になれる見込みも無い。女性の身で女性に恋する気恥ずかしさもあり一旦は藤崎のことを諦めチアリーディングも極力見ないようにしていたものの、憧れの先輩の引退が近づくに連れ再び恋心が燃え上がり、とうとうラブレターを渡す決意をした。

 この一ノ瀬の決意は図らずも藤崎の命を救うことに。ラブレターを渡すため藤崎の後を追い、憧れの先輩が屋上から飛び降りるのを阻止出来たからだ。実のところ藤崎は中学生の頃から性別違和に苦しみ続け、自分は女性だと言い聞かせるためチアリーディングに励み人気者になることが出来た。しかしその「成功」により複数の男性から交際を求められるようになったことが余計に藤崎を苦しめ、誰にも相談出来ず自ら命を絶つ決意をするまで追い込まれてしまったのだ。

 藤崎自身の告白により憧れの先輩の「秘密」を知っても一ノ瀬の恋心は揺るがない。そして藤崎もまた一ノ瀬の純真さ、ひたむきさに心奪われた。この日を境に二人は相思相愛の仲となり、大学卒業後一緒に暮らそうと誓いを立てている。

 ところが藤崎の大学卒業を間近に控えた時期に二人は別れてしまった。巨神を殲滅するため地陸軍に入隊という藤崎の卒業後の進路は巨神討伐自体を文明人の自惚れと看破する一ノ瀬の信条とは相容れない。一ノ瀬は藤崎に何度も再考を促したものの結局口論となり二人は絶交してしまった。

「ごめんね、由衣。本当はもっと早く連絡したかったんだけど、色々あって。」

「私こそごめんなさい、あの時先輩に酷いこと言って。あの後物凄く後悔した。」

「由衣が謝ることなんか何も無いよ。結局正しかったのは貴方だから。あの頃の私は自惚れてた。地球防衛軍なら巨神を倒せるなんて夢物語もいいところ。」

 実のところ二人は互いに絶交したのを深く後悔し、よりを戻そうと接触を試みていたりする。しかし地陸軍に入隊後海外に派兵された藤崎が現地で死亡と報じられ、一ノ瀬は激しい悲しみそして後悔に打ちひしがれた。かつて藤崎が飛び降りようとしたのと同じ場所から飛び降りて憧れの先輩の後を追おうとしたこともあったものの、それを思いとどまったのは万一この地球の何処かで藤崎が生きていたらと思い立ったのが大きい。そして一ノ瀬の予感は的中し、憧れの先輩は生きていて今自分の目の前にいる。