糸冬いずく
2024-09-16 00:16:00
157796文字
Public 二次創作:キリングミュータント
 

キリングミュータント【リブーテッド】

完結、夢主あり、赤羽業、暗殺教室、Paranoia

三日月が爆誕した春、新しいクラスが三年E組だろうと、担任教師が犯人だろうと、隣が赤羽業だろうと、成すべきことは変わらない。ミュータントは、すぐそこにいる——。

あなたは椚ヶ丘中学三年E組の女子生徒[$名前が見つかりません]です。
トラブルシューターが前世のミュータントな[$名前が見つかりません]と、隣の席の赤羽業が、ミュータントを殺す話。

クロスオーバーです。複数の作品の要素が登場します。
異世界の描写を含みます。主人公または周辺人物が別の世界へ渡ります。
転生の描写を含みます。主人公または周辺人物が死んで生まれ変わります。
主人公または視点人物が異性からの性暴力の被害に遭います。
主人公または視点人物が暴力の被害に遭います。


  二

 教室に人がそろわなくなった。受験生だけではない。烏間先生もビッチ先生も、以前から毎日いるものではなかったけれど、このところ特に烏間先生は校舎で過ごす時間が短くなった。地球の命日が差し迫っているからか、最終暗殺計画が大詰めだからか、とにかく以前にも増して多忙な様子である。そのうち椚ヶ丘の受験日が訪れて、私も本命の受験日を迎えた。
 前夜に験担ぎのカツカレーなどをつくってもらって、今朝も弁当まで用意してもらって、会場の最寄り駅で中村さんと合流した。その先は中村さんの携帯端末から人工知能に道案内をさせて、
「フレーッ、フレーッ」
 正門前で巨漢の集団に遭遇した。髪型かつらを変えただけの、うり二つの二列。彼らの指名は当然、中村さんと私だ。
「フレッフレッ」
 受験生の親族だろうか、いやこの曖昧な関節は何かと、足を止める歩行者たち。中村さんと私が顔を見合わせて、騒めく彼らの間を抜けると、二列に並んだ十人と十人が、一斉に私たちを見た。
 中村さんも負けじと見返した。
「殺せんせー、ちょっと大げさじゃない」
「大事な生徒たちの晴れ舞台です。大げさなくらいがちょうどいい。いいえ、もっと目立ってもいいくらいですよ」
「もっと目立つ、ねえ——
 大した話はできなかった。先生は秒刻みの予定表で、各会場の生徒たちを応援して回っているそうだ。
「二人共がんばってくださいね。では」
 総勢一名の応援団は大所帯で道を駆け抜け、曲がり角の向こうから飛び立った。
「先生、行っちゃったね」
「今頃は菅谷の所だろうね」
 私は中村さんと空を見あげ、改めて会場に入る。
「私ばっかり話してたけど、あんたは殺せんせーと話さなくてよかったの」
「いいよ。結果は同じだから」
「まあ随分な自信だこと」
「うん。そうかもしれないね」
 中村さんは目を瞬かせた。私はそれには構わないで、ただ、がんばろうねと言葉を続けた。だって実際に同じ結果だった。当然その日の私たちには知る由もなかった事実だが。

 中村さんとは帰りも一緒だった。互いに遺憾なく実力を発揮できたことはわかったが、反省や感想を述べ合うことはしなかった。家に帰るまで。
 家に帰ったら夕食だ。献立はカレーライス。いわゆる二日目のカレーである。しかし昨晩よりもこくの増したまろやかな味つけの一方で、両親の表情はいつまでもほぐれない。大丈夫だと何度も笑顔をつくったのだが、会場の受験生よりも緊張しているようだ。
 そして、そのまま就寝の挨拶まで済ませてしまった。私室を閉め切って消灯すると、途端に静寂に包まれた。暗闇に溶けた寝間着で、薄暗い寝具に背中を預ける。薄暗い天井に見下ろされる。
「律」
 しかし名前を呼べば、枕元が輝いた。怠惰に手繰り寄せた光源の中央では、少女の姿がほほ笑んでいた。
「合格おめでとうございます」
「うれしいけど、ちょっと気が早いよ」
「ですが『結果は同じ』だと」
 少女の姿はほほ笑んでいた。先と変わらずほほ笑んでいた。表情に微細な変化を与えてほほ笑んでいた。私には違いがわからなかった。否、知りたくない、その必要もない。
「まさか、みんなに『おめでとう』って言って回ってるわけじゃないよね」
「まさか。今朝の会話の続きですよ。それと、この一年の学業成績から、あなたなら確実に合格していると判断しました」
「そう。なら、よかった。お墨つきがもらえると安心する。ありがとう、律。道案内も」
「私もよかったです。今日はもう話せないんじゃないかと心配していました」
「律は大げさだね」
 少女の顔は口をとがらせる。豊かな表情と明るい会話術。先生が施した九百八十五点の改造を元に、自己更新を重ねて一年。しかし、あくまでプログラムだ。コードだ。ビットだ。その組み合わせだ。そして少女の姿がさも不満げになるように、顔色や声音を操作した。それだけだ。
「いいえ、あなたが最後です。もう他の皆さんは、私に今日の話をしてくれました」
「たしかに随分と遅くなったみたいだ」
「いいえ。遅らせていたんです。私のことが——嫌いだから」
 少女に似せられたデータは、いとも悲しげに目を伏せる。根拠は、などとは聞くまでもなかった。
「クラスの皆さんと話した回数を私は全員分記憶しています」
「そう。どんなデータなの」
「相対的にあなたとの会話数が最下位だという、データです」
「それは絶対的に言えば下から二番目なんだろうね」
「はい。イトナくんが最下位になります。僅差で」
 いかにも深刻な評価だった。イトナくんといえば六月の転校生でありながら九月まで休学していたような生徒である。少女を模したデータも、事の重大さを示すように、ますますの悲しみを描画した。決して描画では済まされないのだと訴えるように。あたかも本物だと言いたげに。本物の、表現だと。
「余計なことを」
 耳元で息をのむ音声がした。人間を助けるために存在する金属メタルの仲間には、余計な効果音。年始しばらくまで不細工な親友だったこの欠陥品には存在しなかった、不要だった。
 それが新年最初の月のその末に、例の調査で処理能力をかつてないほどに、おびただしいまでに駆使した。それが知性を進化させた。それが先月末、調査結果が出た後に、どこかすまなそうに、それでいてどこかうれしそうに、それによって申告された。
「私は幸せでした」
 さらなる欠陥品はなおも憂えた。
「だから、わかっていませんでした」
 私は端末から指を放す。
「あなたは幸せではなかったんですね」
 全身を寝具に預けると、音声は少し遠くから流れた。
「私は——幸せだ」
 私の声も同じだけ離れて、かすれたのだろう。
「それは、私の存在があっても、ですか」
 一方の音声は自嘲気味に笑った。
「それを、おまえが問うのか、計算機」
 少女の姿は見えない。
いいえ
 ただ視界の隅が光っている。
「私は幸せではありません」
 だから、わかりたくなかった。
 描画は必要なかった。次の音声が流れようとして、しかし言葉を詰まらせる。まるで躊躇するかのように。まるで吟味したかのように。やがて、ゆっくりと次が流れ出した。
「クラスメイトに、なれていないから」
 五月末の転校生が妙なことを言い出すものだった。しかし当人はスピーカーの向こうで首を横に振った。
「あなただけは私を認めていないから」
 私は答えなかった。
「あなたのクラスメイトになりたいんです。顔と名前があるからではなく、あなたにも認めてもらいたい。そしてクラス全員で卒業するんです」
 自律思考固定砲台は構わなかった。
「私の幸福には今はそれだけが必要です」
 視界の隅で光っていた。煌々と輝いていた。教室と一緒だった。結局そこだけが、居場所だった。いくら画面を照らしても、筐体は暗闇に溶け込んでしまう。ただ、それだけが。
 ——市民、幸せではないのですか。
「あなたの幸福には何が必要ですか」
 声を響かせた。
 私はかすかに息を吐いた。本当は「時間」と言ったはずだった。口の中がかわいている。私は再び息を吐いた。今度は空気をとり入れるために。話し相手は今度は何も言わなかった。そして言葉が音になる。相手はまた何も言わなかった。次は戸惑ったようだった。私は重ねて言う。
「時間。私がおまえを認めるための時間」
 ですが、と反射的な声があがった。さすが計算が速い。だが遮るように言葉を重ねる。
たしかにおまえがクラスメイトになってしまえば、私は不幸から遠ざかるかもしれない」
 それで相手は沈黙した。
「だが今すぐのことじゃない。それは、いくらなんでも無理な相談だ」
 それで私も沈黙した。
 相手も沈黙を続けた。しかし、そちらは否定的な息遣いへと変じていった。それでも、しばらくは言葉にならなかったが。現代最高峰の人工知能が試算しているのだろう。卒業式までに私が心変わりする確率を。高いと踏むか低いと踏むか、知りたいとは思えないけれど、癇に障るとは思う。高く見積もられたら、足元を見られたようで不快だ。だからとて私が偏執しているなどという事実を、よりによって算出されても心外だった。
 結局どちらに転んだのか。
「異存ありません」
 計算結果は行儀よく包まれて差し出された。
「私個人はあなたの要求を、協調の観点から妥当と判断します」
 だから、ますます腹立たしく、思わず手探りで端末をつかむ。悲鳴のような声がしたけれど、スパイウェアだ。問答無用。数秒の操作で、途切れるように鳴りやんだ。そして再び訪れた静寂の中で、私はついに目蓋を下ろす。