糸冬いずく
2024-09-16 00:16:00
157796文字
Public 二次創作:キリングミュータント
 

キリングミュータント【リブーテッド】

完結、夢主あり、赤羽業、暗殺教室、Paranoia

三日月が爆誕した春、新しいクラスが三年E組だろうと、担任教師が犯人だろうと、隣が赤羽業だろうと、成すべきことは変わらない。ミュータントは、すぐそこにいる——。

あなたは椚ヶ丘中学三年E組の女子生徒[$名前が見つかりません]です。
トラブルシューターが前世のミュータントな[$名前が見つかりません]と、隣の席の赤羽業が、ミュータントを殺す話。

クロスオーバーです。複数の作品の要素が登場します。
異世界の描写を含みます。主人公または周辺人物が別の世界へ渡ります。
転生の描写を含みます。主人公または周辺人物が死んで生まれ変わります。
主人公または視点人物が異性からの性暴力の被害に遭います。
主人公または視点人物が暴力の被害に遭います。


  四

 朝だか昼だか夜だか、いや深夜だったか、橙色のチームメイトが顔色を変えた。コアテック視野に輝く星が映し出される。橙色のチームリーダーも笑顔を浮かべた。頭上の星は忠誠評価だ。トラブルシューターは常に他者の忠誠評価を確認することができるのだ。私は眼球内イン゠アイディスプレイの隅に目をやって、それから再び表情をつくる。

 翌朝は誰も起きなかった。女子全員の大部屋だったが、皆、休日は朝が遅いのだろうか。身支度を整え、少なからず物音が立ったものの、一向に起きる気配がない。そのうち空腹に訴えられて結局一人で部屋を抜け出した。修学旅行なら起こしただろうが、今日は夜まで自由時間だ。ひとまず細かい取り決めはなく、朝の制約も一つだけ。まず烏間先生の部下に挨拶をすること。
 というと防衛省の者たちだが、数名は生徒とも顔見知りだ。彼らは時々旧校舎を訪れる。おかげで互いに顔と名前を一致させられるほどの者もいる。今朝挨拶をした相手もその内の一人だった。なぜか驚いたような顔をされたけれど。
「早いんですね」
「いつも同じ時間に起きるんです。園川さんこそお疲れ様です。——烏間先生はどちらに」
「ずっと現場で指揮を執っています」
 砂浜の方向へ視線が移る。
「会うのはやめたほうがよさそうですね」
——食事はまだ、ですよね」
「これからですけど、何かありましたか」
「では手短に」
 こうして昼頃また顔を出すことを約束して、私はしばしの自由時間にありつく。宿泊施設一帯にいるなら自由に過ごしてよいというので、独りで朝食を済ませた後は、せっかくだから各施設を利用して回った。客がいないだけで従業員はいるらしい。だが昼まで暇を潰してもクラスメイトは起きてこなかった。
 正午ちょうどに顔を出したら、係は別の部下に交代しており、生徒が男女を合わせても私一人だと教えられる。さすがに私もわかってきた。皆、疲労困憊なのだ。
 昨日はかつてない規模の暗殺を決行した。これは標的の「奥の手中の奥の手」の前に完敗を喫したわけだが、結果にかかわらず、相当に消耗する程度の日程ではあった。くわえて撤収したところで毒を盛られていたことが判明した。感染力は強くなかったものの致死性があり、生徒のおよそ半数が発症。治療薬を手にするために、E組は新たな作戦に挑んだ。
 朝は船旅、昼は準備、夜は暗殺、次いで潜入作戦。今にして思えば、生活習慣によるものと早合点するべきではなかった。誰かが起きるまで布団をかぶっていなければならなかったのだ。こうなると夜まで起きない可能性も否めない。
 とはいえ後悔してもすでに遅い。午後は開き直ってテラスで過ごした。元は砂浜に出るつもりだったけれど、あまりにも過ごせる場所がなかった。一方このテラスなら腰を落ち着ける場所があり、食卓があり、品書きがあった。
 そして午後三時、ケーキを食べる私の前にビッチ先生が現れる。
「おはようございます。素敵な水着ですね、ビッチ先生」
 私は社交辞令を述べた。最大限の肌面積に花をあしらった英語教師は、対して私を上から下まで眺めると、露骨にあきれた表情をつくる。
「体育着じゃないの」
「他にお客さんもいませんから」
 たぶん後から来るクラスメイトも体育着だろう。何とはなしに、まったくの勘だが。
「『客』ね」
 ビッチ先生は砂浜を見渡した。
 砂浜を闊歩する作業員たちは、E組の生徒よりも数が多く、朝も昼も肉体労働に励んでいた。中央では巨大な重機がコンクリートの塊を積みあげており、海では巨大な箱が完成を待つ。対触手物質のプールだろう。先生は今「完全防御形態」のまま、コンクリートの箱に閉じ込められており、数時間後にはそれらを吹き飛ばして復活する予定だ。
 おかげで砂浜の景観は台なし、ろくに遊ぶ場所もない。海水浴などもってのほか。作業員の一人が安全な区画を教えてくれたけれど、ほんの砂浜の片隅だ。砂浜用の日傘は設置できそうだったが、現状が現状だから気乗りしない。ビッチ先生は随分と素敵な水着をお召しでいらっしゃるが、こんな場所で何のつもりだろう。
 するとビッチ先生は私の正面に座って横目で食卓を見下ろした。ケーキとジュースが載っている。私の物だが「何か頼みますか」と尋ねたら彼女は素直にうなずいた。私も特に文句を言わず、おつかいを引き受けて注文まで済ませてやる。
「あんた、これからどうするつもり」
 頼んだ物を待っていると、ビッチ先生が尋ねてきた。砂浜は変わらず騒がしく、私のケーキは残り僅かだ。
「しばらくのんびりして、今度はパフェでも頼もうかな、と思ってます」
「あら、そう、よく食べるわね」
「ビッチ先生は」
「決まってるでしょ。悩殺よ」
「じゃあパラソル差しますか。私、借りてきますよ」
「そうね。お願いしようかしら」
 最後の一切れまで食べ終えたら、ビッチ先生の飲み物が届いた。彼女はさっさと砂浜に出た。私も新たなおつかいに繰り出したが、道具一式を借りて行ったところでふて腐れた立ち姿に出迎えられる。
「ちょっと聞いて、烏間が——
 不眠不休の烏間先生を挨拶ついでに誘惑したらえらい雷が落ちてきた、と。相槌を打ちながら設置していたら、そろそろ午後四時。テラスに戻って椅子に背を預け、目を閉じて、砂浜の喧騒に耳を傾けて、三十分ほど。呼んでもいない給仕が来る。
 給仕はやけに砂浜へ注意を払って、私の前に皿を出した。クッキーだった。「サービスです」と続けた彼は、そういえばビッチ先生に対応した給仕であった。「悩殺」計画は順調らしい。私は砂浜へ顔を向けて、謝礼ついでにチョコレートパフェを注文する。
 さて、そのパフェが届く頃のことだ。「サービス」の給仕と入れ替わるようについにクラスメイトが現れた。恰好はやはり体育着で、彼は正面に立つなり、
「いつから」
「朝からだよ、おはよう」
「おはよ」
 クラスメイトはその場で椅子を引く。ビッチ先生が座った席だ。彼は一度、食卓を見た。
「女子、あんただけだよね」
「たぶん。ここに来たのはビッチ先生だけだよ」
 担任たちのことは話さなかったが、クラスメイトは勝手に外へ目を向ける。砂浜にいると聞いていたか、いや、ここまで来れば聞くまでもないことか。赤羽なら。
 私は赤羽をよそにチョコレートパフェに手をつけた。スプーンですくって一口、二口、三口、運んだところで急に、赤羽が目障りになってきた。端末でも触ってくれればよいものを、正面で何もせず、いつのまにかクッキーを見つめている。
「食べてもいいよ」
「ここのメニューじゃないよね」
「うん、もらったの。ビッチ先生のおかげ」
 赤羽が顔をあげた。しばし目が合った。
「注文も聞いてくれるよ。このパフェとかジュースとか」
「じゃあ遠慮なく」
 赤羽はクッキーに手を伸ばした。それから飲み物も注文した。彼の飲み物はすぐに届く。私のチョコレートパフェは少しずつ量を減らしていく。
「俺が最初だと思ってたんだよね」
 赤羽は二個目のクッキーを口に運んだ。何がと彼は言わなかったけれど、私は起床時間の件だろうと当たりをつける。
「ええと、なんだか、ごめんね」
 競争をした覚えはないが。当然、赤羽も勝手に競争したとは言わない。手を拭いて体育着から携帯端末をとり出す。
「あら。起きていたんですね。おはようございます」
 モバイル律だった。私はスプーンを置いた。今日、初めての挨拶だった。ゆえに同じ言葉を返しておいて、
「寝る前に電源切ったの忘れてたかも」
 赤羽は怪訝な顔で端末をしまった。
「毎晩スマホの電源切る人」
「そんなことは。昨日、疲れちゃったから、ちゃんと寝たかったんだ」
 向かいでグラスが持ち上げられる。私もまたスプーンを握った。とうとうパフェが残り半分になる。赤羽のグラスはたった今、空になった。しかし彼は立たなかった。
 赤羽は端末はしまっておいて、二本の指でクッキーをつまんだ。三枚目だ。はたして三人目が下りてくるまでここに居座るつもりだろうか。まもなく午後五時。かように彼が目覚めた以上は、三人目も時間の問題ではあろうが。
 とはいえ、しばらく三人目は訪れないようで、結局二人でぽつぽつと話した。私がパフェを食べている分、会話の調子は若干まずい。赤羽はいつまでも席を立たない。私たちの関係は進展してしまった。修学旅行の頃から、同じ班で、隣の席で、日常的に話すようになってしまった。だからこそ話題は限られてきて、昨日の船旅、準備、暗殺、事件、そして今日のこと。
 割合としては今日の話題が圧倒的に多くを占めた。当然といえば当然だ。私たちは昨日中一緒だったのだ。その間に起きたことについて新規性の高い共有はどうしても難しい。一方で今日のこととなるとまず私たちは起床時間に大きな差異があった。朝昼の食事、利用した施設、砂浜の様子、ビッチ先生、烏間先生。
 日中を簡単に振り返ってやると、赤羽は新たに二枚のクッキーをつまむ。一方で私はスプーンを手放した。
「ごちそうさま」
「まだジュースがあるよ」
「そっちは空だけど。どうするの」
「どうしようか」
 いよいよ五時を過ぎた。外はまだ明るい。クラスメイトは下りてこない。先生は元に戻らない。
 喉がかわいてグラスを引き寄せる。液体がほとんど減っていない。だがストローは存外自由に水をかいた。氷は溶けてしまったようだが、一つ吸うだけで口の中に甘酸っぱい味が広がる。三口ほどで喉も潤う。グラスを置くと、また目が合った。私はふと腕をさすった。涼しいのか、肌寒いのか。冷たい物ばかり摂取したから——いや、これは冬の外気だ。
 いつかの夕方、いつもの帰り道、その外れ。だから独りで歩いていて、人の気配に顔をあげたら、同じ学校の生徒がいた。
「どうしてほしい」
 風が吹く。
「やりたいことがあるなら、やっておいたら。まだ使わせてもらえる施設があるんじゃないかな」
 私は端末をとり出した。電源を入れずに持ち歩いていたものだが、指摘された以上は起動するよりほかない。既定の手順によって立ち上げると、画面に複数のロゴが入れ替わり現れる。そしてロック、ホーム、モバイル律、と。「今日はごめんね」などと心にもない謝罪は簡単に受け入れられる。
「そういうこともありますよ」
 今度は電源を落とさずに待機状態へ。暗くなった端末をしまって、ジュースを一口。すると、まだ赤羽が白い顔でこちらを見ていた。南の島でやけに涼しげな表情だ。あるいは表情の抜け落ちたような顔色か。赤羽は今日も今日とて退屈らしい。それとも、
「どうしたの」
 私はやっとグラスを置く。
「やっぱ——
 赤羽はさして間も置かずに口を開いた。「——むかつく」
 つぶやくように声をこぼした。「むかつくね、本当に」
 聞かせるために敵意を漏らした。
 私はさも当然のように表情をうかがった。言葉はない。この私は今ふさわしい返事を持ち合わせない。それは、この私にはそぐわない。——やっぱ、むかつく。むかつくね、本当に。
 冬の外気はあの場所でも私の息を白く変えた。そして白色の向こう側、ずっと奥に、同じ学校の制服が一つだけ見えた。続いてその足元に折り重なった二つの影。姿勢も悪く走り抜ける、一人の上級生。私は星を探そうとした。誰をも照らす頭上の星を。
 ——私たちは黙りこくって端末を出した。それぞれ操作したところにモバイル律が現れる。クラスの端末に導入されたクラスメイトは、それぞれのインカメラから私たちの顔を見比べて「実は」と声を出した。
「行ってみたい場所があるんです」
 画面の外の生徒二人はいつもの顔を見合わせて、二つ返事で了承する。屋外だと言うので砂浜に出る。砂浜には相変わらず作業員たちがあふれていた。赤羽がそこに烏間先生の姿を認めたものの、声はかけなかった。かわりに日傘の下のビッチ先生に挨拶した。モバイル律は彼女の水着を学習したがったけれど、私たちは挨拶だけでその場を離れる。
 そうして人工知能の指示で近辺を歩くうちに、ようやくクラスメイトが起きてきた。夕焼けの中、宿泊施設に引き返し、私たちはそれぞれ体育着のクラスメイトたちの談笑に混ざっていく。やがて自然と高台にのぼった。夕日が水平線に隠れる頃、E組全員が見下ろす先で、ついに大きな爆発が起きる。その衝撃は私たちの所にまで届いて——一番後ろで声がした。
「おはようございます。では旅行の続きを楽しみましょうか」
 夏の夜、南の島が徐々に闇に包まれる。