糸冬いずく
2024-09-16 00:16:00
157796文字
Public 二次創作:キリングミュータント
 

キリングミュータント【リブーテッド】

完結、夢主あり、赤羽業、暗殺教室、Paranoia

三日月が爆誕した春、新しいクラスが三年E組だろうと、担任教師が犯人だろうと、隣が赤羽業だろうと、成すべきことは変わらない。ミュータントは、すぐそこにいる——。

あなたは椚ヶ丘中学三年E組の女子生徒[$名前が見つかりません]です。
トラブルシューターが前世のミュータントな[$名前が見つかりません]と、隣の席の赤羽業が、ミュータントを殺す話。

クロスオーバーです。複数の作品の要素が登場します。
異世界の描写を含みます。主人公または周辺人物が別の世界へ渡ります。
転生の描写を含みます。主人公または周辺人物が死んで生まれ変わります。
主人公または視点人物が異性からの性暴力の被害に遭います。
主人公または視点人物が暴力の被害に遭います。


五月、又は修学旅行

  一

 前の席の奥田愛美はなかなか本題に入らなかった。ウンとかアーとかエットとか、言葉を形にできないどころか、弁当箱を開けもしない。置いてみて抱いてみて、後ろを見て前を見て、三つ編みのおさげをせわしなく揺らしている。
「どうしたの、奥田さん」と尋ねれば、声は届いているようで、肩を震わせて返事のかわりにした。口を開きかけて、閉じかけて、真っ赤な顔面と、真っ青な空気。
 控えめなクラスメイトだった。気が控えめなら声も控えめ、主張も控えめ、体格も控えめ。四月はさらに消極的だった。
 奥田さんの積極性はことさら関心事にのみ強く発揮される。おかげで今やクラスには、彼女の得意科目を知らない者などいない。よって理科の用件ではない、とは消去法だが、彼女に昼食に誘われてかれこれ五分は経過している。もはや予想は無駄である。彼女は前の席のクラスメイトにすぎない。五月も半ば、しかし私たちは今朝も挨拶さえ交わさなかった。
 さて前の席のクラスメイトは、さらに三度、四度と呼びかけたところで、ようやく返事をしてくれた。「大丈夫です」
 大丈夫かと尋ねた声も一応は聞こえていたようだ。
「一緒に食べるのは初めてだね」
「は、はい。その、とおりです」
 そこで思い出したように、奥田さんが弁当箱を机に置く。再び手にとる素振りはない。はっと慌てて机を確認したことはあったが、案ずるまでもなく彼女の机である。五分前に席をつくったとき、彼女は椅子の向きを変えるだけでよかったのに、わざわざ机まで動かした。しかし彼女は安心したように息を吐いて、合掌、「いただきます」
 とはいえ奥田さんが弁当箱を開く直前には私が弁当箱を開いていて、私が箸を握ったから奥田さんも箸を握って、さすがに弁当は異なったが、最初の獲物はソーセージと相成った。世にも珍しい偶然ではないけれど「一緒だね」と声をかけてみる。
「タコさんウインナーです」
 甲斐はあって、奥田さんははにかんで答えてくれた。「エビフライも」
 私たちは食事とともに会話を進めた。よい兆候だった。エビフライは私の弁当で、奥田さんの弁当箱にはない。当然弁当が用事ではないだろうけれど、ソーセージの外見、エビフライの食感、コロッケの中身、この程度で受け答えが安定するなら、むしろ時間の節約である。おかげで話題は早々に午前の授業へたどり着く。
 一時間目の授業、二時間目の実践、三時間目の難問、四時間目の宿題。前後の席のクラスメイトに、他に共通の話題などない。それでも学校生活の用事でなければ、両手をあげて降参するのみだ。しかし四時間目の話が尽きるところで、奥田さんの挙動がまた落ち着かなくなった。
 今度の奥田さんはウンともアーともエットとも言わなかったが、それは食事をしていたからだろう。同じく弁当箱を動かしもしないけれど、おかずをつまみかけた箸は直前でとどめられ、私は用件を予想できるようになった。やはり学校生活に関連していて、しかし今朝の授業ではない。奥田さんも意を決したように声をあげた。「あの」と出た声は思いのほか大きい。
「同じ班になりませんか」と言いきるや、奥田さんは真っ赤な顔を両手で隠してしまう。彼女自身意外な声量だったのだろう。いつのまにか耳まで赤い。もっとも昼休みの教室はにぎやかで、ちょうど遠くの席で笑い声があがったけれど、彼女の大声よりよほど騒々しい。だが彼女は一向に気づかないまま、さっと青ざめて小声になった。「もしかして、もう決まっていましたか」
 今日は今日でも今日の午後、あるいは来週の学校行事。二泊三日の修学旅行である。五月に最初の中間テストを終えると、三年生は京都へ行く。例年のことである。そして例年のように生徒だけで街を歩く機会があるということで、今日の午後から班をつくって準備期間に入る予定だった。
 とはいえ班は、大抵はすでに話がついているものだ。ここで顔を青くする奥田さんも誘われたにしろ、そちら側であるはずだ。少し視線をずらせば斜め前、一列を挟んで窓際の茅野カエデと目が合った。「あの」と消え入りそうな声も、ちょうど彼女に触れる。「茅野さんに誘われたんです」
 消極的な奥田さんの最も親しいクラスメイトが茅野さんだ。対照的に積極的な茅野さんは、すでに自ら班を見つけただろう。元より隣の席の生徒はあらかじめ班長として選出されている。「渚くんの班なんですけど」と奥田さんも言った。
「私も誰か誘っていいって。えっと、あの、うう、よければ一緒の班はどうですか」
 遠くの席からは茅野さんがひそかに笑いかけてくる。
「渚くんは七人班だったっけ」
 班はクラスを四つに分ける形で用意された。ただし割り切ることができなくて、六人班と七人班の二種類が存在することに。伴って四人の班長には、あらかじめ人数も割り当てられた。私はそれらを無難な決定だったと記憶している。たとえば潮田渚はクラスの大半と——教師陣も含めて——良好な関係を築いており、問題を起こすこともない、まさに無難な生徒だ。
 そして班長と人数がわかれば、班員はおのずと明らかだ。渚くんには特に親しい相手がいる。杉野友人ともひとという。渚くんや茅野さんの後ろの席で、今も彼らは食事を共にしている。元より茅野さんはクラスの誰とも分け隔てなく親しい。杉野くんも人間関係は優秀だが、彼が誘わない相手は誘う相手よりもはっきりとしている。
 六人班ならこれで成立だ。
 礼を言うと、正面で青白い表情が硬直した。私は気づかないふりをして、遠くの茅野さんに笑顔を示す。彼女は今やはっきりと私たちに手を振っていた。奥田さんも一息遅れて振り返る。ぎこちなく手を振り返した彼女は、しかし再び顔を合わせるとき、頰を朱に染めていて、「奥田さん」と呼ぶだけで首を何度も縦に振った。私はとどめを刺してやる。
「せっかくだから明日も一緒に食べようよ」