糸冬いずく
2024-09-16 00:16:00
157796文字
Public 二次創作:キリングミュータント
 

キリングミュータント【リブーテッド】

完結、夢主あり、赤羽業、暗殺教室、Paranoia

三日月が爆誕した春、新しいクラスが三年E組だろうと、担任教師が犯人だろうと、隣が赤羽業だろうと、成すべきことは変わらない。ミュータントは、すぐそこにいる——。

あなたは椚ヶ丘中学三年E組の女子生徒[$名前が見つかりません]です。
トラブルシューターが前世のミュータントな[$名前が見つかりません]と、隣の席の赤羽業が、ミュータントを殺す話。

クロスオーバーです。複数の作品の要素が登場します。
異世界の描写を含みます。主人公または周辺人物が別の世界へ渡ります。
転生の描写を含みます。主人公または周辺人物が死んで生まれ変わります。
主人公または視点人物が異性からの性暴力の被害に遭います。
主人公または視点人物が暴力の被害に遭います。


  三

 期末テストの採点結果が届いた朝、少しの事件と暗殺を挟んで、三年E組は昼過ぎに解散となった。実に晴れやかな放課後だった。E組は目標を達成したのだ。この私も晴れやかな顔をつくって、席を立ち、教室を出て、靴を履く。しかし校門は目指さない。E組で人目を忍んで話をするなら裏山と相場が決まっている。今日の私たちはまだ最後の用事を残している。
「おめでとう」
 突き刺すような寒さの中で、私たちはどちらからともなく口にした。乾いた空気に包まれて、また、どちらからともなく足を止める。互いに木の幹を背にする。向かい合うように立ったから、相手の表情は嫌でも視界に入ってきた。私たちはすでにかけの結果を知っている。
 今朝のホームルームで学年順位もはり出された。クラス最下位の寺坂くんの名前が四十七位にあって、肝心の一位から五位までは、A組から一名、E組から四名。五位はクラス委員の磯貝くん。四位もE組から中村莉桜。三位に浅野くんの名前が。そして二位は——私の名前だった。
 主要五教科合計四百九十八点。浅野くんは四百九十七点。いずれも数学の最後の問題で、時間が足りなかったり、過程を減点されたりした。だから、そうならなかった赤羽が五百点満点で学年一位だ。
「あれって、やっぱり、そういう仕組みだったの」
「結果は知ってのとおりだよ」
 今回の平均は九十九点。今も昔も全力でとり組み、偶然にも二、三回、切りのよい数字が続いただけなのだ。この私にとっては、そうなのだ。赤羽は信じていない顔だが。
 試しに尋ねてみる。「命令の結果なら信じてくれる」
 赤羽は即答した。「やだね」
「俺の命令は最初から一つだけ。ちょっと悪い気もするけど——三月じゃなくて今日これからるけど、いいよね」
 冷たい風が皮膚に刃を突き立てる。赤羽が私を見る。私も赤羽と目を合わせる。
「いいよ」

 私たちはさらに奥へ向かった。その命令なら場所を変えたいと申し出たら、二つ返事でうなずいてもらえたので。制服だからと理由をつけ、土を踏み、葉を踏み、あえて痕跡を隠すような真似はしないが、痕跡を残さないような歩き方にはなった。私も、赤羽も。数か月間の成果だろうか。
 しばらく歩かせたが、赤羽は文句もつけずについてきた。わかっている。文句のかわりに、私の一挙手一投足を監視しているのだ。
「わからないな」
「何が」
 赤羽がすかさず、つぶやきを拾う。じゃあ、と私は一呼吸を置いた。
「最後に一つ聞いてもいいかな」
「内容次第だね」
——私、赤羽くんに何かしちゃった」
 かさ、と隣で落ち葉を踏んだ音がした。かと思うと、笑い声があがる。
「何かおかしなことを言ったかな」
「だって」
 赤羽がひいひいと腹を抱える、ふりをする。
「おまえの認識じゃ、急に嫌われたってことになってたんだ」
「まあ、急に。修学旅行くらいから話すようになったとは思ってるんだけど、その、気づかないうちに赤羽くんの嫌なことをしてたのかな」
「そうだよ。おまえの、そういうところが嫌い」
「そんな相手がこれから一番の秘密を教えるって言って、赤羽くんは信じられるの」
「信じてる」
 こちらは即答だった。
 私は正面を向いた。歩く速度を緩めると、隣の赤羽も合わせてくる。そうして足を止めたところで、彼はわざとらしく驚いた。
「わあ、意外と大胆だね」
 裏山ほど内緒話に向いた場所はない。隠れやすく、隠しやすく、明るく、暗く、広く、狭く、E組の面々は熟知していて、熟知していても容易には把握できない。だからこそ、私は赤羽を、この小さな洞穴に案内した。定員は多く見積もっても三名。奥は行き止まりで、出入口は一つ。私が先頭に立って進んで、赤羽の体にそこを塞がせると、二人で向かい合うように座る。
 周囲に人の気配はない。おおよその生徒は山を下りた。教師陣も同様だ。先生もテスト期間にため込んだ予定を、これからマッハ二十で消化して回るという。最初の予定は地球一周。放課後に入って十数分は経過したから、どれだけ急いでも駆けつけるには相応の時間が必要だろう。すると、残る問題は私たちの所持品、特に赤羽の携帯端末だが、——ボットごときはどうにでもできよう。
 私は端末をとり出し、その光で洞穴の内部を照らした。
「あれ」
 赤羽が私の反対の手に注目する。端末の光が浮かびあがらせた、八センチメートル程度の開き切らない鮮やかな赤色、五センチメートル程度の。キノコである。
「いつの間に」
 赤羽は私が拾ったところを目撃していないようだった。当然だが。
 その当然を知る由もない赤羽は、それでも言葉を切った。命令が実行されていない今、へたな追及は私に対して有利に働く可能性がある。だから追及してくれればよかったのにと私は思うのだけれども、赤羽は速やかに意識を切り換え、キノコの特徴を探し始めた。どうやら、こちらには覚えがあるようだ。たしか、と彼は名前を呼ぼうとする。その前に、
「タマゴタケだよ」
 私は口へ放り込んだ。いぼの落ちた傘から、白色の柄まで、一口で。
 瞬時に赤羽が動きを見せた。私の体を取り押さえようという構えだ。狭い洞穴でとれる攻撃は少ない。狭い洞穴だからとれる防御も少ない。
 私はさすがに丸のみはしたくないから、この際、出し惜しみはしないことにする。目の奥に熱が集中すると、向かいの赤羽が立ちあがる前に動きを止める。その隙に、私は咀嚼を進めた。
 傘も柄も余すところなく、かんで、かみ、端から飲み込む。生食ならではの味と歯ごたえ。なくはない。しかし本来キノコは加熱調理のうえで食べるものだ。キノコの生食には食中毒の危険がある。そして、
「火が通ってたほうが全体的にうまいらしい」
 少なくとも私の味覚にとっては。
「赤羽は加熱調理しろよ」
 赤羽は答えなかった。
「食中毒になりたいなら止めないけど」
 赤羽は答えない。私が何も言わなかったら、洞穴は急に静まり返った。赤羽はうんともすんとも言わず、ただ、やけに反抗的な目つきをしている。当然の態度である。まだ何が起きたかもわかっていないだろう。彼はその犯人を前にして、即座に恭順できるような性質をしていない。
 よって赤羽が無言でものを訴えるような様子は、やや気がかりだとも言える。彼はE組でも屈指の減らず口の持ち主だ。では何か。
「あ」
 そこで、やっと私は思い至った。ミュータントパワーで赤羽の動きを封じたときに、口まで封じてしまったのだ。なかなか使わずにいた種類だったから加減を間違えた。当然、赤羽との会話など普段なら決して望まないところだが、
「しゃべっていいよ」
 今日、今だけは発声を許してやることにする。
 ミュータントパワーから解放された赤羽の第一声はこうだった。「吐け」
 赤羽は前のめりになって体勢を崩しかけた。並の人間なら顔から倒れただろう。だが彼はすんでのところで感覚をとり戻し、座り直した。否、腰を浮かせた。
「吐け」
 それでも取り押さえようとはしなかった。ただ私の動きを見逃さぬようにと、目を鋭くさせるだけだ。私が退路を塞がせてやった理由の、答え合わせでも始めたのだろう。赤羽は私から目を離さぬようにしながら、片手で携帯端末をとり出す。
「なら、早くここから出るよ」
 私をにらみつけたまま、クラスメイトの名前を呼ぶ。私たちの端末にはクラスメイトが潜んでいる。
「プールで口をすすごう」
 端末を持たない側の手は、私に向けて伸ばされた。私は両手を耳の横に持っていく。端末も同じく持ち上がり、光源の位置が高くなる。
「何、考えてんの」
「おまえこそ何を慌てているんだ」
——あれはベニテングタケだ」
 赤羽は手を開く仕草をする。私は光を揺らしてこたえる。
「もう十二月も半ばなのに、いい所に生えていたから、とってきてしまった」
「食用のタマゴタケじゃない。有毒のテングタケだ」
 タマゴタケはベニテングタケと同じテングタケ属に分類される。
「まあ大概のテングタケは毒キノコだから、赤羽は安易に口にしないほうがいい」
 例外もあるが、たとえばタマゴタケには間違えやすい毒キノコが存在する。
「本当になに考えてんの。忘れたとは言わせないよ。ベニテングタケは死亡例がある」
「そうだね、まれだけど」
「なら——
——『今日これからる』んだろ」
 赤羽がはっと目を見開いた。そして一旦は口を閉じ、また苦々しげに口を開いた。
「『物理的に殺すわけじゃない』」
 絞り出したような声だった。しかし目はそらさずに、十数分前の記憶に立ち返っている。
「『秘密を教えて』って言ったんだ。『一番の秘密』を」
 それから、ようやく腕を引っ込めた。埒が明かないと判断したようだった。かわりに赤羽は改めてクラスメイトの名を呼ぶ。私はあげた両腕を膝の上に戻す。
「そうだった。『誰にも明かしたことがないような秘密』だったっけ」
 赤羽は私に背を向けようとしていた。
「じゃあ、これは赤羽だけに話すんだけど」
 だが瞳はまだ私の姿をとらえている。
 私の姿を、そして宙に浮かびあがった端末と、きのこの数々を。

「私、ミュータントなんだよね」

 ぴたりと動きを止めた赤羽は珍しく反復した。
「『ミュータント』」
「超能力者と言い換えてやってもいい」
超能力が使えるって」
 視線は断続的に脇にそらされる。嫌でも空中が目につくのだろう。私はきのこを体の周りでまとまりなく一周させてみる。
「私たちはミュータントパワーと呼んでいた。まあスーパーパワーでも異能でも差しつかえはないよ。要はヒトならざる力が扱えるってこと」
 そして一周したきのこから地面に落としていく。
「これは念動力テレキネシス
 赤羽は浮遊物体から意識を外した。そして浮かせた腰を地面に下ろす。
「おまえは俺の隣を歩きながら——念動力テレキネシスできのこ狩りしてたんだ。あらかじめこの洞穴に仕込んでたんじゃない」
「正解」
「俺が動けなくなったのも、おまえの念動力テレキネシスだ」
「正解」
「そして超能力——ミュータントパワーは念動力テレキネシスの他にもある」
「正解」
 私は土のついた毒キノコを拾いあげた。全部が有毒だから、どれを拾っても毒キノコだ。もっとも生食だから食用だろうと食中毒の危険はあるのだが、赤羽はもう制止の素振りも見せない。私は丸ごと口に含めて、食べてしまった。
超雑食マター・イーターでね、ほとんど何でも消化できる」
 毒キノコだろうと生キノコだろうと、私を食中毒にすることはできないのだ。できれば食用キノコを加熱調理のうえで食べたいとは思うが。
「沖縄で飲まされたトロピカルジュースも、おまえだけには効かなかった」
 赤羽はつぶやくような声で確認した。私は変わらぬ声で正解を告げた。はあ、と息を吐いた赤羽の片手には携帯端末。何度となくクラスメイトに呼びかけたのだろうが、一度も返事はなかったはずだ。あらかじめ機械マシン共感《エンパシー》で端末を壊しておいた。
「ミュータントパワーの説明だけで夜になりそう」と、説明は求められなかった。私は万能な力ではないとだけ言っておく。ミュータントパワーの一つの真実として。
 スーパーパワー、異能、超能力、何だとしてもミュータントにとってそれはあくまで身体能力で、使った分だけ消耗もする。より強い効果を引き出すためには、より多くの体力、気力が必要になる。さらに言えばアルファコンプレックスのミュータントは、多くは一種類の技に特化していた。特化とは、それしか使えないということだ。私だって、そうだった。
 だからつけ加えるとするならば私は、アルファコンプレックスにいた頃よりは、万能に近いミュータントであるのだろう。つけ加えなかったけれど。赤羽も尋ねてこない。それどころか今まさに疑惑の端末をしまったところだ。どうも移動の準備ではないようなので、より優先度の高い話を見いだしたというところか。
 端末をしまった赤羽は案の定、私に体を向けたまま、
「さっき『私たち』って言ってたよね。この話が始まってからだ、当然おまえと俺じゃない、おまえと別の誰かのことだ。けど元々は誰にも明かしたことがない秘密って命令だ」
 過去を改竄してきた。正しくは「誰にも明かしたことがないような秘密」である。指摘すると、わざとらしい「そうだった」が返った。私は正面をにらんでおく。
「『そうだった』じゃない。次それをしたら権利の放棄と見なすから」
 正面の赤羽は「はいはい」と二つ返事だ。調子をとり戻し始めた様子である。
「で。まさか、アメコミの読者たち、なんて言わないでしょ」
「もちろん『私たち』はフィクションじゃない。私の他にもごまんといたってだけだよ。ミュータントも、ミュータントを知る連中も」
 おまえが考えているとおりだとは言わなかった。私には次の質問がわかる。赤羽は舌打ちを隠しながら、それでも確認したいことがある。
「おまえと、殺せんせーは——
 私は嘲笑を隠してやらない。
——あれは怪物だよ」
 とはいえミュータントを怪物とくくるなら、あるいは同類かもしれない。そう続けたら、赤羽は黙り込んでしまったが。
「いずれにせよ出所は違う。命令されても私から言えることは少ない」
——言えることって」
「たとえば、ミュータントは遺伝的実験の産物とも言われていて、あの怪物も人工的に生み出されたって話だから、怪物の実験が将来的にミュータントにつながる可能性は否定できない」
 赤羽が眉をひそめた。
「おまえは」
 思わずこぼしてしまったような声、と、まもなくはっとした表情を浮かべる。
「学園祭に来てたのは」
「正真正銘、私の実の両親だよ」
「けど、おまえの親はミュータントじゃない
 まだ話してもいないのに、赤羽は半ば確信していた。大方は勘か何かだろうが、なぜと一度は尋ねておく。
「見てのとおりミュータントは外見からは区別がつかない」
 すると赤羽は、学園祭で、と答えた。
「おまえの親と話す機会があった」
「そういえば二人のことを教えてくれたのはおまえだったか」
「おまえの親だなんていうから、どんな人間が出てくるかと思えば、普通の、いや、善良そうな人たちだった。おまえがどんな家で育ったか、すぐにわかった。正直、驚いたよ。あんな人たちから、おまえみたいなやつが生まれるのかって」
「ひっでー言い草」
「事実でしょ。おまえや鷹岡、シロみたいな、後ろ暗いところがある連中を、あの立派な人たちと比べようとしたことが間違いだった」
 それで、と私は続きを促した。後ろ暗いかどうかはともかく、事実として両親はミュータントではない。赤羽ははっきりと私を見て言った。
「さっきから妙に話がつながらない」
「そうだろうね」
 私もはっきりと赤羽を見て言った。
「おまえはこの話を『誰にも話したことがない秘密』じゃないんじゃないかって言ったな。私から情報を引き出したかったからだ。それに対して私は正しい命令を思い出させた。だけど、これはやっぱり『誰にも話したことがない秘密』だ」
 ——どの世界でも。

「私は一度、死んだから」

 赤羽はここまで一度も、真偽を問う言葉を口にしなかった。私が目に見える形でミュータントパワーを行使したことは、当然に理由の一つだろう。最初に食べたベニテングタケの食中毒もそうだ。私は強がりでなく体調の異変を訴えていない。しかし何よりは担任教師の存在である。言わずもがなE組の触手生物だ。現実離れした先生の実在が、ミュータントなどという荒唐無稽を受け入れさせる土壌をつくってしまっていた。
 地下都市アルファコンプレックスという、ある種の妄言さえも。
 とはいえ私にとっては確かな真実だから、話が早いことはよいことだ。
「最初の私には、当時の肉体の他に、五体のバックアップが与えられた」
 アルファコンプレックス市民は六体一組のクローンとして生産される。活動を開始すると記憶のバックアップもとられるから、致命傷を負ってしまったときは肉体を交換して、ただちに活動を再開できるのだ。
「五体も」
「そう、五体も。拡張クローニング施設を出て三か月で使い切れるくらいのバックアップだ」
 補足しておくと、市民は十分に活動可能と判断される年齢——成年——までは、クローン槽で教育される。意識はない。自我もない。私は成年になって初めて覚醒した。そして覚醒させられるや否や、最低インフラレッドのセキュリティクリアランスを与えられ、労働サービスに従事することになる。
 アルファコンプレックスは階級社会だ。インフラレッド市民の待遇は三年E組より悪かった。最低限の衣食住、最大限の薬物投与。衛生観念の欠片もないが、薬物投与で洗脳されている。脱出手段は二つに一つ。死か、昇格か。私は薬漬けになっていく脳を働かせ、一、二か月で一つ昇格した。
「それって早いの」
「何十年も扉にはりついて、それでもインフラレッドのままクローンを使い切るやつはたくさんいるかな」
 どうして扉にはりつくかって、それがアルファコンプレックスの洗脳で、同時に最も確実な点数稼ぎだからだ。反逆者の密告である。
 アルファコンプレックスには敵が多いとは、その運営者たるザ・コンピューターの見解だ。かの人工知能によると、まれに発生する都市の機能不全は、すべて反逆者の仕業だという。都市の機能不全は市民のみならずザ・コンピューターをも脅かす。この運営者たる機械はセキュリティクリアランスを問いつつも、市民からの告発を高く評価した。——そして、まれとは頻繫ということなので、私は多少の証拠と名前をあげて、ザ・コンピューターにささやき続けた。
 誰でもよかった。私にとっても、人工知能にとっても。誰を密告しても反逆者は減らない。反逆が減らないからだ。都市が機能不全を起こし続けるからだ。
 アルファコンプレックスは、ひいてはザ・コンピューターは、とうの昔に壊れている。故障を判断できないほどに故障している。アルファコンプレックスの機能不全について、ザ・コンピューターは決して己の非を認めない。かわりとばかりに妄想するのだ。アルファコンプレックスは呪われたテロリストの標的にされている——
 いずれにせよ事実としてアルファコンプレックスに安全はない。
「何にせよ問題が起きているんだから、その解決が急務になった」
「それが——トラブルシューター」
「そう。低クリアランス市民に押しつけられた仕事。レッドになった私に割り当てられた仕事。昇格してから一か月、毎日のように任務を与えられて、毎日のようにチームメイトを与えられて、ある日、私もすべてのクローンを失った」
 安全のないアルファコンプレックスの危険に対処させられるのだ。トラブルシューターは常に命の危機に瀕している。そのうえザ・コンピューターの状態は言わずもがな、上司は上司で成果の横取りに腐心し、たとえチームメイトだろうと点数稼ぎの機会を望んでいる。
 レッド市民になろうとも、トラブルシューターになろうとも、反逆者の密告そして処刑は、確実な手段で義務だった。ザ・コンピューターは告発を疑わない。アルファコンプレックス市民はザ・コンピューターによって完全に完璧に設計されている。よりにもよって市民が、虚偽の報告などという反逆的な行為に走るはずはないのだ。仮にそのようなことが起きたとすれば、その者は市民ではありえず、ダイブスに感染しているか、秘密結社のメンバーか、テロリストか、ミュータントか、すなわち反逆者だ。
「で、おまえも反逆者として処刑されたと」
「六体中三体だ」
 残る三体は事故にあった。ただの一日でととらえるか、三か月は活動できたととらえるか、肉体は成年を迎えていたととらえるか、今まさに十四、五年を生きているととらえるか。
 死を確信したはずが、この世界で再び覚醒した。十四、五年前、私は成年どころか乳児期さえ脱せていない赤子だった。クローン槽は影もなく、かわりに両親が存在していた。上を見れば空があり、下を見てもセキュリティクリアランスがない。しかしミュータントパワーが備わっていた。私はいまだにミュータントだ。両親だという個体たちはミュータントパワーを備えていないのに。
「赤羽は暗殺を命じるべきだった」
 私はスカートの汚れを払って腰を浮かせる。
「やっぱり殺せんせーは殺さないんだ」
 赤羽は座ったまま出入口を塞いでいる。
 私は赤羽の真正面に立った。
「アルファコンプレックスは未来の地球だ」
 その黒色のカーディガンをはっきりと見下ろして。
「あんな末路をたどるくらいなら人類は滅んだほうがいい」
 ——勝算があるから提案できる。勝算があるから提案に乗れる。

「やっぱり、おまえ何もわかってない」

 見下ろしたところで黒色のカーディガンが言った。
「何も」
「何も」
 私たちは繰り返した。
「俺が何をかけてたと思ってる」
「嫌いな相手の弱点」
 初めから目星はついていた。いくら暗殺教室でも生徒間の殺人は非常識でたいへんに困難を極める行為だ。いくら暗殺に失敗しようとも、烏間先生は言わずもがな、ビッチ先生とて最高峰の潜入暗殺者だ。そして誰よりマッハ二十の触手生物。あの担任教師はなぜか命懸けで生徒を教えている。あの殺せない先生が命懸けで生徒を守っている。彼らを出し抜くためには、それこそシロのような手段をとるしかない。
 だから手段は問題ではなかった。クラスにシロを好いている者はいない。赤羽は元よりそれほど非常識な人間でもない。殺すといって彼にとれる手段は初めから限られていた。
 黒色のカーディガンが肩を震わせる。
「冗談でしょ」
「そうだね」
 たしかに私は何もわかってはいなかった。問題は手段ではない。
「動機だけが、わからなかった」
「そう」
 赤羽は目を伏せた。
「修学旅行、覚えてるよね」
「京都旅行だった」
「おまえは高校生に襲われてた」
「そういえば、そんなこともあった」
「ミュータントパワーを使ったんだ」
 赤羽は確信とともに吐き捨てた。「へえ」と私は相槌を打つ。
「まさか私が自ら性的暴行を受けたって」
——そう」
「あいつら獣と変わらなかったけどな」
「そう、時間の問題だった。だからだ」
 赤羽が顔をあげた。私は両手をあげた。
「神崎さんと茅野さんには言うなよ」
「俺はおまえほど悪い趣味してないから」
 言わないでいてくれるらしい。「ありがとう」と形式的に礼をしておく。赤羽は何も答えなかった。ここからが本題なのだ。
「おまえのミュータントパワーには精神に作用するものがある」
「たしかに京都では連中の性欲を突いてやった」
 精神感応テレパシーという。単純なものなら簡単に、思考を読んだり暗示をかけたりすることができるミュータントパワーだ。
「今日この場所では」
「おまえの記憶を消してやる」
 相応の気力を消費すれば、深い思考を読みとったり、巧妙なうそを植えつけたりすることもできる。この技術を元に、記憶を操作することも可能だ。私のミュータントパワーはアルファコンプレックス市民だった頃より大幅に強化されている。
 赤羽は笑うように息を吐いた。
「本当に何もわかってなかった」
「さっきから、そう言ってる」
「俺の心も読めるはずなのに。おまえの、そういうところが嫌いだ。おまえが、それでも構わないと言えるから。おまえは誰も信じてない」
「『誰も信じるな』——アルファコンプレックスで得られる数少ない教訓だ」
「ここはアルファコンプレックスじゃない」
 黒色のカーディガンが座ったまま背筋を伸ばす。
「俺は誰にも話さないよ」
「もう命令は聞かない」
「これは命令じゃない。最後に一つ頼んでるだけ」
「なおさら聞けない相談だ」
「今日この記憶を消さないでくれるなら、暗示をかけてくれてもいい」
 赤羽が腰を浮かせた。私は思わず一歩、下がった。
「何をバカなことを」
 そして僅かに見あげた。赤羽の顔がそこにある。
「私は、目障りな存在を忘れさせてやる、なかったことにしてやるって言ってるんだけど」
 表情はわからなかった。
「そんなこと頼んでない」
「そこまでして暗示にかかりたいのか」
「そこまでして今日のことを覚えておきたいんだ」
 ただ、私を見下ろしていた。
「おまえに何の得がある」
「逆に俺が聞きたいんだけど。この話を続けることに、おまえは何の得があるの」
 ——冬の外気がこの洞穴にも流れ込んでくる。夕方、帰り道、その外れ。いつもとは違ったが、一人ではなく、息を吐くと白色が浮かび、一瞬で霧散する。
 私は答えられなかった。
「俺の記憶を消せば、この会話はここで終わり。全部なかったことになって、まあ俺の体はおまえがどうにかして移動させるんだろうね。殺せんせーにも誰にも気づかれないうちに、おまえも俺も家に帰って、次の朝、教室で会うんだ。まるで何事もなかったみたいに。おまえは胡散臭い顔で笑って、けど俺は二度と気にしない。一年くらい接した程度の、隣の席のクラスメイトだ」
 私は答えられなかった。
「おまえは知りたいんだ」
 赤羽が一歩、踏み出した。
「俺なら教えてやれる」
 私は一歩、下がろうとした。
「信じられないなら取引しよう」
 赤羽は目を細めて、視線を落とす。
「手始めにそのタイツ、明日までにインフラレッドにしてきてよ」