糸冬いずく
2024-09-16 00:16:00
157796文字
Public 二次創作:キリングミュータント
 

キリングミュータント【リブーテッド】

完結、夢主あり、赤羽業、暗殺教室、Paranoia

三日月が爆誕した春、新しいクラスが三年E組だろうと、担任教師が犯人だろうと、隣が赤羽業だろうと、成すべきことは変わらない。ミュータントは、すぐそこにいる——。

あなたは椚ヶ丘中学三年E組の女子生徒[$名前が見つかりません]です。
トラブルシューターが前世のミュータントな[$名前が見つかりません]と、隣の席の赤羽業が、ミュータントを殺す話。

クロスオーバーです。複数の作品の要素が登場します。
異世界の描写を含みます。主人公または周辺人物が別の世界へ渡ります。
転生の描写を含みます。主人公または周辺人物が死んで生まれ変わります。
主人公または視点人物が異性からの性暴力の被害に遭います。
主人公または視点人物が暴力の被害に遭います。


  二

 中学生の流行は、ちょうど夏の雨のように過ぎ去る。鷹岡の前は衣替え、衣替えの前は球技大会、球技大会の前は梅雨明け、梅雨明けの前は転校生暗殺者。いやもう一つ教員関連の事件があったか、とにかく衣替えは定期的なもので、球技大会は終わりがよかった、梅雨明けは行事の前にはちりに等しく、第二の転校生暗殺者の到来と休学——中学生には遠い過去だ。
 今はプール、プールまたプール。プール開きの憂鬱はまったくなかったことになった。理由は割愛。重要な事実だけ述べると、裏山にE組のプールがある。温暖湿潤気候の夏の午後は、このプール開きによって誰からも等しく待たれる時間となった。ただ一人を除いてのことだが。
「俺がこいつを水のなかにたたき落としてやっからよ」
 殺す、殺せなかった、次こそ殺す。物騒な宣言も日常茶飯事の教室でただ今、寺坂くんが水殺すいさつを提案した。当然にプールが舞台である。今日の放課後、寺坂くんは標的をそこに「たたき落とす」という。だから「てめーらも全員、手伝え」と。
 当然のように反発が起きた。誘い文句というよりは寺坂くんその人に。暗殺計画にクラスメイトを誘うことはもう四月の頃から繰り返されている。共に暗殺を計画したり、計画に人手を求めたり。だが寺坂くんは今回このような誘いをかけてきた割に、皆の暗殺に協力したことがない。
 断言できよう。寺坂くんは今となってはクラスで一番それこそ人工知能よりも非協力的で協調性がない。暗殺に限った話ではない。訓練、行事、試験、授業、ありとあらゆる場面においてだ。
「どうやって『たたき落とす』んでしょう」
 昼休み、寺坂くんの去った教室で奥田さんが疑問を呈した。全クラスメイトの代弁といって差しつかえないようなそれは一応生徒数名によって質問された事柄だったが、寺坂くんは「たたき落とす」の一点張りだ。彼は短絡的なE組生徒の代表格だが、それゆえの考えの至らなさであるとするにも、あまりに浅慮が過ぎるのではないか。
「もったいぶることないのにね」
 赤羽が教室の出口を見る。「失敗したらもう使えないんだし」
 先生は三月から今日まで約四か月、ただ超人的最高速度のみをもって生き永らえたわけではない。彼は非凡な思考能力と学習能力とを備えている。一度でも経験した暗殺は必ず回避できるほどの。同様の暗殺は二度と通用しないのだ。
 すでに実行されたいくつかの計画は、いずれもまず「たたき落とす」段階まで至れなかった。仮に、寺坂くんの計画がそこまで確かに「たたき落とす」なら、それは無二の好機である。プールを舞台とする場合、「たたき落とす」自体は妥当な暗殺計画なのだ。マッハ二十の触手生物は実は泳ぐことができないらしい。
 プール開きによって判明した最大級の弱点だった。触手の体は水を含むとほとんど動けなくなるそうだ。
 だからといっても溺死はしない。
「それに『たたき落とす』ことができても、ヒトからしたら多少はスピードが出るって話だったよね」
 最高速度マッハ二十が愚鈍になったところで依然として、容易にとらえることあたわず。だからこの夏、クラスメイトはプールもとい水殺の虜囚となった。いかに標的をたたき落として、いかに標的を刺し貫くか。結局そこが肝要なのだ。プール開き前から何ら変わらない。二度と通用しない暗殺を成功させるために、計画を立てて人員を集めて実行する。
 いくら寺坂くんだろうとわかろうものだが。あるいは話せなかったのだろうか。寺坂くんの言葉では。
 寺坂くんは劣等生である。成績不振によるE組落ちを誰より確実視されていた。同学年の生徒の一部は、だからE組に落ちたくなかった。一年生の頃からの、学年一の乱暴者にして嫌われ者。——その落伍者に、それほどの暗殺計画が、一片の想像に過ぎなかったとしても抱けるとは考えられなかった。
 先生に水がかかる方法ならある、と思う。
 そして非難囂囂の昼休み、E組生徒一同は計画への協力が決まっている。

 まさか標的が担任教師として、これまで消極的な態度を貫いてきた寺坂くんによる自発的な協調姿勢に感服して、感動、感涙、乗り気になった。生徒は半ば強制され、ついに放課後、プールに水着の身体を沈める。一方で発起人はただの夏服で、アカデミックドレスの標的とプールサイドで向かい合った。
「ピストル一丁では先生を一歩すら動かせませんよ」
 担任教師が顔に緑色の横じまを浮かべる。
「ナメやがって」
 いくら寺坂くんだろうと当然に知っているような、超生物の表情の一つだ。大抵の暗殺は彼にはとるに足らない内容であるからして、当然の感情の発露だった。
 それでも寺坂くんは銃口を突きつけた。事ここに至ってもなお、彼は余裕を崩さなかった。あれから何も聞かされなかったクラスメイトが、それでも暗殺する以上はと勝手に一応の作戦を立てたことを、きっと思いつきもしないのだ。
 どうか当たってくれるな、いや、いっそ当たってくれよ。私は凶器の行方を見詰める。
「覚悟はできたか、モンスター」
「もちろん、できてます」
 ところで裏山のこのプールは、先生が沢をせき止めて造ったものだ。仮にそれが決壊したときは、たまった水が勢いよく流れ出し、仮にそこに利用者がいたときは、彼らはやがて岩場に打ちつけられるだろう。——先生が生徒を助けなければ。
 寺坂くんに授けられた引き金は、どん、とただ表すにも生易しい衝撃を呼んだ。ざぶりと、次第にごうごうと水が流れ、体が言うことを聞かなくなる。横で奥田さんが悲鳴をあげた。ばたばたと両手でもがこうとしている。しかし彼女たちがわからずとも、当然に寺坂くんが知らずとも、そして首謀者にその気がなかったとしても、私たちの体は死地に向かって押し流される。
 声をかけて安心させるには、ありきたりな生徒では力不足だ。青い顔で声をあげるか、ただ慌てようにも焦るか、ぞっとするにもじっともできないか、流れていく景色におびえるか、やがては手足を動かせなくなるか。他人を気にかける余裕などないだろう。先生の触手にすくわれるまでは。
 しかし、それこそは首謀者の思惑だ。おそらく彼の計算では、これでも死者が出ないことになっている。実際に生徒は次々と体を浮かせていった。目の前で奥田さんも触手に絡めとられた。膨れあがって頼りない触手が、そして私の体も巻きとって、水を吸いながらも優しく地面に投げ出す。
「これって」と呼吸を整えながら奥田さんが。
「爆弾だろうけど」と私は答えてすぐに付け足す。「どうやって」
 それが頭上からの声に遮られた。私たちを心配するような声。唯一寺坂くんに協力しないことを選べたクラスメイトだった。だが遠くないところにはいたらしい。あるいは爆音がよほど響いたか。水着はおろか水滴の一つも身につけていないけれど、いつもの軽薄な表情が鳴りを潜めている。
 横で奥田さんがうなずいたから、私も彼女にならって首肯した。現にかすり傷の一つもない。先生の自己犠牲の賜物である。彼は今、機能の多くを、生徒の心配のために割いている。後に待ち受けているものを、予期できなかった道理はないのに。
 赤羽も息をついて、プールだった所を指した。「あそこ」
 横で奥田さんが声をあげた。「イトナくん」
 シロだった。探せばすぐに見つかった。梅雨時の転校生の過保護な暗殺者が距離をとりつつ、見晴らしのよい高台に一人たたずんでいる。全身白装束の眼下には触手で切り結ぶ子供と教師。
「寺坂くん、利用されちゃったんだ」
 シロには他にも手駒が数あって、当然に堀部イトナの触手なら、動きが鈍った触手生物を単騎でも制圧できるだろう。そして、それほどの改造人間を手配できるなら、爆弾の用意など造作もあるまい。
 赤羽は低い声で言った。「バカだよね」
 先生の劣勢は、誰の目にも明らかだった。己が身を弱点にさらしながら、生徒二十名強を救出し、間断なく触手の改造人間と戦闘だ。その水浸しの触手生物の対戦相手は、彼が加害できない生徒の一人であって、さらに数名の生徒を人質にとっている。
 シロの計算のとおりに先生は全員を溺死からすくったが、中でも不安定な足場に置かれた生徒たちが安全を確保できる前に、そこを暗殺の舞台にされてしまった。先生は彼らをかばうように間に入ったが、堀部イトナの触手の射程から逃がすことはできなかったようだ。だから生徒の安全を第一に優先する先生は、まず必ず彼らを触手の攻撃から守り抜かねばならない。
 かように防戦一方とならざるを得ない先生に対して、また彼の生徒である転校生暗殺者は存分に触手を振るった。幾らも調整が入ったらしい。前回の転校初日よりも洗練された動作である。彼は保護者の巡らせた奸計の下で、順調に担任教師を追い詰めていた。
「あんたなら、どうする」
 隣で赤羽の声がした。振り向いたら目が合った。私は見詰め返して答えた。
「できるなら、あの二人の注意を引けたら、とは思うけど」
 返事はなかった。かわりに足音がした。赤羽は無言で立ち去ったようだ。私は奥田さんと二人、残されて、奥田さんがおろおろと視線をさ迷わせる。私と赤羽とを交互に見ているようだ。だから、この私の口はあっさりと冷静な言葉を発した。
「何か考えがあるみたいだね」

 朝だか昼だか夜だか、いや深夜だったか、黄色の上司が話し出した。トラブルシューター諸君の献身的な奉仕によってミッションが更新された、と。大脳コアテックを通じて私たちの眼球内イン゠アイディスプレイに新たなミッションが表示される。確実な件名、簡潔な本文。さすがは上位セキュリティクリアランス市民ひいてはザ・コンピューターであると、私たちは我先に口を開く。

「してやられたな」
 二度目の暗殺は失敗した。暗殺者の口はあっさりと冷静な言葉を発する。「ここは引こう」
 そしてプールだった水場を忌々しくも見下ろすと、「触手の制御細胞は感情に大きく左右される危険な代物。この子らを皆殺しにでもしようものなら反物質臓がどう暴走するかわからん」