kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


 手元を照らす蝋燭の火は揺らめいている。
 既に日は落ちたが、降り積もる雪の白さは窓の外を淡く照らしていた。閉室時間となり生徒も全て帰った後、貸出表の確認をする。返却期限の切れたものがないか、確かめる為だ。もし過ぎているものがあればその生徒の元に赴き催促する必要がある。
 勿論任務が長引いている故に返却出来ない状態にあるというのも使徒としては多々あるので、逐一確認をしに行くのも図書委員の仕事であった。
……一冊、あるな」
 指で表をなぞっていると一件だけ、返却期限が過ぎているものがあった。東部地方の郷土料理を纏めたものだ。貸し出したのは丁度二週間前で、今日が返却の期限だった。それを借りた生徒とは勿論面識はないが、表には所属部隊の名前が書かれている。帰りに訪れてみるかと結論づけて、生徒の名前と部隊、本の表題を羊皮紙の切れ端に書き付けた。立ち上がり、周りを見渡す。誰もいない図書室は真に静かで、サマエルは図書委員しか知らないこの静謐さが好きだった。

 図書室の鍵を夜番の修道士に預け、学び舎を出る。
 自分の寄宿舎には帰らず、例の返却期限破りの生徒が所属している部隊の寄宿舎へと向かった。夜とは言ってもまだ憩いの時間で、立ち並ぶ寄宿舎の灯りは雪の積もった道を照らしている。時折窓から賑やかな声が聞こえてきて、身を包む冬の寒さが和らいだ気がした。退魔の任務を遂行する彼らにとって、ささやかな安寧の時なのだろう。
「ひいらぎとつたは ともに生い茂り……
 僅かに知る聖歌を口ずさむ。幼い頃に教わった歌だ。ざく、ざくと雪を踏みしめ歩けば目的の寄宿舎に辿り着く。クリスマスに浮かれる他とは違い、そこは妙にひっそりとしていた。灯りはついているが、どこか息を潜めているような、そんな雰囲気だ。
 一瞬躊躇ったものの、拳で軽く扉を叩く。夜分にすまない、図書委員の者だと名乗れば暫くの沈黙の後、ゆっくりとドアが開いた。
「はい」
 出てきたのは年上と思わしき男性でその表情は疲れ切っている。目の下には深い影が出来ていて、どこかただならぬ雰囲気に一瞬言葉を失ったが気を取り直して切り出した。
「図書委員のサマエルだ。使徒レカベルはいるだろうか、今日返却期限の本がまだ返されていないのだが……
……ああ、はい……その、レカベルは」
 サマエルの問いに男は言い淀み、しかし首をゆるりと横に振った。
……レカベルは任務中に殉教しました。一ヶ月前からもう一人の仲間と任務に赴いていたのですが……三日前に知らせが……
 男の言葉に目を見開く。どう言えばいいのか言葉に迷っていると、少し待てと男が部屋の奥へ引っ込んだ。
 暫くして、戻ってくる。
「申し訳ないが彼の私室に蔵書らしきものは見当たらなかった。おそらく持って行ったのでしょう……荷物は……返ってきていません。ロザリオだけです、帰ってきたのは」
……そう、か……わかった。司書にそう伝えておこう。夜分遅くにすまなかった」
 軽く頭を下げて去ろうとする。しかし男があの、と声をかけてきた。
……彼はどのような本を」
「ああ……料理の本だ。東部地域の郷土料理の作り方が書かれている」
 サマエルの返答に男が僅かに目を見開く。視線をうろつかせて、そうですか、と短く返す声はどこか濡れていた。
 
 こういった事は、時折あった。
 悪魔と戦う使徒の傍らには常に死がある。力及ばず、あるいは彼らの奸計に陥り、夜闇の中で屍を晒す末路。亡骸やその一部、荷物が回収されるならばまだいい方で、今回のようにそれすら帰ってこないのは珍しくもない事だ。だいたいは悪魔に喰われるか、八つ裂きにされて肉の屑だけが土埃に塗れ還る運命。もっとひどい末路もあるという。しかしその仔細は誰も、ほぼ口にしない。
 そんな中でロザリオは使徒達にとっては祈りの為の道具だけでなく個人を示す標でもあった。祈りが込められたそれに悪魔達は触れることすら出来ない。十字架の裏には持ち主の秘匿名を刻むのが習わしとなっている。それだけがこの地に帰ってくるという事は、使徒が最期まで主に殉じたという紛れもない証左なのだ。
 喪われた荷物の中に貸し出した本があったのだろう。いや、既に燃え尽きたか、裂かれたか。そういった知らせを受けるのはサマエルにとって初めてではなかった。しかし、いつまで経っても、同じ隊ではなくとも共に戦う者の死に僅かなりとも触れる瞬間に慣れることはない。重たい気分に、歩みも重くなる。
 いけない、と咳払いをして少し遠回りの道を歩いて行く。
 細い月明かりの下、静かに積もる雪をざく、ざく、と踏んでゆく寄宿舎の通りは先ほどの賑やかさはなりを潜めていた。
 彼はどうするつもりなのだろうか。仲間を二人喪って、戦い自体をやめるだろうか。いや、おそらく出来ないだろう。使徒として戦う使命は無くなることがない。どれほど仲間を喪ったとしても、自らが神に定められた使徒であると思うのならばその命が潰えるまで悪魔と戦う定めなのだ。その定めを捨てることなど、自分は出来はしない。
「おかえり、サマエル。随分遅かったね」
「ああ、図書委員の用事で……
 自らの宿舎に帰ればサンダルフォンに出迎えられた。
 お疲れ様、温かいミルクを作るよと笑って棚からマグを取り出すのに頷いて中に入れば、暖炉の火で温められた空気がサマエルを包んだ。談話室には他の三人もいて、明日までの課題をやっつけるために机にかじりついているラジエルと、その手助けをしているハニエル、そしてそれを見守りながら読書にふけるザドギエルの姿があった。
……終わるのか?」
 うんうんと唸っているラジエルに視線を向け、ハニエルに問いかける。少し眉を下げて心配そうにラジエルを見つめた後、多分、と長いリラ色の髪を揺らして頷いた。
「勿論、終わらせるさ」
 くすくすとサンダルフォンが笑い、席に座ったサマエルの目の前にミルク入りのマグを置く。礼を言い、一口飲めばじわりと身体が温まる心地がした。
「なあハニエル、頼みがあるんだけど」
……はい」
「課題は見せてはいけないよ、ハニエル」
…………だそうです、ラジエル」
「ザドギエルぅ!」
「ごめんな、今いいところなんだ。明日の夜にしてくれ」
「冷たい!」
 澄ました顔で答えるザドギエルに、ラジエルが非難めいた声を上げる。自業自得だろ、と追い打ちをかけながらザドギエルが本を閉じ、ラジエルのノートを見やった。
「でももうあとちょっとで終わるじゃないか、ほら、集中しなよ」
 サンダルフォンがラジエルの隣に座り、彼の肘をつつく。情けないうめきと共に、ラジエルは再び羊皮紙のノートと借りた本を睨み付けた。
「そういえばザドギエルは何の本を借りたんだい」
「動物が出てくるお伽噺。よく奉仕活動で孤児院に行くから、何か役に立つかなって」
 ザドギエルの手元に置かれた本の表紙には白鳩が描かれている。
「どんなお話が書いてあるんですか?」
「そうだな、さっき読んでいたのは……王様になりたかったカラスの話だよ」
 王様になりたくて、でも自分は黒くて醜い鳥だと思った鴉が他の鳥の羽で飾り付ける話。ザドギエルの説明になるほど、と頷きながらそれを興味深そうに見つめている。
「まあゆっくり読むよ。任務の合間にでもね」
 おしゃべりを始めたザドギエルとハニエルを横目に、ミルクを飲む。
 今日一日のことを思い返し、ゆっくりと瞬きをする。
……本、無くすなよ」
 無意識にそう言っていた。え、ときょとんとした顔でこちらを見つめるザドギエルにしまった、と苦い顔をしながらサマエルが言葉を探す。
「その……最近は本を無くす奴らが本当に多いんだ」
「そうなのかい? あれだけ沢山の本があると、管理も大変だろうに」
 サマエルの言葉に、図書館の棚にずらりと並ぶ書物を思い浮かべながらサンダルフォンが頷く。 
「勿論ちゃんと返すよ」
 心配性だなあとザドギエルが笑う。サマエルに怒られたくないからなと付け足せば。
「終わったあ!」
 ラジエルのやりきったと言わんばかりの声が部屋に響き渡る。おや、おめでとう、とサンダルフォンが笑って、ラジエルの手元のノートをそっと手に取った。
「それじゃあ成果を見てみよう。明日提出して突き返されるのは嫌だろうからね。ああ、ここ、綴りが間違っているよ」
「勘弁して……
 もう無理、と机に突っ伏すラジエルにハニエルがそっと紅茶を差し出す。その様子をザドギエルが苦笑いを浮かべて眺めている。ささやかな、憩いの時間だ。