kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


村長に紹介された宿の一室で仮眠を取った。起きても相変わらず夜が続いている。窓から外を見やれば、相変わらず何人かは外を歩いている。この数ヶ月でどうやら時間の感覚がおかしくなってしまっているらしい。
「なあ、気付いてるか」
……はい」
 ザドギエルの問いにハニエルが頷く。
「皆さん……生きていません」
「ああ」
 村の門番を一目見たときから、二人の使徒はこの村がどうなっているのかすぐに気がついた。一見、普通の人間からすれば暗鬱とした村としか思えないだろう。しかし何度か生きる屍と対峙し、屠ってきた二人には彼らに纏わり付いた死の臭いが手に取るように分かった。門番も、あの老爺も、村人も、あの少年も、皆、死んでいる。
 死んでいるのに、生きている。
「気付いていないのもいるだろうけどね、村長は気付いてるだろう」
……エミールくんは」
「どうかな、それが分からない。どちらにせよ、この村は手遅れだ。神父の無事はともかく悪魔の力が働いてるのは間違いないよ」
 ザドギエルの抑揚を抑えた声にハニエルが頷く。ヴェールを被り、剣を握った。ザドギエルが部屋の入り口を開けようとすれば、何かがつっかえているのか開かない。
 小さくため息を吐き、首を振る。
「扉……外から閉じ込められてる。窓から行こう」
 誰もいないのを見計らい、窓から地面に降り立てばすぐに、満月に照らされた二つの影が、礼拝堂へと走っていった。

 近づくことを禁じられた礼拝堂は静まりかえっている。幸い見張りはいないらしく、煉瓦造りの塀をひらりと跳び越えて二人は敷地内に忍び込んだ。そこはどうやら庭らしく、暫く手入れの施されていないそこは荒れ放題だ。しかしそこにも、あの草原に咲いていたガランサスは、その花弁を夜露で濡らしている。清めの花として愛されるそれだが、ここまで咲き狂っているといっそ不気味にすら思えた。
 礼拝堂の扉には木の板が打ち付けられ、更に鎖で封印されていた。力尽くで開けることは出来るだろうが、出来れば避けたい。
「どこか入れるところがあれば……
 ぐるりと周囲を回る。ハニエルがザドギエルさん、と呼びかければ割れた窓を見つけた。そこから忍び込む。重たい空気が身を包んだが、何かに守られるような心地を感じハニエルはゆっくりと息を吐いた。ザドギエルは眉を寄せ、暗い中を見据えている。
 しかし悪魔の姿も、神父の姿も見当たらない。
「血……
 ハニエルが床に染みついた血痕を見つける。それは礼拝堂の奥へと続いていた。
 それを辿ると小さな部屋、おそらく神父の私室だろう――があった。
「悪魔は……いません。気配を感じない……
 奇妙です、とハニエルが呟く。その声に頷きザドギエルが一歩、踏み出した。ベッドと机、そして本棚が埃を被っているが荒れてはいない。懐に忍ばせていたマッチで机の上の蝋燭に火を付ければぼんやりと明るくなった。
「主よ、許し給え」
 呟き、部屋を物色する。探していたものはすぐに見つかった。神父という職に就く者は日誌を書く決まりだ。『教会』に定期的に文を送る者ならば尚更だろう。革製の表紙を持つそれを開き、ぱらぱらと捲っていく。
「一年前……
 そこには村の住民同士が争うきっかけが書かれていた。本当に些細なことだったのだが、拗れに拗れた結果、村長とその息子の意見が真っ二つに分かれたらしい。
 神父は中立派であったらしく、とにかくこの諍いが一刻でも早く終わるように奔走したものの、状況は日に日に悪くなっていく様が書かれていた。
 神への祈りも空しく、人々への失望が募っていく神父の心境が文面から読み取れる。
「〝貴方は、貴方と等しく貴方の隣の人を、愛さなければならぬ〟」
 ページに書かれた聖句が目にとまり、ハニエルがぽつりと読み上げる。数ヶ月の間抱き続けてきた村への暗澹たる重いが読み取れた。しかしその日誌の中でザドギエルの意識にひっかかったのはある少年に関する記述だ。礼拝堂によく遊びに来る少年は、彼に懐いていたらしい。
……母と父がこの件で仲違いをしていると、私に悲しげに話してくれた。どうして母さんと父さんは毎日喧嘩ばかりしているの。どうすればまた、仲良くしてくれるの。村の皆はどうすれば仲良くなれるの。そう私に問うてきたが答えることが出来ない」
 この村に来て出会った少年の顔が浮かぶ。おそらく、彼のことではないか。
「これって……あの、エミールくんでしょうか」
「だろうね」
 ページを捲る。夏になり、秋を経ても村の対立は収まる様子はない。
 彼らに対する嘆きと、神への祈り、そして少年に見る僅かな、人に対する希望で日誌は埋まっている。
「聖誕祭に歌を歌いたいと言ってきた。聖誕祭、歌を介して、皆の対立が収まればと。私は頷き、ならば立派な聖誕祭にしようと、彼に約束した。必ず、果たさなければ」
 静かに読み上げるザドギエルの指が、最後のページをめくる。
「どうして皆……

 ――どうして皆、あの子に気がつかなかった。目の前の憎しみに夢中になり、彼らはあの子を突き飛ばした。もっと早く気がついていれば、もしかするとあの子は助かったかもしれないのに。
 ――どうして平穏を望んだあの子が死に、あの愚か者達は生きているのか。

「神よ、お教えください。さもなくば……
 日誌はそこで、途切れている。どういうことだとザドギエルが顔を顰める。あの村長の話によれば悪魔がやってきて聖誕祭をやめろと脅してきた筈だ。
 それを神父が身を挺して封印したという話だが日誌からは悪魔の存在は感じられない。
「突き飛ばした……?」
 ハニエルが信じられないといった声で呻く。日誌に夢中になっていた故か、二人は背後の気配に気付くことが出来なかった。
「真実を知りたいのですか、聖都の者よ」
 背後からの声にザドギエルとハニエルが弾かれるように振り向く。部屋の入り口には人影があった。しかしそれは人の形ではあるが、人でなく、その頭は雄鶏の頭であった。
 ――悪魔だ。
 不覚をとったとザドギエルとハニエルが剣の柄に手を掛ける。深いコバルトブルーの双眸が悪魔の姿を睨み付け、これ以上は隙を見せないと殺気を滲ませる。
 しかし雄鶏は彼らに襲いかかるでもなく、じっと彼らを見極めるかのように人ならざるその瞳で見据えている。
 そしてゆっくりと嘴を開いた。
「お待ちください。私は貴方達に害をなすつもりはございません、どうか」
「悪魔の言うことを信じる信徒がいると思うか?」
……ごもっともです。しかし……神学校の方、いや使徒様とお呼びしたほうが良いでしょう。使徒様、どうか御慈悲を。この身体は確かに悪魔のものですが、魂は……今、貴方達が読んでいた日誌の書き手、礼拝堂にて神に仕えていた神父のものなのです」
……どういうことですか?」
「真実です、神に誓って」
 雄鶏の悪魔は静かに上げた手を二人に見せる。何もしないという意思表示らしい。
「最後の日付、聖誕祭の前夜……書いてある通りです。二つに分かれた村の人々はついに衝突しました。私が夜の祈りを捧げている頃、人々は言い争い、つかみ合い……それを止める大人はいませんでした。いえ、ただ一人、あの子が止めようとしたのです」
「エミールか」
「はい。しかし人々はそれでも争いをやめませんでした。小さな子の、必死の説得にも耳を貸さず、それどころか……誰かの手が彼を突き飛ばしたようです。勢いよく突き飛ばされ、あの子は……堅い煉瓦の壁にしたたかに頭を打ち付けました」
 そんな、とハニエルが目を見開き、声を震わせる。悪魔はゆっくりと首を振り、言葉を続ける。その声には怒りが孕んでいた。
「私が騒ぎを聞きつけやってきた時にはあの子が、頭から……血を……それなのに」
 嘴から呻きともつかない声が漏れる。何が起こったかは明白だった。しかしザドギエルが首を振り、いや、待てと制す。
「俺達が聞いていた話と違う。あんたが……仮に本当にここの神父だったとしよう。悪魔がやってきたがあんたが封印したと。その代わりにここは封じられ、夜が明けない。そう聞いた」
「彼らにとってはそれが真実です。いえ、私が彼らにそう思い込ませております。この村を一度死に絶えさせて、もう一度あの子の望んだ村にする為に。……あの者共は死なぬ限り、愚かな行いをやめないと思いましたので」
……なんだって……?」
「ご承知の通り使徒様、この村の者は全て死んでおります。生きた屍となり、平穏無事に暮らしております。私が、悪魔と契りを交わした結果でございます」
 自らの全身から、ざあ、と血の気が引く心地がザドギエルを襲った。ハニエルも隣で顔を青ざめさせて、告げられた真実というものを理解しようとして出来ないでいる。
「何を……言っている」
「私はあの夜、悪魔と契約を交わしたのです。うち捨てられたままのあの子を抱いて、あの馬鹿どもにすっかり失望してしまった私に、この悪魔が囁いたのです!」

 ――その可哀想な子どもを、生き返らせたくはないか?
 
『教会』の神父が悪魔と契約したという事実に思考が追いつかない。
「主に背き、悪魔の手をとったのか、あんたは」
「なんとでも言うがいいでしょう! 神に祈り、人々に平穏を解いても無駄だった! 彼らは何の罪もない子どもを死なせても気付かず、争い続けた! 結局、人というものはそういうものなのです!」
……でも、だからって……!」
 ハニエルが声を荒げる。悲しみを孕んだ琥珀色の双眸が悪魔を睨むが彼は怯まない。
「神も神です、あれほど親を思い、彼らを思い、神に祈り続けた子どもを見捨てたもうた! それならばいっそ悪魔と契約して、あの子が望む聖誕祭を迎えさせてあげたい! 私はそう願い、契約した! その為ならばあの馬鹿ども全員の命で賄ってもいいと。……しかし残念です。この悪魔にとっても私にとっても誤算がひとつ……
 そう言って雄鶏が俯き、笑う。その鳴き声はまさしく鶏の鳴き声だ。
「悪魔にとっての誤算はこの身体を私に乗っ取られた事、私にとっての誤算は……いつまで経っても夜が明けず、聖誕祭が迎えられないこと、それだけです」
「っ……狂ってるぜ、あんた」
 ザドギエルが吐き捨て、柄を握りしめる。ハニエルも自らの剣の柄を握り、ゆっくりと刃を抜いた。神父はそれにも臆さず、二人に一礼をする。
「明けぬ夜はありません。聖誕祭を迎えるまで我らはここで永遠の夜を過ごします。どうか使徒様、見逃してはいただけませんでしょうか。真の慈悲をいただけませんか」
 神父だったものの懇願にザドギエルがゆっくりと首を振る。
「無理だな、ここまで聞いちまったら……無理だ。悪いが死んでくれ、村と共に」
「オレ達はその為にここに来ました。お許しください」
 若い使徒の言葉にそうですか、と雄鶏が顔を伏せる。
「ならば貴方達も、ここで永久に暮らしていただきましょう」
 悪魔の炯眼が怪しく輝く。
 上手く動かない脚で、少年は駆ける。
 後ろから大人達が追いかけてきていた。それは毎日挨拶を交わしていた村人達で、昨日寝床に入るまではいつも通りだった筈なのに、今は見る影もない。
「坊や、坊や! 礼拝堂に行ってはいけない!」
「まだ死にたくない! まだ死にたくないんだ!」
「帰っておいで! もう寝る時間だぞ!」
 大人達は口々に叫ぶ。その声は濁り、蟇蛙のようだった。恐ろしいまま、少年は縋る手からすり抜け、逃れる。小さな身体は大人が入れないような路地を抜け、そのまま馬小屋に逃げ込んだ。どこだ、さがせ、あの子をつかまえろ。大人達が口々に呻き、脚を引き摺り走り回る。藁を被って暫く息を潜めれば頭が強く痛んだ。
――……っ、あ、あ……
 少年は思い出してしまっていた。
 自分が大人に突き飛ばされ、死んでしまっている事を。何故こうして動けているのかは分からないし、大人達が自分と同じように生きた屍になっているのかは分からない。
――どうしよう、どうしよう――
 あの穏やかで優しい神父がこんなことをしたのだろうか、本当のことを知らなければと少年が考えるものの、恐怖で身が竦む。今も大人達が自分を探す足音と叫び声が小屋のすぐ傍から聞こえた。
 頭の上で、生暖かい空気が降りかかる。少年がびくりと肩を震わせればそこにはがっしりとした体躯の、青毛の馬がいた。不機嫌そうにじろりと少年を睨み、正体を見極めようと臭いを嗅いでいる。
「お兄ちゃん達の……お馬さん」
 馬は縄で繋がれている。恐らく村人の誰かがそうしたのだろう。主人でもない誰かにそうされて立腹しているのか、青毛の馬は蹄で土を掻いている。その隣の馬房には、もと小柄な尾花栗毛の馬もいた。これはもう一人の馬だ。こちらは大人しく、じっと少年を見つめている。自然と少年の身体が動き、その手が馬を繋ぐ縄を解く。自由になった二頭の馬が嘶けばいたぞ、と誰かの声が聞こえる。
「礼拝堂に連れて行って!」
 二頭に請えば小柄な馬が少年に歩み寄る。重たい身体を持ち上げ、その背に乗った瞬間、馬房の入り口に大人が数人、現れ叫んだ。
 青毛馬がもう一度嘶き、前脚を上げ駆け出す。荒々しい悍馬の性を剥き出しに、大人達に向かっていけば彼らをものともせず、突破した。少年を乗せたハニエルの馬も、それに続き駆ける。
「わあ……!」
 頬に風が当たるのを感じ、思わず声をあげる。振り向けば大人達が、喚いている。
 村の真ん中を突っ切って、二頭は集落外れの礼拝堂へ、脇目も振らずに駆けていった。