kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


 一夜を過ごした街を出て一日、日が沈みきる前に五人は目的地に辿り着いた。
「使徒さま、ようこそおいでくださりました!」
 馬から下りれば養護院の管理人が出迎えてきたのに、サンダルフォン達は一礼する。他の村と変わりなく、のどかな集落だった。入り口からの大通りにはパン屋や鍛冶屋が並んでいて、その奥に一際大きな屋敷が目に入る。
「養護院はあちらです。悪魔憑きになってしまった者、その信奉者どもに呪われた者が心身を癒やしております」
……現在は何人ほど?」
「完治したものはこの集落で住むか、他の地へと出て行きます。しかし悪魔憑きは未だに途絶えることはございません。ここは南部地域でも一番大きな、専用の養護院ですので……大人と子どもあわせて五十人ほど療養しております」
「なるほど……
 ここ最近はまた増えてきておりますと嘆息する管理人に導かれ、屋敷に辿り着く。煉瓦造りの高い塀に囲まれ、鉄製の門は厳重に閉ざされている。門番と思わしき男が傍で座っていた。門番の男が顔を上げ、立ち上がる。
「おお……彼らがですか」
「ああ、聖都の神学校の方々だよ」
「代表のサンダルフォンです。よろしくおねがいいたします」
 門番が穏やかに笑い、サンダルフォンが差し出した手を握る。
「皆さんお若いのに任を全うされるのはありがたいことです。ここに聖都の方がいらっしゃるのは何年ぶりでしょうなあ、村長」
「三年ぶりだよ、皆喜ぶだろうな」
 中へと招かれる。その重苦しい扉の音は和やかな空気に似つかわしくない。
「どうぞ、お入りください。今は作業も終えて皆、思い思いの時間を過ごしている筈です」
 促されて一歩踏み入れれば、五人を出迎えたのは美しい庭だった。
 聖都ではようやく春の気配が見え始めた頃ではあるが、南部地域の温暖な気候は一足先に庭を緑や花で飾り付けていた。
「もうミオソティスが咲いてるんですね……ムスカリにアネモネも」
 ハニエルが庭を彩る花々を見て小さく驚いた声を出した。その隣でザドギエルは花の見分けがあまりついていないのか、どれ、とハニエルに聞いていた。
「ここで療養している者達が育てています。奥には畑もありますよ」
 さあこちらへと管理人が屋敷の扉を開ければ中から、子ども達が飛び出してきた。
「みつかいさまだ! みつかいさまがきた!」
 元気な声と共に出迎えられて、ラジエルが表情を明るくさせた。
「おっ、元気がいいなぁ! ラジエルくんがやってきたぜ!」
「あそぼう、みつかいさま! あたし達いいコでまっていたの!」
「何しよう、おいかけっこ? 剣のおけいこもしてよ!」
「わわ……ま、待ってください……!」
 口々に好き勝手言い出した子ども達にハニエルが慌てていると、こら、と管理人が手を叩いた。
「皆、失礼をしてはいけないよ! あとで遊んでくださるそうだから、もう少し待っていなさい!」
 はぁい、と子ども達がちりぢりに去って行く。申し訳ない、と謝罪する管理人にいいえ、とサンダルフォンが首を振った。
「元気な子達ですね」
「ええ、この中ではまだ幸運な子ども達ですよ」
 そう頷く管理人に連れられ、とある一室に入る。そこは談話室になっていて、子ども達の他に、何人かの大人がその面倒を見ていた。そのうち、若い娘がこちらに気がついたらしく、一番近くにいたザドギエルに声をかけてきた。
「もしや、みつかい様でしょうか」
「はい、聖都より参りました」
 ああ、なんてこと、と喜びの声をあげて十字をきる娘の腕にはどす黒い痣がまばらに染みついていた。呪いに触れると現れる典型的な症状だ。彼女のものは既に落ち着いているようだったがこの痣を何も知らない人々が見れば、彼女を悪魔憑きと疎むだろう。
「呪われた身で心苦しいですが、みつかい様とお会いできた事を主に感謝致します」
 恭しい様子の娘に眼差しを向けて、ザドギエルがその手をそっと握る。
「心苦しいだなんて、お会い出来て嬉しいです。敬虔な方」
「まあ……! そんな、みつかい様……!」
「ザドギエルです」
 頬を真っ赤に狼狽える娘に膝をつき、普段は見せないような微笑みを彼女に向けているザドギエルを四人が信じられないという顔で眺める。
「なにあれ」
「誰だあれは」
「ふ、二人とも……!」
 ラジエルとサマエルの言葉に慌ててハニエルが窘める。流石に手慣れているね、と感心したようにサンダルフォンが呟けば、一通りの会話を終えたらしいザドギエルが視線に気付いて四人の方を見た。
……何?」
 四人のなんとも言えないような、しかし何かを言いたいような顔に決まり悪げにザドギエルが眉を寄せる。
「ラジエルとサマエルが別人のようだって言っていたよ」
「なっサンダルフォン!」
「へえ……覚えておくよ」
 気を取り直し談話室にいた大人達に一通り挨拶をして、部屋を出る。
 そのまま屋敷の外に出れば、子ども達が駆け回り遊んでいた。のどかな昼下がりだ。
「これからご案内するのは」
 管理人が敷地の奥へと歩き出しながら口を開く。少し沈黙を守った後、こう続けた。
「重い悪魔憑きの者が療養している練です……どうか、お静かに」
 どこか重々しい言葉に頷き、サンダルフォンがラジエルとサマエルを見やる。分かってるよ、とラジエルが口をへの字に曲げた。
 
 案内された棟は一層、物々しげだった。
 窓は外から格子を嵌められていて、扉にも見張りが椅子に腰掛けている。
「ああ、みつかいの方、どうも」
 ぺこりと屈強な男が頭を下げて、持っていた鍵を扉に差し込み、錠を開けた。重たい音と共に中に入る。そこは清潔に保たれていたが、どこか空気が重々しい。
……重度といっても悪魔憑きの症状は様々です」
 先ほどと同じような談話室に通される。そこにも同じように数人、療養者がいたが皆安楽椅子に座るのみで、会話の声も何かをしているような素振りもなかった。
 訪れた六人にも何の反応も示さない。彼らに気付いて礼をしたのは、世話人と思わしき人間のみである。
「やあ、ダヴィド、今日は部屋から出られたんだね。調子はどうかな」
 管理人が声をかけたのは、ひょろりとした青年だった。しかしそれにも反応を示さず、彼は虚空を見つめ続けている。
 その様子はまるで魂が抜き取られ、抜け殻になってしまったようだった。
「今日はね、使徒さまが来てくれたよ。明日は聖歌を聞かせてくださるそうだから、お前も聴きにくるんだよ」
 管理人の言葉に何の反応も示すことはない。それでも管理人は一人一人に声をかけていく。
「これが……重度の悪魔憑き……
「話には聞いていたが……
 ハニエルが声を震わせて、サマエルが眉を寄せる。ぱちぱちと鳴る暖炉の火の音と安楽椅子の揺れる音、世話人の囁き声だけが談話室を支配していた。
 次はこちらです、と管理人が談話室を出る。春の陽気が差し込んでいるにもかかわらず、この建物の廊下はどこか冷え冷えとしている。
「ここにいる者は……
 扉の前で立ち止まった管理人が口を開くと同時、ガン、と鈍い音が扉を揺らした。
 ひゃ、とハニエルが後ずさりをしかけたが、踏みとどまる。
 扉の格子窓から細く、白い手が伸びてきた。
「悪魔が来た! 悪魔が来た!」
……ルイーズ、いらっしゃったのは使徒様だ。何も怖いことはない」
 格子窓から顔を覗かせたのは、五人と同じ年頃と思わしき少女だった。亜麻色の髪を振り乱しながら、自らを閉じ込める格子を握りしめてじろりとこちらを睨み付けている。
 健やかであれば美しいであろうその顔は痩せこけた頬や影の深い目元で見る影もない。
「悪魔は荒れ狂う! 人々をなだめ、へつらうだろう!」
 少女が叫んでいるのは悪魔の恐ろしさを伝える聖句の一文だとサンダルフォンが気付く。管理人は慣れきっているらしく、少女を宥め続けていた。
「そこに悪魔がいる! 悪魔は神の言葉を借りて、身勝手にそれを振りかざす! 許してはならない、神はみておられる! 悪魔よ去れ! 蛇よ去れ! 永久に凍えていろ! その羽を毟られ、硫黄に眼を焼かれるがいい!」
……ルイーズは」
 格子から手を離させ、ゆっくりと小さな窓を閉める。ガン、ガン、と頑丈な扉が内側から叩かれる音だけが廊下に響いている。それに怯えているのか、同じような隣の部屋から悲鳴じみた叫び声が聞こえてきた。
「ルイーズは、数年前に大量の悪魔憑きが発生した孤児院から保護されました。当時のそこはひどい有様で、彼女はただ虚空に向かい、ひたすらに十字をきり、聖句を繰り返していたそうです」
 扉の向こうで少女は半狂乱に叫んでいる。しかし重たい扉はその声を阻み、くぐもった音でしか聞こえなかった。
――十字をきって、聖句を……? ――
 不意にラジエルの頭の奥が、つきんと痛み眉を寄せる。
「ラジエル?」
「ん、なんでも」
「彼女も少しずつ良くなっています。世話係ともなんとか意思の疎通を図れるようになりました。しかし時折、こうして聖句の言葉を叫ぶのです。悪魔の魔力の影響か、『教会』の者を悪魔と呼ぶこともあります」
…………彼女は治るのでしょうか」
 ハニエルがおずおずと問いかければ管理人は暫く黙っていたが、やがてゆるりと首を振った。
「わかりません。悪魔の手にかかったものは殆どが命を落とし、運良く生き延びても
この養護院の者たちのようになります。別の地域の養護院とも連絡を取り合いながらなんとか治療をしようと試みていますが、はっきりとした成果は今のところは……
 語るのを聞きながら建物を出て、最初に招かれた屋敷に戻る。後ろで鍵のかかる重たい音がした。
「しかし悲しみばかりではありません。軽い症状の者ならば、このように養護院で暮らせますし、呪われてすぐであれば対処も出来るようになってきました。これも教皇猊下が彼らを見捨てず、慈悲の眼差しを向けてくださっている故だと私は思っております」
 そろそろ日が暮れ始めていた。そうそう、と管理人が五人に向き直る。
「明日は聖歌を歌ってくださるとか。使徒様の聖歌で皆癒やされることでしょう」
……心を尽くして歌わせていただきます」
 サンダルフォンが答え、管理人が満足げに頷く。
 今夜はゆっくりとおやすみください、と屋敷の二階に案内された。
 どうやらそこが客間らしい。
「あ、あのさっ」
 去ろうとする管理人にラジエルが声をかける。何か、と管理人が首を傾げたのに一瞬躊躇ったが、ラジエルが意を決して口を開いた。
「俺……悪魔憑きになっちゃったらしい友達を探していて……もしかしたらここにいるかなって」
「おや、それは……どのような方でしょうか」
 問われ、ううん、と曖昧な記憶を呼び起こそうとラジエルが唸る。
「俺もぼんやりとしか覚えてないんだけど眼鏡をかけてて大人しくて本が好きで……
「眼鏡、ですか。悪魔憑きの度合いはいかほどでしょうか」
「ええっと……ちょっとそこまでは分かんないかなぁ。俺がそいつといた孤児院も悪魔憑き騒ぎが起きて、取り潰しになってさ……名前も思い出せねーし……
「そうでしたか、貴方はよくご無事で」
「うん、でも俺も記憶が割とぼんやりでさ……神父様はショックで記憶を無くしたんだろうって」
 思い返せば友達に関する情報を殆ど持っていないことを悟り、ラジエルが俯く。そうですか、と目を細めて管理人は思案した。
「分かりました。後でお調べしましょう。いつ頃かどうかは……?」
「多分さっきの女の子……ルイーズちゃんだっけ。その子と同じぐらいだと思う!」
「ラジエル、見つかるといいね。オレからもお願いできますか」
 サンダルフォンの言葉に勿論です、と答えて管理人が去って行くのを見送り、ラジエルがため息を吐いた。
…………何か分かればいいな」
 ラジエルの唇から気落ちした声が零れる。隣でその呟きを聞いたサマエルが、ぽん、とラジエルの肩に手を置いて階段を上がる。四人も言葉少なに続いた。
 温かな夕食でもてなされる。明日はサンダルフォンが礼拝堂で聖歌を歌い、療養者や世話人達に食事を振る舞うという奉仕活動を行う予定だった。
 長旅で皆疲れていたらしく、早々にそれぞれの寝床で、眠りについている。ラジエルは窓際のベッドで、そこから見える夜の帷に沈む庭を眺めていた。別棟であの少女と出会った時から頭がつきつきと痛む。
 自分の中で何かがせっついているような、そんな感覚だった。
 ちらりと隣を見ればザドギエルが布団に潜りきっているのが見えたし、その向こうではサマエルがぴくりとも動かないまま眠っている。ハニエルもすやすやと熟睡して、サンダルフォンも同じだった。誰も起きていないことにほっとしながら、窓に視線を戻す。
――寝ないとなのに眠くねえんだよな……――
 明日も早い。寝坊をすればサンダルフォンが怒るだろう。しかし目はすっかり冴えていて、いつもならすぐに来る眠気も全くその気配を見せない。しかし。
 庭の隅で何か影が動いた気がして、目を見開く。小さな動物か何かかと思ったが、それは明らかに人影だった。華奢な影だ。
……ルイーズ?」
 ぽつりとあの少女の名前を呟けば、ラジエルの身体は自然と動いていた。足音を立てないように、部屋を出る。