kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
Public
 

You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


「こっち、です!」
 ハニエルの嬉しそうな声にサンダルフォンの頬が緩む。
 あんなに楽しげなハニエルを見るのは珍しい。
「待てってば、ハニエル!」
「二人とも、こけるなよ!」
 ラジエルも先を行くハニエルを追いかけて、ゆるやかな勾配を登っていく。木々が生い茂り、地面へは木漏れ日が降り注いでいる中で柔らかな風が吹いてきた。ザドギエルが先に進む二人に声をかけるが、すでにその姿は見えなくなっている。
 やれやれとため息を吐き二人を追うために足早に追いかけるザドギエルの背中を眺めながら、サンダルフォンとサマエルはのんびりと梢のトンネルを歩いて行った。
「こうやって任務以外で皆と出かけるのは初めてかもしれないな」
…………ああ」
 サマエルにそう言えば、静かに肯定する。サンダルフォンの手にはパンとハム、チーズと野菜を人数分入れた籠が提げられていた。
 道案内は任せてくださいと言ってきたハニエルの先導のもと、聖都近くの小高い丘へ続く道を歩いている。馬に乗るでなく、自分の足で、悪魔にも追われることもなく、こうしてのんびりと外に出るのは本当に久しぶりだった。
 そして実はこの五人と休日の野遊びという理由で出かけるのは、初めてだったのだ。
「ねえ、サマエル。野遊びってしたことある?」
 プラチナブロンドをそよ風になびかせながら、サンダルフォンがサマエルに問いかける。少し思案した後、柘榴色の双眸を懐かしげに細めサマエルが口を開いた。
……何度かある。野遊び、というよりも幼馴染みに引っ張り出されて、引きずり回されたと言ったほうがいいな。朝早くに窓を乱暴に叩かれて、起こされるんだ。俺が寝ぼけているのもお構いなしに近くの原っぱに連れ出して……あいつはイーゼルにカンバスを立てかけて……それからは放っておかれるんだ。あいつはカンバスに向かいっぱなし、話しかけてもまともな返事ひとつ寄越しやしない」
「あはは、なかなか酷い幼馴染みだね。彼は絵描きなのかい?」
「そうだ。しょうがないから俺は……カンバスに出来上がっていく絵を眺めたり、遊びに来た動物達とじゃれたりして過ごした。やっと太陽が真上にのぼったぐらいに飯だと言って持ってきたパンを囓るんだ。それからまたすぐにあいつはカンバスに向かい合って俺はシロツメグサの上に転がって空を眺めていた。あいつが絵を描き上げるまで」
……幸せな時間だ」
…………ああ、幸せだった」
 サマエルがふ、と笑うがどこかそれは寂しげだった。その理由を察する事は難しくない。それでも彼にとってその時間が幸せであったのは、真なのだろう。
「オレもだよ。そんな幸せな日々があった」
 一面の金色を思い出す。あの光景は忘れられない。
「そういう思い出を持てる奴は、運がいい」
 サマエルがぽつりと呟き、サンダルフォンが頷く。先に行った三人はどうだろうかと考えて、やめた。
……オレはハニエルに感謝しているよ」
 向こうでハニエルとラジエルのはしゃぐ声が聞こえてきた。おそらく、丘のてっぺんに辿り着いたのだろう。早く来いよ! とラジエルがせかしている。
 すぐに行くよ、とサンダルフォンが答え、足早にそちらへ向かうのをサマエルは見つめ、小さくそうだな、と呟く。梢のトンネルを抜けた先、少しひらけた丘の上には一本の木が佇んでいた。その根元で二人は立ち尽くしている。
「すげー……聖都が見渡せるぜ……!」
 ラジエルが声をあげ、隣ではハニエルがぽかんとした横顔で同じ先を見つめていた。二人の視線の先へ視線を向ければ自分達の住まう聖都を一望出来る。堅牢な城壁に囲まれた街、市場、巡礼者の宿、信仰の中心である大聖堂。
 そして、自分達の学び舎と寄宿舎。
 暖かな陽気が降り注ぐその地を見て、サンダルフォンは目を細めた。
「いい眺めだ」
「だよな! つーか、こんな場所よく知ってたな、ハニエル?」
「はい、オファニムさんに教えて貰いました……!」
 嬉しそうに答えるハニエルに、そうなんだ、と頷く。確かにここに来るまでの道のりは少し分かりづらくて、意識しない限り見つからない道だった。きっとこの場所を知っているのは、ほんの一握りだろう。
「聖都って凄く広いと思っていたけど」
 案外、そうでもないんだね。サンダルフォンがぽつりと呟く。少し驚いたように軽く目を見開いて、ハニエルが彼を見つめる。彼がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。そしてややあってサンダルフォンから視線を外し、もう一度聖都を見やる。
「そうですね、意外と……
 意外と、ちっぽけです。ハニエルの同意はラジエルの声にかき消される。
「飯食おうぜ!」
 いつもの食堂でもなく、詰め所でもなく、聖域のあの少し堅苦しい空気の中でもなく、自分達以外は誰もいない外で食べる昼食はいつもよりずっと美味しい、とラジエルは感じた。悪魔に襲われた東部地域の大都市、壊された家屋の片付けをしながら食べた菓子も特別な味がした。破壊された瓦礫から、嘆きや憤りに塗れた地から優しさをなんとかかき集めたような味。ラジエルはそれをきっと、忘れないだろう。
 そして今食べているパンやハム、チーズはささやかな自由の味だった。食堂から貰ってきた物で、いつもと変わらない味であるはずなのに。
……林檎、食べるかい?」
 サンダルフォンが問い、しかし誰かが答えるのを待たずにナイフで林檎の皮を剥き始める。さりさりと真っ赤な皮が蛇のように果実から離れていく様を眺めた後、ふと他の三人を見やれば各々、見たいものを見て、話し、飲み物を口にしていた。
「あの花は?」
「ええっと……クロッカスですね」
 ザドギエルが淡い紫色の花を指差して、ハニエルに聞いている。答えはすぐに返ってきて、へえ、と感心したように頷いていた。
 サマエルは木の根元にもたれかかって、空を見上げてぼんやりとしているようだった。
 確かに、悪くない。何もかもが穏やかだ。まるで世界が、平和であるような。
 はい、とサンダルフォンが器用に切り分けた林檎を皿に載せる。それをひとつ摘まんで囓れば、しゃく、と軽い音と共に甘酸っぱい味と香りが口に広がった。
「こういう時間がさ、ずっと続けばいいんだけどなあ」
「うん……そうだね」
 本当に。ラジエルの呟きをサンダルフォンが肯定する。
 ただ、ここにいる五人はこの穏やかな時間が永久に続くわけではないことを理解していた。再び任務が言い渡されれば、五人は死地に赴くのだ。
…………また来ればいい」
 ぼそり、そう呟いたのはサマエルだった。へ、とラジエルが呆気にとられてサマエルの横顔を見る。らしからぬ言葉を吐いて林檎の一切れを囓ったきり、空を眺めているサマエルをじっと見つめ、ややあって口を開いた。
「どうしちゃったわけ」
「何が」
 戸惑い、身を乗り出すラジエルをじとりと睨み、サマエルが眉を寄せる。おかしなことを言ったとは思えない、と不満げだった。
「サマエルらしくない」
「は?」
「いつもだったら考えが甘い、だとか気を緩めるなとか言うじゃん、お前」
「うるさい、いつも言わせてるのはどいつだ?」
「はー? 俺だってのかよ?」
「はいはい、こんな所まで来て喧嘩するなよ」
 睨み合いだした二人をザドギエルが宥める。少し不安そうにハニエルがそれを見つめているのはいつものことだ。
 そんな四人を見て、ふふ、とサンダルフォンが笑う。笑い声を聞いた四人がきょとんとそちらを見つめれば、その視線を受け取ったサンダルフォンは、ぱちりと瞬きをした。
……どうしたの?」
「いや、楽しそうだなって」
 答えたのはラジエルだ。ハニエルもこくり、と頷いている。
「ああ、それは否定しないよ……ただ……
 目を伏せ、少し言葉を探すように視線を彷徨わせてから、うん、と小さく頷く。
「お前達と一緒の部隊で、よかったと思ったんだ」
 それは心からの言葉だった。
 しかしそれを言った後、どうにも気恥ずかしくなって顔を伏せる。その背中をぱん、と叩いたのはラジエルだ。
「あったりまえだろ、このラジエル様がいるんだからどこの部隊より最高でしょ!」
「そういう所がなければな」
「なにおう!」
「はは、もう喧嘩するほど仲がいいって言った方がいいか?」
「でも実際そうだと思います。ラジエルとサマエル、仲がいいです」
 仲裁を諦めたザドギエルが揶揄い、ハニエルも微笑む。
 賑やかな四人にぱちりと瞬きをして、サンダルフォンも頬を緩ませ、笑った。楽しげな笑い声につられて、木の梢も笑うように、風に揺られてさわさわと葉を鳴らした。