kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
Public
 

You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。

 
 目的の地域は聖都から北西へ十日ほど馬を歩かせた場所にあるらしい。
 田園地帯を馬で駆け、未だ雪の残る山を越える。夜になっても集落が見当たらない場合は丁度いい場所を探して野宿するしかない。
 一晩を明かせるような洞穴を見つけ、そこに結界を施す。サンダルフォンの加護ほどではないが悪魔が近寄ってくることはないだろう。掌の血を拭いながら、ザドギエルがよし、と頷く。洞穴のすぐ傍では愛馬が二頭、草を食んでいた。
「これで足りるでしょうか……
「うん、充分だよ。ありがとう、ハニエル」
 枯れ木を抱えて戻ってきたハニエルを労い、洞穴の入り口近くで焚き火を起こす。ぱちぱちと音をさせながら温かな火が揺れれば、ハニエルがほっと息を吐いた。
 野宿の時の夕食は質素だ。パンと、干し肉そして水。干し肉を焚き火で軽く炙りながら、そろそろ宿に泊まれればいいなあとザドギエルがぼやく。実のところここ数日はずっと野宿だったのだ。昨日は集落と思わしき場所を見つけたのはいいが、随分と前に争いか、流行り病かで廃れたようで人っ子ひとりいなかった。悪魔の気配もなく、辛うじて屋根が無事な廃屋で一夜を過ごしたものの、そろそろ人の手で作られた食事も恋しい。
 目論見では目当ての町はもうすぐの筈なのだが。
……ザドギエルさんは」
 何かを考えながらパンを咀嚼していたハニエルがそれを飲み込み、切り出す。なんだい、とザドギエルが眼差しを向ければ少し迷った後で、こう続けた。
「今回の任務のこと……どう考えてますか?」
「どう……って、……そうだなあ」
 ハニエルの問いにううん、と首を捻る。
 目を瞑り暫く考えていたが、やがて深く青い瞳を開いた。
「シスターの言ったとおり、野盗が組んで村を襲ったとなればもう手遅れだろうね、俺達に出来ることは少ない。ただ……悪魔が絡んでくるとなると話は別だ。『教会』に属する神父がいたのにどうして悪魔が手を出すことが出来たのか、調べる必要がある。北西地域も北部地域ほどではないけどあの永い冬の余波からまだまだ立ち直れていないし、上層部としては放置も出来ないんだろうな」
……っ」
 ザドギエルの言葉にハニエルが息を飲む。
 そして琥珀色の目を彷徨わせてから、ザドギエルをじっと見つめた。焚き火に枯れ枝を放るザドギエルの顔には、軽く影が落ちている。
 永い冬。
 数年前、北部地域周辺を襲った異常寒波の呼び名だ。
 収穫祭の終わり頃から、本来ならば北部地域といえど春の兆しが訪れてもおかしくはない復活祭の頃まで、おおよそ半年のほとんどが猛吹雪に閉ざされた。
 当時いまだに戦禍と流行り病の猛威から立ち直れずにいた北部地域とその周辺、隣接する小国のいくつかは寒波の影響をもろに受けてしまい、寒さと飢えに喘ぐ民衆の、人の手にあまる天候の事象であるが故に決定的な対策を打てない領主への不満は今までの鬱憤と合わさり限界を超えた。
 結果、勃発した内紛から二つの領が滅び、その争いに巻き込まれた北部地域は壊滅的な被害を受けた。北部地域の最大の都市が燃え、都市周辺の村のいくつかも滅んだ。
 ――ハニエルはその都市の生まれだった。
 突如降ってきた炎に家族と家を奪われて孤児になったのだ。その日のことは今でもはっきりと覚えている。一生忘れることの出来ない、過去。
 極寒の夜、珍しく吹雪かず、もしかすると春が来るかもしれないと予感が過った夜。
 しかし雪の代わりに降り注いだのは業火だった。逃げなさいと自分の背を押す母の手、直後に背後で爆ぜた炎。振り向けばただ、炎だけが全てを飲み込んでいた。
大人に連れられるまま、都市の孤児院に迎え入れられた。そして様々な孤児院を転々としたのはあまり思い出したくない過去だ。人々が自分に向ける眼差しは恐ろしいほど優しいものであったが、それは真実ではなく、自らが持つ魔眼の力だったからだ。
 魔眼がそうさせた。目を瞑れば、人々は離れていった。
「ハニエル」
 思考の沼にはまり、どんどん顔色を悪くしていくハニエルにザドギエルがそっと呼びかける。ごめん、言うべきじゃなかったなと気落ちした声で謝罪され、ハニエルはゆるく首を振る。ザドギエルだって北部地域の生まれだ。あの凍えるような冬は経験しているに違いない。そしてそのせいで孤児になったのだろうということは、彼が何も語らずともハニエルには理解出来た。
「いえ……大丈夫です」
……疲れてるだろ、もう寝たほうがいいよ。火の番は俺がしておくから」
「っ、でもザドギエルさんだって」
 彼だって続く旅で疲れている筈だ。抗議の眼差しを向けるハニエルのリラ色の髪をザドギエルが撫でる。
……もう少し火で温まっていたいんだ。安全そうだったら俺も眠るから、な?」
 弟を宥める兄のような言い方をするザドギエルに、渋々と頷く。おやすみなさい、と言って毛布を受け取り、寝転がった。目を瞑ればぱちぱちと火が爆ぜる音がよく聞こえたが本当に疲れていたのだろう、ハニエルはすぐに眠りに落ちたようだった。
…………
 ハニエルが寝息を立てているのを聞きながら、ザドギエルは小さくなっていく焚き火を眺めていた。かじかむ指先を火にかざしてみるれば熱を感じるもののそれは彼の凍える身体を温めるには不十分だ。
 ザドギエルの身体は、あの日からずっと凍えている。春の麗らかな陽光を浴びても、夏の乾いた暑さが川をきらめかせても、秋の少しばかりもの悲しいような昼下がりの日差しの中で歩いても、悪魔と契約したその日から少年の身体の内にはあの永い冬の風雪が吹き荒れては彼の身体を凍えさせていた。
 ハニエルがあの都市の出身だと知った時、ザドギエルはその背中にナイフを突きつけられたような心地に陥った。彼にはあの夜の顛末を話したことはないが、きっといつか真実を知る日が来るのではないかと考えている。確証はなく、自分の過去を少なからず知っているであろうシスターも何も言わないが、きっとそんな日が来ると思っていた。
 その時が訪れれば、あの引っ込み思案だが優しい仲間はどうするだろうか。自分を憎み親の仇同然と詰るだろうか、もしかすると剣を手に取り、自らの心臓を貫くだろうか。
 それでもいいと思っている。むしろそうすべきだとすら思えた。そして来るべき日まで、ザドギエルはこの小さな仲間を守ると決めていた。
 そろりとハニエルを見やる。すっかり寝入った仲間はすうすうと寝息を立てていた。