kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


 小鳥が騒がしく鳴きながら羽ばたく音に、意識が引き戻される。課題をしていた手を止めて、どうしたのだろうかと開け放っていた窓を見やった。その瞬間、青い双眸と目が合い、心臓が飛び跳ねる。
「っ、あっ、なんで……め、メタトロンっ……様!?」
…………お前か」
 がたりと椅子から立ち上がり、サンダルフォンがメタトロンの名を呼ぶ。
 ここは『IB』の寄宿舎、二階のサンダルフォンの自室で、ちょうどその窓の傍には木が立っていた。そこはよく小鳥たちは羽を休めている木で、サンダルフォンは彼らが囀りながら梢で戯れているのを見るのが好きだった。
 しかし今はそのしっかりとした枝には、小鳥ではなくメタトロンの姿があった。
「どう……されました、そんな場所で……
「孤児の人形がカラスに連れ去られたから追いかけていた。ここに引っかかったのだ」
 なるほど彼の右手には仔馬のぬいぐるみが収まっている。鴉の爪と嘴で遊ばれたのだろう、前脚の部分が破けて、綿がはみ出ていた。
…………
「これであの子どもが泣き止む。皆、うるさそうにしていた」
 無表情でそう言い、邪魔したと告げたメタトロンが木から下りようとすれば。
「ちょっと待って!」
 我に返ったサンダルフォンが叫び、呼び止めればメタトロンがぴたりと止まる。怪訝そうに首だけ振り向いて、サンダルフォンを見据えた。
……なんだ」
「あ、その……それの足がとれそうですよ」
「だからどうした?」
 サンダルフォンが指差す先、ぬいぐるみの裂けた部分にメタトロンが目を向ける。
 それの何が問題なのかと言いたげに眉を寄せた。
「きっと鴉が悪さをしたのでしょう。そのまま返してしまうと、子どもが悲しんでしまいますよ」
 窓から身を乗り出し、サンダルフォンが手を伸ばす。
「少し、そちらをお借りしても」
 差し出された手を見つめ、それからメタトロンが小さく頷く。ずい、と仔馬のぬいぐるみを差し出せば、サンダルフォンがそっと受け取った。
「すぐに済みます」
 そう一言告げて、デスクの引き出しを開ける。服のほつれやボタンを縫い付ける為に持っているソーイングセットを取り出して、手慣れた手つきで針に糸を通した。
…………
 窓の外から視線が注がれているのを感じながら、はみ出た綿を入れ直して破れた箇所に針を刺す。
 孤児院で暮らしていた時にもこうやって、年少達がやんちゃをしたぬいぐるみや服を直していたのがここに来て役に立った。 
「器用だな」
 ぽつり、メタトロンが零す。その言葉に思わず笑みを浮かべながら、手は休めない。
「よく服を破いていましたし、ボタンを飛ばすなんてしょっちゅうでしたから」
「お前が? そうは見えない」
…………昔の話です」
 針と糸が破れを縫い付けていく。ハニエルやシスター・ゴーよりは少々不格好だが、綿が飛び出したままよりはマシだろう。他にも破れが無いかを確認して、よし、と頷く。
「しかし……すみません、出過ぎた真似を」
「いや、いい。むしろ感謝しなければならないのだろう」
 無表情を崩さす、サンダルフォンが差し出したぬいぐるみを受け取る。
「不慣れな者がしたことなので、少々不格好ですが……孤児院のシスターにお伝えください。きっとしっかり直してくださるかと」
「分かった」
 メタトロンが了承し驚くような身軽さで枝から地面へと降り立つ。そしてこちらを一顧だにせずに去りゆく様子を、彼の姿が見えなくなるまでサンダルフォンは眺めていた。
……よく木に登って、枝にひっかかって服を破いて、ボタンを飛ばして……君のお母様に怒られていたよ」
 小さく呟いたサンダルフォンの言葉は梢のざわめく音にかき消される。

「まあ! メタトロン様、このような場所にいかがされたのです!」
 メタトロンが訪れた先の孤児院、シスターが驚きの声をあげ恭しく一礼をした。その様子にも眉一つ動かさずにメタトロンは片手に持っていたぬいぐるみを彼女に見せた。
「子どもが鴉にとられたのはこれか」
「ああ、これは……なんてお優しい方、少々お待ちを……ノエ、ノエ! いらっしゃいな、あなたの仔馬が帰ってきたわよ!」
 シスターに呼ばれた子どもが泣きはらした顔でこちらにやって来た。しかしメタトロンの手にぶら下がったそれを見た瞬間、ぱっと顔を明るくさせて駆け寄ってくる。
「アルマン! アルマンが帰ってきた!」
「ノエ、ちゃんとお礼を言いなさい。この方は教皇様お付きの使徒メタトロン様よ」
「いい、私に感謝は不要だ。……しかし、ノエ、少しいいか」 
「なぁに、メタトロンさま」
 子どもが首を傾げ、メタトロンを見上げる。
「それは鴉のせいで破け……いや、怪我、をした。俺ではない別の使徒が直した」
 メタトロンの指さす先の縫い跡を見て、子どもが目を丸くする。少し眉を下げたがそれでも帰ってきたことが嬉しいらしく、受け取ったそれをぎゅっと抱きしめた。
「彼が言っていた。シスターに頼めばもっといい仕上がりになると」
…………ううん、このままでいい。ありがとう、メタトロンさま。アルマンをなおしてくれた使徒さまにもありがとうって、言ってくれる?」
…………ああ、次に会った時にでも」
 彼とは中々会わないだろうという考えが過ったが、頷く。すると子どもは嬉しそうに笑って、外で遊ぶ子ども達のもとへと駆けていった。
「本当に有り難うございます。ずっと泣いていて、ほとほと困っておりました」
「そうか、それは」
 よかった。メタトロンが言いかけ、目を伏せる。何がよかったのか、その実、あまり理解出来ないでいた。
 子どもが泣き止んだことがよかったのか、それとも子どものもとに、あの少し汚れたぬいぐるみが帰ってきたことがよかったのか。
 深々と頭を下げるシスターを背に自室へと向かいながら考える。今日は非番で、特に行くあてもない。いつものことだ。鍛錬をして、教皇から賜った聖書を読むだけの休日。それ以外にすることが見つからない。何をすればいいのか、分からない。クシエルはうさぎのぬいぐるみと一緒に散歩に出かけ、またある日は孤児達と遊ぶという。カマエルは分からない。知ろうともしないし、彼は何も言わないだろう。
「メタトロン」
「カマエル」
 道すがら、カマエルと出会った。出会ったというよりも自分を探していたというのが正しいだろう。白い儀仗服に包んだ彼の、金色の眼光がほっと安堵している。
「やっと見つけた。教皇がお呼びだ」
「わかった、すぐに行く」
 支度をするから、と言い残して足早に自室に向かう。汗を拭いて、早くあの白い装束に着替えなければ。

 ――ねえ、聴いてほしいな。

 柔らかな声が脳裏に過るのを感じて、はたと立ち止まる。
――……誰だ、お前は――
 その声を聞くのは初めてではなかった。
 時折それは聞こえてくるのだ。まったく覚えのない声で、天使のようだとメタトロンは思っていた。――本物の天使を見たことは無いが。
 声は答えない。天使の囁きか、それとも悪魔の手招きなのか。そう考えてゆるく首を振る。だとすれば由々しき事だ。この聖域に悪魔はいてはならない。ここは教皇ミカエルが治める地、一切の穢れも許されはしない。
 これは幻聴、もしくは自分の失われてしまった記憶の中の、誰かなのかもしれない。
 この日、メタトロンの頭に初めて過った。

 ――昔の話です。

 サンダルフォンが言ったあの言葉のせいなのかもしれない。それならば。
「必要がない」
 呟き、再び歩き出す。自分には彼がいる。それで充分だった。
 自分の中に微塵も残らなかった過去など、必要がないのだ。