kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


孵化

 ハニエルとザドギエルが無事に帰還してから、暫く平穏な日々が続いていた。勿論、他の使徒が任務に赴く姿を見かけたし、先輩であるACも忙しいのか神学校で会う事も少ない。鳩の飼育係であるハニエルはオファニムと時折会うようだがそれも稀なようだ。授業に鍛錬、それぞれの活動。やることは沢山あった。特に、この時期は。

 朝の静謐な空気に歌を乗せる。
 いつものようにサンダルフォンは、朝の日課を執り行っていた。
 主に祈り、聖歌を歌う。誰もいない聖堂、天使像の前で。
「kyrie eleison――
「そこにいるのは、誰?」
「っ……
 不意に呼びかけてきた声に歌を止める。静かに声の方へと振り向けば、そこには見慣れない少年がいた。コスモス色の髪に、明るいコバルトグリーンの丸い瞳がくりくりと愛らしい。少し困り眉をさせている少年は白い儀仗服――教皇直属の者であるという証しを纏っていた。その出で立ちの意味を知るサンダルフォンに、軽い緊張が襲う。
……あなたは」
「僕? 僕はクシエルだよ?」
「おはようございます、クシエル様。オレは……使徒のサンダルフォンと申します」
 サンダルフォンが恭しく一礼をする。『教会』では教皇直属の使徒は教皇と同位に等しい態度で接するのが、暗黙の了解であった。
――こんなに小さな子が、教皇直属の使徒……――
 一体どれほどの力が、と思案しながら相手の出方を待つ。一方クシエルは丁寧に名乗ってきた相手にぱっと表情を明るくさせて、腕の中のうさぎのぬいぐるみを抱き直す。
「よろしくね、サンダルフォン。あ、でも、教皇様やカマエルくんやメタトロン以外とはあんまり話しちゃ駄目なんだっけ……
「それは、申し訳ありません」
「あっ、あのねっ、いいんだ、僕がサンダルフォンの歌を邪魔しちゃったから……!」
 きょろきょろと聖堂の中や外を見やってから、クシエルが一歩歩み寄る。その様子に困惑しながら、サンダルフォンはクシエルを見つめた。
「ねえねえ、今のお歌って聖歌?」
「はい、『主よ憐れみ給え』です」
「とっても上手だね! お散歩していたらサンダルフォンの歌が聞こえてきたんだ。サンダルフォンはいつもここで歌っているの?」
 話をしてはいけないのではないか、という疑問を頭の隅に追いやりながら肯定する。
「朝の日課です。聖域にいる時はここで祈り、歌を捧げています」
「そうなんだ……サンダルフォンは神様が大好きなんだね!」
 クシエルがくすくすと笑い、サンダルフォンをじっと見つめる。
「お褒めいただき光栄です 
「クシエル、そこに居るのかい」
 聖堂にこつりと靴の音が響く。今度は落ち着いた大人の声がクシエルに呼びかけ、そちらを見やればやはり白い儀仗服を身に纏った褐色の肌の男がそこにいた。
「わ、カマエルくん!」
 クシエルがその男、カマエルに駆け寄る。探したよ、と柔らかなコスモス色の髪を撫でた後、サンダルフォンの方を見やった。
「君は」
「『無垢な神の息吹』のサンダルフォンと申します」
「そうか、君が……
 金色の双眸が細められる。どこか鋭い視線に息を飲んで、サンダルフォンは咎められたように目を伏せる。
「あ、あのね、カマエルくん、サンダルフォンは先にここにいて聖歌を歌っていたんだ。そこを僕が邪魔をしちゃって……だからサンダルフォンは悪くないんだ。本当だよ」
 カマエルの雰囲気に慌てた様子でクシエルが告げる。自らが向けていた視線が厳しいものであったのを自覚したのか、カマエルは軽く目を見開いてから、苦笑いを浮かべた。
「ああ、そうだったんだね。……大丈夫、彼を責めるつもりはひとつも無いから……サンダルフォンも悪かったね。大事な祈りの時間の邪魔をしてしまったようだ」
「いえ……クシエル様がオレの聖歌を気に入っていただけたのならば」
…………そう。でもクシエル、もう時間だよ、行こうか」
「うん、わかった」
 カマエルに促されればクシエルが頷く。またね、サンダルフォン。手を振りながら別れを告げるクシエルにサンダルフォンはもう一度ぺこりと頭を下げた。

「クシエル、あまり他の使徒に話しかけて困らせてはいけないよ」
「ご、ごめんね……でも本当に綺麗な歌声で……まるで天使様だったんだ」
 教皇の間に向かいながらカマエルがクシエルを諭す。その言葉に少し気落ちした声でクシエルが言えば、小さくため息を吐いた。
「彼はこの前、神学校の聖歌隊のリーダーに抜擢されたからまた礼拝か何かで聴けるだろうね、それに」
「カマエル、クシエル」
 若い男の声に呼びかけられ、二人が顔をあげる。厳しさを孕んで二人を見据える男のその金髪は、差し込む陽の光に輝いていた。
「メタトロン」
「遅いぞ、何をしていた」
「メタトロン、ごめんね」
 クシエルがしょげた声で謝るのにカマエルが庇おうと口を開けば、メタトロンと呼ばれた若者の目がすっと細められる。
……いや、時間に遅れたというわけではない。罰するつもりはない。行くぞ、教皇がお呼びだ」
 白いマントを翻し歩き出すメタトロンの背中に苦笑する。何だかんだで、メタトロンもクシエルに甘い。
 扉を開けば、そこは教皇の間だった。汚れのない白い大理石で造られた壁と柱、磨き上げられた床には赤いカーペットが玉座へ向けて敷かれている。玉座の後ろには同じく赤い帷がかけられており、奥は伺いしれない。そしてその玉座に、教皇ミカエルはいた。いつものように穏やかな笑みをたて、ゆったりとそこに座っている。
 傍らにはキザキ神父が侍り、入ってきた三人を見据えた。
「ああ、皆、待っていたよ」
「お待たせいたしました、教皇」
 壇上の下に、入室してきた三人が跪く。
 その姿に笑みを絶やさず、教皇ミカエルは小さく頷いた。キザキ神父が一歩進み出て、三人を見下ろし口を開く。
「さて、『不死鳥』達よ。既に知っていると思うがミカエル教皇は一週間後、復活祭の日に東部地域への訪問を控えている。ようやく落ち着きを取り戻しつつある地域に教皇が復活祭に合わせ赴くことで、民心の安定をはかる為だ」
 キザキ神父の声が教皇の間に響く。長い戦争と疫病のせいで国は疲弊しているが、その中では今もっとも復興の勢いがあるのは南部地域、そして東部地域だった。しかしカマエルは僅かに眉を寄せた。
「キザキ神父、確かに東部地域も復興の兆しが見えつつありますが『学会』の活動が活発な地でもあります。教皇自ら赴くのは時期尚早かと」
「そう。でも、だからこそだよ、カマエル」
 教皇ミカエルの優しく語りかけるような、よく通る声にカマエルは再び頭を下げた。
「今、教会を取り巻く課題は戦禍や疫病の事後処理だけではないのは、使徒である君たちならば勿論知っているね。悪魔や邪教の教えに感化された者達の動きが活発化しているのは俺の耳にも入っているよ……哀しいことだけれど」
 玉座の背もたれに身を預け、教皇ミカエルが深く息を吐く。その眼差しは伏せられて、憂いの色を湛えている。
「異端審問を専門とする部隊達にも任務を言い渡している。しかしまだ情勢が不安定だからだろう、サバトに手を出す者、悪魔の甘言に耳を傾けてしまう者が増えていることも事実だ」
「そ、そんなの駄目だよ! サバトなんて……そんなことをするのは悪い人達だからやっつけないと!」
 クシエルがぎゅ、と持っていたぬいぐるみを抱きしめて、ふるふると首を振った。
「そう。使徒の皆はよくやってくれているよ。だからこそ俺が赴いて、民達の不安を拭ってあげることで、『教会』を信じなおす人達もいるかもしれない。今、行くべきだと思うんだ。どうかな、メタトロン、カマエル、クシエル。この旅に君たちも一緒に来てくれるならば俺もこの上なく安心なのだけど」
「勿論です。俺達は貴方と共に」
 メタトロンがあるじの言葉を肯定し、そういうことであるならばとカマエルも納得したと頷く。クシエルはぱっと顔を明るくさせて二人と教皇を見た。
「皆とお出かけだね!」
「こら、クシエル。遊びに行くわけじゃないんだ。これも立派な任務なんだから」
「あ、そっか……そうだよね、ごめんなさい……
「ふふ、クシエル。頼りにしているよ」
 あるじの言葉にはい、と元気よくクシエルが頷く。その様子を静かに見守っていたキザキ神父にミカエルがそっと視線を向けた。
「君のことだろうから、他にも護衛をつけるんだろう」
「はい、万が一のことがあってはいけませんので」
 表情を動かさずにキザキ神父が答える。そう、と頷いて、それからはたと気がついたかのように金色の目を瞬きさせた。
「それなら、お願いがあるんだ」