kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


 微睡んでいる。柔らかな陽光の下、あの金色のライ麦畑のような暖かな光の中で。
 起きろよ、と嬉しそうに肩を揺すられたものの、どうにもその気にはなれない。
 なあ、起きろって。こんな所で寝てたら風邪ひいちまうぜ。
――大丈夫だよ、だってここはこんなにも暖かいじゃないか――
 そう反論しようとしたが、声が出ない。
――それに君は、もうそんなに小さくないだろう――
 知っているよ。と笑ってみた。
 しかし自分をじっと見つめている少年は、何も言わない。

 ゆっくりと目を開けば古びた天井が見えた。
「あ、サンダルフォンさん!」
 傍からハニエルの声が聞こえてきて、そちらに顔を向けようと身じろぎすれば全身に痛みが走った。
「っ……
「だ、駄目です、寝ていてください……!」
……ここは? オレはどれくらい寝ていた?」
 掠れた声で問えば、ハニエルが微笑む。
「オレ達が泊まっている宿屋です。……サンダルフォンさん、丸一日目を覚まさなかったんですよ」
 幸いにもここは無事で、と告げたのち、ハニエルが僅かに表情を曇らせる。その表情を見て、サンダルフォンが仲間の手に縋るように触れた。
……街、は……大聖堂は……
「街はなんとか壊滅を免れましたが、少なからず被害が出ています。……大聖堂は無事です。あの中に逃げた人達も、教皇様も……
 ハニエルの報告を聞いてほっと安堵の息を吐く。ゆっくりと上半身を起こせば、ハニエルが背中を支えてきた。
「皆も……無事かい」
「はい、ラジエルもサマエルも……ザドギエルさんも無事です」
「そう……よかった。どこに?」
 徐々に意識がはっきりしてきたのか、サンダルフォンの声も明瞭になってくる。
 その様子に案じたような顔をさせ、ハニエルが口を開いた。
「この周辺の片付け作業を手伝っています。皆、怪我をしているのに……どうしてもやるって聞かないんです。オレも行こうとしたんですが、サンダルフォンさんの傍にいてやってくれって……
……相変わらず無茶をする……
 それならオレも行こう、と言ったものの、身体が酷く重い。ハニエルが駄目です、と眼で訴えてきたのに諦めて、窓の外を見た。あれほど美しかった町並みが見る影もない。
「サンダルフォンさん、怪我も勿論なんですが……消耗が激しいんですよ? あんな無茶をして……
…………あまり覚えていないんだ」
 無我夢中で、と肩を竦める。そんな仲間を見つめ、ハニエルが続けた。
「あの空の悪魔から……サンダルフォンさんの加護の力で都市全体を守ったんです。でもあれ以上力を使うと死んじゃうところだったって……
「そうだ……あれは、あれはどうなったんだい」
 はっと思い出してサンダルフォンが身を乗り出す。あの深淵と悪魔はどうなったか。
…………教皇直属の使徒、クシエル様とメタトロン様が悪魔を祓ってくださいました。あの黒い穴みたいなものも燃やされて嘘みたいに消えて……
 その後は分からないとハニエルが首を振る。気がつくと四人も『AC』達によってここに運び込まれていたらしい。彼らも後処理に出ているという。
…………あの悪魔達は一体どうやって……
「それが……
 サンダルフォンの問いにハニエルが言いにくそうに俯く。ややあって顔を上げた。
「大聖堂の司教様が……
 ハニエルが語ったのは大聖堂に仕える司教の一人があの悪魔達を呼び起こしたということだった。神に仕える者がまさかそんな、と耳を疑ったがハニエルもあまり事情を知らないらしく、その司教がどういう処分を下されたのかも分からないようだ。
 内部は相当混乱しているらしく、それを収め、街の人々の生活をいち早く取り戻すために暫くは『教会』本部が取り仕切る事になったらしい。
「街の人達は……
「元々『教会』に対して信仰が厚い都市なので、問題はなさそうです……寧ろ喜んでいるというか」
 ハニエルの言葉にそう、とサンダルフォンが頷く。
「オレ達も暫くここで片付けのお手伝いをするようにとキザキ神父から仰せつかっています。でもサンダルフォンさんは少なくともあと一日は療養ですよ」
……皆も傷ついてるのに」
 不満げにサンダルフォンが軽く口を尖らせれば、くすくすとハニエルが笑う。
「こういう時には助けあうって……サンダルフォンさん、いつも言っているでしょう」
 ハニエルの言葉に渋々頷く。早く皆と話がしたいよ、と呟けば、きっと三人も同じですよ、とハニエルが返し、紅茶を淹れるために席を立った。


「サマエル、ザドギエル、休憩しようぜ! 奥さんがベニエを焼いてくれたって!」
「分かった」
「いいね、いただこうか」
 ラジエルが屋根の上の仲間に呼びかければ、そこに空いた穴を直していたサマエルとザドギエルがひょこ、と顔を出す。今、三人が屋根や壁を直しているその家は、ラジエルが守った子どもを匿った女の家だった。
 幸運なことに、あの時の子どももこの家の人間も無事だった。数軒離れた子どもの家も、その親も無事な事を知った時、ラジエルは安堵の息を吐いたものだ。
「あ、ラジエル兄ちゃん!」
 出されたベニエとシードルを軒下で味わっていると、あの時の子どもが駆け寄ってきた。すっかり仲良くなった少年とラジエルは、片付けが終わった後も忙しい大人達の代わりに遊び相手になっている。
「おっ、マルタン、どうしたんだよ?」
「今日は片付け終わり?」
「いいや、まだまだだなー。もうちょっとでこの家がきれいになるから、次は隣の家。早く屋根を塞がないと雨が降ったときに困るだろ?」
「うん!」
 にこにこと笑いながらマルタンと呼ばれる少年の相手をするラジエルを、ぽかんとサマエルが見つめている。
……今思ってる事、当てていいかい?」
「やめろ」
 それを見たザドギエルが揶揄うように小声で問えば、じとりとサマエルがザドギエルを睨み、手にしたベニエを頬張る。一般的な庶民の家では貴重であろう粉砂糖がまぶされたそれは甘く、肉体労働真っ最中の身体に染みる。
「なあ、ラジエル兄ちゃん。みんなはずっとここにいるの?」
 暫く喋っていれば、少年がラジエルに問いかける。その言葉に一瞬ラジエルの目が細められて、それから寂しげに、首を振った。
「いいや、俺達は使徒だからなぁ……。まだまだ困ってる人を助けねえとさ? だから……あと数日だけ。心配しなくても『教会』の人達が助けてくれるし、マルタンもお手伝いしてるんだろ? 大丈夫だって!」
 ぽん、と少年の頭をラジエルが撫でる。幼い子どもは嬉しそうに笑い、それからふと思い立ったように、あのね、と口を開いた。
「なあ、オレもラジエル兄ちゃんみたいに使徒になりたい!」
――……
 そしたら悪魔をやっつけることが出来るんでしょ、街が壊されなくなるんでしょ? と無邪気にはしゃぐ少年を、ベイビーブルーの瞳がじっと見つめた。
「マルタン」
……ラジエル兄ちゃん?」 
 僅かに雰囲気が変わったラジエルを不思議に思った少年が首を傾げた瞬間、もう少しだけ乱暴に彼の髪の毛をくしゃくしゃとラジエルの手がかき乱す。
「わ、わっ、なにすんだよ!」
「残念でしたっ、使徒は俺みたいに特別な力が無いとなれねーの!」
「お、オレにもあるかもしれないだろ!」
「どうだろうなあ、俺ってばお前ぐらいの頃からもう天才? だったしな!」
「え、じゃあサマエル兄ちゃんやザドギエルおじちゃんも?」
「っ、っ……!」
……そうだな、そうだとも。あとザドギエルにもお兄ちゃんと言ってやってくれ」
「げほっ、いい、いいから!」
 少年の言葉の拍子に噎せたザドギエルに仕返しとばかりにサマエルが言ってのければ、慌ててザドギエルが止める。それでも少なからずショックを受けたザドギエルを気の毒そうに横目で見やりつつ、ラジエルは少年に向き直った。
……もしマルタンに特別な力があってもさ、きっとお前が俺達ぐらいになる頃には……平和になってるよ。だから使徒になれねえと思うぜ?」
「えー!」
 ラジエルの言葉に少年は頬を膨らませるのに、この子どもは純粋に使徒になりたいのだとラジエルは苦笑いを浮かべる。
 こんな力あっても幸せにはならない。ないほうがずっといい。
「それにさ、もしマルタンに特別な力が無くても……俺みたいに格好よくてモテモテで、強くなれる方法なんていくらでもあるだろ?」
……?」
「ちゃんと飯食って、母ちゃんと父ちゃんの言うこと聞いて、毎日神様に祈って、勉強して……めいっぱい遊んでたらそれで充分!」
「それだけ?」
「ま、それが難しいんだよな!」
「そうだ、こいつは使徒なのに毎回勉強を怠けては俺達に怒られて、教室まで引き摺られてるんだぞ」
「ぐ……っ」
 サマエルの言葉にラジエルの顔が僅かに引きつる。とにかく、と仕切り直すように少年の両肩にそっと手を置いて、にっと笑みを向けた。
「せっかく命拾いしたんだ。元気で暮らせよ、マルタン」
……うん」
 まだ、少し納得のいっていなさそうな少年によし、と頷く。それから自分と少年のやり取りを眺めていた仲間に振り返った。
「そろそろ休憩終わり! 日が暮れる前にここともう一軒やっちまおうぜ!」
 ラジエルの威勢のいい声に答え、二人も立ち上がった。ん、とザドギエルは伸びをし、サマエルも再び屋根に登る。
「じゃあオレは帰るね、また明日ね!」
「おう、また明日な!」
 三人の使徒に別れを告げる少年にウィンクをして、ラジエルが答えた。


 サンダルフォンが目を覚まし、療養してから二日。『IB』の泊まる宿にキザキ神父がやってきた。丁度朝食を食べ終わった所で、サンダルフォンも今日から街の片付けを手伝うつもりだったがどうやらそうはいかないらしい。
「教皇ミカエルがお呼びだ」
「教皇様が?」
 一体何の用だろう、とサンダルフォンが怪訝な顔をさせる。相変わらずキザキ神父の表情は無に近く、感情や意図を読み取ることが出来ないでいた。
「話があるとだけ。ついてきなさい」
……俺も一緒に行こうか?」
「許可しない」
 ザドギエルが同行を買って出たが、キザキ神父は首を振る。心配そうな四人の視線を受けながら、わかりました、とだけ答えた。
 先に部屋を出るキザキ神父を見やり、席を立つ。
「だ、大丈夫でしょうか……何かお咎めでも……
「まさか! だってサンダルフォンはあの日大聖堂を守ったんだぜ?」
…………まあ、行かないわけにはいかないよな」
「サンダルフォン、大丈夫なのか。また……
 サマエルの言葉を遮り、サンダルフォンが笑う。
「大丈夫だよ。話をしてくるだけさ」
 あの日の謁見と違っていたのはあの時教皇ミカエルの姿を覆っていた帷が無いこと、その傍らには三人の白い儀仗服を纏った男達が三人、侍っていたことである。教皇ミカエルは鳶色の艶やかな髪に金に輝く瞳を持つ男だった。おそらく、国の誰もが彼を美しいと言うだろう。
 『教会』の指導者たる男を見た瞬間、纏う雰囲気にサンダルフォンは底知れなさと軽い畏怖を感じていた。
「やあ、サンダルフォン」
……お目にかかり光栄です、ミカエル様」
 跪き、頭を垂れる。そのまま頭を上げずに言葉を待てば、くすくすと嬉しそうな声でミカエルが笑う。
「緊張しているんだね、顔をあげて。何も怖いことなんてないのだから」
「はい……
 ゆっくりと視線を上げる。ミカエルは相変わらず微笑みをサンダルフォンに向け、その金の眼差しを注いでいた。三人の使徒も、じっとこちらを見つめている。
「先日の悪魔が襲来した件、君はとても素晴らしい働きをしてくれたね。君の勇気ある行動と、その身に宿した加護のおかげで辛うじて都市は壊滅せずに済み、数多の民の命が救われた。『教会』の指導者たる者として、君に感謝を示そう」
「神に仕え、悪魔と戦う使徒として当然のことをしたまでです」
「ふふ、サンダルフォンは謙虚だね。君たちに関してのシスター・ゴーの報告はキザキ神父を通して常々聞いているよ。『無垢な神の息吹』……君だけではない、皆、使徒として素晴らしい働きをしていると」
「勿体ないお言葉、仲間達にも伝えておきます」
 サンダルフォンがもう一度礼をしたのに満足げに頷き、さて、とミカエルが話題を変えるべく姿勢を正す。
「今日、君をここに呼んだのは他でもない。その悪魔の件についてだ」
……は、……
「君が加護の限りを尽くして顕現を阻止し、俺の使徒であるメタトロンが屠ったあの巨大な……そうだね、言うなれば悪魔の胎児。あれが誰によって呼び出されたのか、もう聞いているだろうか」
……詳しくは存じ上げません。この大聖堂に仕えていた司教の仕業とは耳にしております」
 俄には信じがたいことですが、という言葉を飲み込んで、サンダルフォンが答える。そう、と小さくため息を吐いて、ミカエルは玉座の背もたれに身体を預けた。
「悲しいことに……それは真実だ。実はここに来る前に報告を受けていてね。司教が教えに背き、悪魔と通じる者達と手を組んでいるかもしれない、と。俺は信じれなかったが、結局それは真実だった。……本当に悲しいよ」
「それは、最近よく話に上がる『学会』ですか」
 学会――
 それは悪魔と手を組み、国に対しての破壊活動を行う者達の集まりだった。元は小さなサバトの集団だったのだろう、しかし各地の集団が徐々に結託し、組織となって活動を活発化させているのだという。
 それを重く見た『教会』はその組織を『学会』と呼称しはじめたのだ。勿論、神に仕え、悪魔を敵とする『教会』とは相容れない思想の持ち主達である彼らを、使徒は第一の排除対象として見ている。
 サンダルフォン達よりも鍛錬と実戦経験を積んだ部隊が主だって討伐にあたっているというのはシスター・ゴーから話を聞いていたし、無論サンダルフォン達も彼らと出くわせば、戦うだろう。
 しかしサンダルフォンの問いにミカエルが返したのは、困惑の表情だった。
「分からないんだ」
……どういうことでしょうか」
「俺達も『学会』の仕業ではないかと思ったんだけど、今回に関してはやり口が少々違っていてね。まず、『学会』であるならばあんな昼間にたいそれたことはしないだろう。唯一分かることは……
 一瞬、ミカエルが口を噤む。僅かに躊躇うような素振りをみせて、しかし意を決したように口を開いた。
「唯一分かることは、かつて俺達の仲間だったもの、裏切りの罪を犯した哀れな者がこの件に関わっているらしいということだ」
「裏切り者?」
 ミカエルの意味深な言葉に眉を寄せながら先を促す。
「そう、君たちが使徒になった随分前に、とある部隊の離反が起きた。部隊名『失った軍勢』 ……三人の使徒で構成されていたこの部隊は、元々君たちの序列にいた……しかし、彼らは突如離反した。神に背を向けたんだ」
「それは……何故」
「残念ながら戦っていく中で悪魔に魅入られ、その手をとってしまったようだ。部隊長であった使徒……いや、元使徒であるベリアルは元々君たちと同じような境遇の者でね。ある日、故郷の村に魔女がいるという報せが届いた。彼は真っ先に村を助けに行ったよ……でもその日から……彼と仲間の様子がおかしくなっていったらしい」
……
「そしてついに、ある夜『失った軍勢』は離反した。悲しい事実だ。理由を知りたくて彼らの行方を捜して貰っていたのだけど……どうやらあの日、この街にいたようだ」
「どのような者達なのですか」
「明るいヴァーミリオンの髪の男、マホガニーの髪の男、そして緑の、特徴的な髪の男だ。君の仲間……ザドギエルならば彼を知っているだろう」
 ミカエルの代わりに答えたのはカマエルだった。その言葉の中にサンダルフォンの仲間であるザドギエルの名が聞こえたのにサンダルフォンが目を見開く。
「ザドギエル?」
「ああ、彼から聞いていないのか」
 カマエルが眉を寄せ、暫く考え込む。伝えるべきか否か、迷っているようだった。
 しかしゆるりと首を振って口を開く。
……使徒ザドギエルは昔、壊滅した村から彼らによって助け出された。詳しくは本人から話を聞くといい。話してくれるかは分からないけどね」
「カマエル。それは、本当かい。ならば……彼らと戦うことになる彼はきっと苦しい思いをするだろうね、可哀想に」
 カマエルの言葉に、更に顔に憂いを帯びさせながらミカエルが目を伏せる。しかし、すっと視線をあげサンダルフォンを真っ直ぐに見据えた。
「しかしもう、猶予はない。もし再びこんな事が起きてしまっては……復興しつつあるこの国に甚大な被害を与えかねない。分かるね、サンダルフォン」
……はい」
「君たちにはこれまで通り、悪魔を祓う任務を続けてもらおうと思う。今日この話を君にしたのは君たち『IB』の実力を見込んで、そして信仰の厚さを信じてのことだ」
「教皇の命、謹んでお受けいたします」
「ああ、それと」
 ミカエルがふと気づき、沈んでいた声を不意に明るくさせる。何か、と見上げればミカエルはとろりと微笑み、言葉を続けた。
「この都市に来る前に、俺のクシエルとカマエルとお話をしたと聞いたよ」
「っ、序列をわきまえず、不躾な真似を」
「そんなこと言わないで、俺も君の事をもっと……知りたいんだ」
……
「教皇、お戯れを。サンダルフォンが困っております」
「おや、俺は本気だよ」
 どこか愉悦を孕んだミカエルの金の眼がサンダルフォンにじっと、眼差しを向けている。そして再び、切り出した。
「それで……この二人の他に、もう一人。君に紹介したくて」
 ミカエルの言葉に、サンダルフォンは自分の背に汗がつう、と流れるのを感じる。ちら、とミカエルがもう一人、静かに立っている彼を見ればそこに厳しい顔でサンダルフォンを見据える使徒――サンダルフォンにとっては、幼い頃の親友がいた。
「彼はメタトロン。俺の一番の使徒だ」
「メタトロン、様」
 サンダルフォンはメタトロンの、真の名前を知っている。しかし互いに使徒となった以上、それをここで口にするのは憚られて、告げられた秘匿名を呟いた。
 そして小さく息を飲み、意を決して口を開く。
……お伺いしても」
…………何だ」
「メタトロン様は、この都市近くの、東部地域の街の生まれではございませんか」
……
 サンダルフォンの問いに答えは返らず、沈黙が降りる。メタトロンも、ミカエルもサンダルフォンの問いに怒ることも、笑うこともせず。ただじっと使徒を見つめていた。
 重い沈黙の中、メタトロンが口火を切る。
「生憎、昔の記憶を失っている」
…………そうでしたか、失礼を」
「不思議なことを聞くね、サンダルフォンは」
……少し、昔の知り合いに似ていらっしゃいましたので、もしかするとと思いました。ご無礼をお許しください」
 サンダルフォンが立ち上がり、深々と頭を下げる。それでは失礼します、と四人に告げ部屋から出て行くその姿をメタトロンは無表情のまま、じっと見据えていた。
「どうしたの、メタトロン」
「いいえ、妙な事を聞くと」
「ふふ、君に似た人だなんてね? ……でも世には同じ姿の人が三人もいるらしいよ」
「お戯れはおやめください」
 ため息と共にミカエルを諭し、メタトロンは口を閉ざす。
 サンダルフォンの歌、聞きたかったなとクシエルがぽつりと呟いた。
「でも今回は素敵なものを見ることが出来た。君の不死鳥の如き炎も久しぶりに見たけれど、とても力強く勇敢だったね。流石、俺の不死鳥だ。……そして見たかい、サンダルフォンの……あの白い羽根の加護を。全てを包み込む、あの無垢な守りを」
……目の前の悪魔を殺す事に集中しておりました」
「ふふ、そう」
 私の使命は悪魔を殺し、貴方を守ることです。そう短く告げるメタトロンを満足げに見やり、満足そうに笑みを深める。
「俺は見たよ。はっきりとね……美しく、力強い羽根だった。でも何かの拍子で折れてしまいそうな儚さもあって、俺は好きだな」
 そう呟き目を瞑る。何かの考えに耽りだした教皇を見て取り、使徒と神父はそこから無言で立ち去った。
 大聖堂の最奥、数日前まで大司教の私室であったその部屋は、教皇の為に譲られ、その玉座も主を変えた。
 赤いカーテンが窓からのそよ風に揺れる。その度に窓からの陽光が揺らめいて、薄暗い部屋の輪郭を揺らめかせた。
――さあ、これからどうしようか」
 ぽつり、ミカエルが呟く。開け放たれたバルコニーに、二つの影が降り立った。
 血のように赤い双眸が二つ。
 そのうちのひとつは鴉の羽を持ち、もうひとつは竜の如き白き羽を持っている。
 それを人が見たならば、間違いなく悪魔だと指差すだろう。
 しかし彼らは神の懐たるこの大聖堂に畏れることなく踏み入れていた。鴉の悪魔は不機嫌そうに眉を寄せ、白い悪魔はその顔に愉悦を浮かばせている。
 教皇ミカエルは、金色の眼差しを彼らに向け、柔らかく笑っていた。