kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


「遅かったか……
 未だに煙を燻らせながら焼け落ちている家々を見渡し、ベリアルは舌打ちをした。残り火の熱が肌を炙る。昨夜まで人々が行き交っていたであろう通りには黒焦げた塊がそこかしこに転がっていた。仲間二人に生存者がいるかどうかの捜索を命じ、自身も僅かな可能性を信じて走り出す。
 北部地域の小さな村に住む神父から伝書鳩が寄越されたのは数日前のことだ。そこには村ぐるみのサバトが執り行われる可能性が高い旨、そしてその原因は長引く冬からなる凍えと飢餓であるので一刻も早い支援を受けたいという嘆願が書かれていた。
『教会』はまず新人使徒であるベリアル、カスピエル、クザファンの三人を現地へと向かわせ、その村の近くにある城下町にも警戒を促す為にもう二人の使徒を向かわせた。
 昼も夜も愛馬を駆けさせようやく目的の村が遠くに見えた頃、三人が目にしたのは夜空から降り注ぐ、流星のような炎だった。夜であるのに地平線が浮かび上がるほど、それは周囲一帯を赤々と燃やしている。
 おそらく城下町に向かっている二人もそれが目的地に降り注ぐのを見て一層馬を飛ばし、今頃は人々を助けるべく城下町を駆け回っているに違いない。
「しかし、名前付きでもない悪魔が何もなしにこんなことをする力があるだろうか」
 燃える村を真っ直ぐに見据えるクザファンの顔は愁いを帯びている。これから目の当たりにする光景を思えば致し方のないことだ。仲間の疑問に対して、栗毛の馬を駆るカスピエルがうーん、と首を捻った。
「それって、何かのきっかけでこういうことになったってこと?」
「悪魔の力が日々増してきているとはいえ、この一帯を燃やし尽くすような力を持つものなどそうそう居まい。もしかすると悪魔が力を得た原因があるのではないか」
「待って、それって村か街かの誰かが悪魔と契約を交わしたって意味だよね?」
「あり得ねえことじゃねえだろうよ。サバトの報告も上がってんだ」
 先頭、青毛の馬の手綱を握るベリアルが低く呟いた。ヴァーミリオンの髪の下では、トパーズの瞳が炯々と輝き、薄暗い道を睨み付けている。
「あのあたりは冬が長引きすぎてるって聞いたぜ」
「元々、寒さの厳しい土地だ。特に今年は厳しく、『教会』への援助の嘆願も寄せられていたらしい。勿論ミカエル様もそのように命じていたのだが猛吹雪に阻まれて……
「悪魔が誰かに手を差し伸べて、誰かがその手をとる理由は充分にあったってワケ」
 やれやれとカスピエルがため息を吐く。それにしても被害の規模は甚大だ。並の悪魔だけであれほどの炎の雨を降らすことは出来ない筈である。
「契約して奴がいるなら、どうやったか話を聞いてみたいところだよ」
「無理だな、もう死んで地獄に引きずり込まれているだろうよ」
……その者を赦したまえ」
 クザファンが祈りの言葉を口にする。
 悪魔の誘惑に抗えなかった罪人への、せめてもの手向けだった。
 ――仲間との会話を思い出しながら、風雪と火の粉が混じるのに目を細める。一歩踏み出せばざく、と雪が砕ける音がした。
 
 丘の上に礼拝堂があると聞いてはいたのだが、壊滅した村から見る丘の上には何もない。ただ黒く焼け落ちた建物の影だけは見える。周囲を探ってみるが、人影はなくベリアルは眉を寄せた。そこへ微かに呻き声が聞こえ、振り向く。古い家の残骸に男が下敷きになっているのを見つけ、駆け寄る。無事な腕で地面を弱々しく掻いている生き残りは、しかし長くは持たないことは一目瞭然だった。
「おい……!」
 しゃがみ、声を掛ける。弱々しく顔を上げて、男は見知らぬ来訪者を焦点の合わない目で見つめている。
「教会の人間だ。何があった」
……悪魔が……村を……――……頼む、息子が……丘、で……いけにえ、に」
「っ、……生贄だと?」
「銀の髪……あの子を、たす、けてく……
 男の声が途切れ、その頭が垂れる。
 たったいま息絶えた男の瞼を下ろし、ベリアルは瞑目した。
「わかった……
 立ち上がり、丘へと向かう。
 歩いて行くが他に生存者は見当たらない。村の中央、水源だったであろう井戸の近くには黒焦げの残骸が、堆く積み上げられていた。
 小高い丘を登っていくにつれ焦げ臭さに混じって血の臭いが強くなっていくのを、ベリアルの鼻は敏感に感じ取っていた。
 どろりとした嫌な気配を加護のヴェール越しに感じ、眉間に皺を寄せる。しかし気配の強さからしてこの惨劇を引き起こした悪魔は既に姿を消しているであろう。
 しかし何か、別のものがいる。そんな確信があった。
 ざく、と雪が鳴る。小高い丘の終着点、礼拝堂があったはずの場所は最も惨たらしい光景が広がっていた。建物の前、柱と思わしきものの周囲には夥しい死体が折り重なっている。全て黒焦げで、老若男女の区別はつきそうにない。そしてそれに囲まれて、柱の傍に小さな人影があった。座り込んで、何かを抱えている。その周囲の、雪に覆われて白いはずの地面は真っ赤に染まって血なまぐささを漂わせていた。
 剣の柄に手を置き、それに近寄る。
 ――銀髪の、子ども。――
 村で看取った男の言葉を思い出す。人の、四肢の千切れた上半身を抱いている少年が目を虚ろにさせている。あどけなさを残した顔、その頬は己が流した涙で凍り付いていた。冷たい月のような長い髪も血に塗れ、赤黒く染まっていた。
「おい、お前……
 あまりの凄惨さに一度口を閉ざしたが我に返り、ベリアルは少年に声をかける。 
 妙な事に彼が抱く亡骸の損傷具合とは対照的に少年の身体は殆ど傷がついていない事に気付いたベリアルの脳裏に疑念がよぎる。彼は、人間に化けた悪魔ではないか、と。
 ベリアルの声に反応して、少年はのろりと首を傾げた。鈍い反応は心が壊れてしまったが故か、それとも演技か、見極める必要がある。
「お前は誰だ」
……おれ、は……
 言い淀む少年の前で膝をつき、ベリアルが深く被ったヴェールをずらす。
「〝我が主よ、日々憤る、義なるさばきびとよ〟」
 トパーズの瞳で少年を見据えれば、目の奥が熱くなるのを感じた。使徒の能力として神に与えられた審判の力。どんな悪魔であれ、一切を看破し正体を見定める力。
 この少年がもし悪魔であったのならば、すぐにでも斬り捨てるつもりだ。
「おれ、は……あくま、です……
 掠れた声で少年が答えた言葉にベリアルが目を見張る。
 力で見据えた心の臓、そこにある魂は黒く燃えさかる鎖で縛られている。それは若い使徒が何度も見てきた、悪魔と契約したものの証しだった。
 しかしその魂のかたちはまさしく人間そのもので、それは銀色に輝いていた。神に愛されている証左を持つ魂が黒い鎖に雁字搦めにされながらも、燃えている。
 悪魔ではなく、人間。しかも生まれつき神に愛された、使徒適正持ち。それが少年の魂のかたちだった。
 ベリアルが息を飲む。初めてのパターンだ。悪魔に魂を売った人間のそれは、黒く燃える鎖に縛られ、魂も同じ色に染まる。それが悪魔がその人間の死後、地獄へと引きずり込む為に打つ楔なのだ。しかし彼は鎖に縛られながら、その魂は染まらずにいる。ひとえに神の加護の賜物だろう。
「嘘をつくな」
「ほんとうです、俺は悪魔なんです、こうなったのも……俺のせいなんです」
…………何をした?」
 言え、とベリアルが命じれば怯えたように青い瞳が揺れる。鋭いトパーズの眼差しに逆らうことも出来ず、凍えと恐怖で血の気が失せた白い唇を震わせた。
「冬を……終わらせたくて……もう村は限界だったんです……今頃暖かくなって、春告げ鳥が鳴いていてもおかしくないのに、ずっと吹雪いて…………父さんも、村の人達もずっと話し合ってて……そしたらある日…………あいつが、悪魔が……
「悪魔が来たのか」
「村の人たちに、生贄を捧げろって……冬の子、銀髪の……こども……。この村の銀髪なんて俺しか、…………だから……
 血のこびり付いた手のひらで自らの顔を覆い、少年がごめんなさい、と懺悔する。
「みんな、死にたくなかったんだ……わかってる……俺が、柱になれたらって…………みんな前を向けるならって……
「馬鹿野郎……
「ころして……俺を、殺してください……あいつは俺を〝神に犯されてる〟って、殺さなかった……本当は俺だけが生贄になればいいって言っていたのに、お前は駄目だって……代わりに……なんでだよ、なんで……俺も一緒に食われればよかったのに!」
 少年が腕の中の亡骸を抱き寄せてはぼろぼろと涙を流して、物言わぬ彼の名前を呼び続ける。ベリアルはそれを見下ろしながら彼が喰われなかった理由を思案し、しかし何も言わずに黙っていた。ごめんなさい、殺してください、と年端もいかぬ少年が懇願する様は結局のところ、狂っているのと同じだった。
 深く息を吐く。白い靄が使徒の唇から漏れた。
……てめぇと悪魔と契約した咎で聖都に連れて行く、いいな。てめえの処遇はオレが決めることじゃねえ。異端審問所の奴らが決めることだ。そんなに死にたきゃ……悪魔と契約した背信者として火炙りにしてくれって頼んでみりゃあいいんじゃねえの」
 ベリアルの言葉に少年が顔を上げる。死刑宣告にも近い言葉だったが、少年にとってはたった一つの救いの言葉だった。
……はい……
……それと」
 ベリアルが一瞬言い淀み、しかし頭をゆるく振って少年を見つめる。
「この村は消す。『使徒』の炎で燃やして浄化する」
 少年の目が見開かれる。そんな、と首を振るがベリアルの眼差しは冷たい。
「そいつも置いていけ。お前がそいつを悼む資格はねえ」
「あ……いや、だ……
 腕の中のそれを抱き寄せれば腕も服も、その銀髪も更に赤く濡れる。その亡骸は生きていた頃は少年よりも年上だったのだろうか、半身を食いちぎられてしまった今となってはその身体は少年の腕におさまる程に小さくなっていた。
 嫌だ、やめてください、と請う少年に舌打ちをし、その腕を引っ張り上げる。その勢いに少年がよろめけば、腕のなかのそれはごろりと地面に転がった。
――……
「別れを告げろ、目をそらすな。お前がしでかしたことだ。お前らの不信心で村が一つ消え、近くの街も燃えた。てめえはこいつの死に様を目に焼き付けて……残りの人生で償うしかねえんだ。今死ぬのはオレが許さねえ」
 罪人を苛む焼き鏝のような言葉だった。しかしその声色には僅かに、憐憫とも言えるものが混じっていて、それを自覚したのかベリアルは瞑目する。少年の青い双眸が、かつて親友であった亡骸をじっと、見下ろしていた。彼の死に顔は悪魔に食い殺されたというのにどこか安らかであるように見えるのはどうしてだろう。
 自分も死ねば、彼のところにいけるのだろうか。
 それだけが、神が示した最後の救いに思えた。

「生存者か!?」
 村の広場跡で待っていたクザファンが驚いた声でベリアルと少年を出迎えた。
 この惨状の中で一人でも生存者がいたということに、この善良な使徒は安堵したようだった。少年に歩み寄り、その肩に手を置く。
「もう大丈夫だ、手のひらを怪我しているな……かわいそうに、すぐに薬と包帯を」
……手錠と足枷も用意しろ」
「なっ……どういうことだ、ベリアル!」
 ベリアルの言葉に目を見開き、すぐに非難めいた眼差しを向ける。唯一の生存者、しかも年端もいかない少年になんてことを、と言いたげなクザファンにベリアルは苦々しい顔をさせた。
「そういうことでしょ」
 割って入ってきたのはカスピエルだった。なんの成果も得られずふらふらと戻ってきた傀儡を元の土くれに戻しながら三人を見やる。
「その子が犯人?」
…………その一人だ」
「そっか」
 へらりとカスピエルが笑い、少年を見下ろす。可哀想にねえとぽそりと呟けば渋々と
革製の手錠と足枷を持ってきたクザファンをちらりと見やり、仏頂面で腕を組むベリアルに歩み寄った。
「ねえ、どうして殺さなかったの」
 その方が彼にとってよかったんじゃない、と低い声でベリアルに囁く。その声に軽く舌打ちをして、小さく首を振った。
…………オレには判断出来ねえものだ」
「ふうん、ワケありってこと」
 ベリアルが言うなら確かなんだろうねえと肩を竦め、クザファンと少年を眺める。一通りの事情を知ったのにもかかわらず若い使徒は枷を嵌められた少年を気遣い、心配そうに声をかけていた。それが不思議らしく少年は僅かに困惑した表情を浮かべている。
……すまないが、今から俺がこの村を浄化……燃やすことになっている。恨んでくれてもかまわない」
「聞いています……構いません、俺には止める資格がない」
 少年がクザファンに笑みを向ける。しかしそれが全てを諦め、受け入れたような歪んだ自嘲に思えてクザファンは僅かに傷ついたような表情をさせた。
もう一度、すまないと謝罪の言葉を口にする。
「だから君は先にベリアルと」
「嫌です」
…………
「俺はちゃんと見ないといけないんだ。……俺達、俺がなにをしたのかを」
 だから、と俯く少年の姿に口を閉ざし、頷く。
「わかった、君は犯した罪と向き合うんだな。主もその心を汲んでくださる筈だ……己の行いを悔いて向き合う人を、主はけして見捨てないのだから」
 クザファンの手が少年の銀髪をくしゃりと撫でる。身体を僅かに跳ねさせ、少年は息を小さく飲んだ。
「クザファン」
 ベリアルの促す声にクザファンが頷く。少年の頭から手をどかし一歩踏み出せば溶けた雪と泥が、足下を跳ねた。
 眼前には村だったものがある。そこにはもう、生きているものはいない。ただ悪魔の火に炙られ、食いちぎられた屍体がそこかしこに転がっているだけだ。
 そういった場所は、よくないものが寄ってくる。故に神の御力の炎で清める事が必要だった。
「〝その火の、炎の中を歩め 燃えさかるたいまつの中を歩め 我の手からこれを受け 苦しみのうちに伏し倒れよ〟」
 聖句を唱えればクザファンの手に炎が宿る。
 その炎が舞い、焼け残った家屋に燃え移る。澄み切った青空へ煙と火の粉が舞い上がっては、この地上から消えていく。
 生まれ育った故郷が燃えゆくのを少年は呆然と眺めていたが、ふと目に入ったのは自分の生まれ育った家だった。あそこには恐らく父と母の亡骸がある。そして隣は、親友の家だ。そう直感した瞬間、少年は無意識に一歩、踏み出していた。
 しかし今にもそちらへと駆けていきそうな彼の肩を掴んだのはベリアルで、その手を振りほどこうとせず、少年は深く青い双眸で家が、故郷が炎の中に消えてゆく様をじっと見つめていた。