kurotera
2025-02-24 08:27:05
174619文字
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You are what your back bears

2022年6月に発行したイノセントブレス IB本の再録です。
発行から一年経ち、頒布も終了しているので掲載。
当時手に取っていただいたかた、ありがとうございます。

【概要】
ぼくのかんがえたさいきょうのイノセントブレス本(非公式)
無印三部前提
出てくるメンバー:教会勢、ラプラスの悪魔、ダーククロウ、LL、無銘
ですが無銘の四名とダーククロウさんは本当に一瞬です。あくまでIB中心。
戦闘と日常の比率は6:4ぐらい。当社比。
書き手の趣味が爆発してえらいことになりました。

要素/注意
九割捏造。特に過去。
公式ファンブック旧版と一部キャラクターメッセージカードを元に当時は執筆していますが、未所持のカードもあるので設定にずれが生じています。


 聖都にはいくつかの孤児院がある。
 様々な事情で故郷を追われる憂き目にあった孤児達は、サンダルフォンのように本来ならば生まれ育った土地からほど近い街や村の孤児院に辿り着くことが殆どだった。
 『教会』の庇護下のもとに教育を受け、新たにやってきた幼い新入り達の面倒を見たり、身を寄せ合いながらひとり立ちが出来るようになるまで暮らしていく。ハニエルのように何らかの理由でいくつかの孤児院を転々とする者も僅かなりともいた。
 その中で本来ならば自力で辿り着くことの出来ない聖都、その中にある孤児院に入る子ども達は極めて特殊な事情で連れてこられた者達だった。よくある話としては戦禍に逃れる際に使徒の能力を発現した、といったものだろう。
 ラジエルは、聖都の第三孤児院に入った少年だ。そこに連れてこられる前の記憶は曖昧で、昼間に仲間へ語った通り仲の良い友達が一人いたということは覚えているのだが、それ以外の記憶を思いだそうとすればたちまち酷い頭痛に苛まれた。
 そして孤児院の例に漏れずここに来る前の事、故郷や暮らしていた場所の話題を出すのは禁忌と言っても過言ではなかった。皆、話したがらないし聞きたがらないのだ。
「ここに来た時のあなたは、魂が抜けたようにぼんやりとしていたわ」
 そう修道女が懐かしそうに語った時も、自分が何者かを思い出せないでいた。
 ようやく、取り戻した自我が己のものであるという自覚を持てるようになった頃から、少年は一週間のうちの何日かを孤児院の修道女よりも偉い誰かに呼び出され、聖都のある建物に通い始めた。
 最初の日は、軽い身体検査だった。
 二日目、椅子に座れば目の前に箱が置かれ、中に何があるか答えるように命じられた。
「林檎。中に虫がいる」
 真っ白な箱の中にぽつんと置かれた赤い実、そしてその中を蝕む虫が少年には見えていた。そればかりでなくこの施設にある部屋、そこに居る人間、物、全てが見えたのだ。
 それから使徒として神学校に入学する日まで、神の定めし七日間のうちの何日かを施設で過ごす日々を送ってきた。あまり楽しくなかった、気がする。
 ある日には苦すぎる水を飲まされて翌日まで高熱が続いたし、またある日にはずっと力を使うように命じられ、しまいにはそのまま昏倒した。
 施設にいる大人は、あまり優しくない。苦しんでも倒れても、ただ自分を見下ろしてくるだけだ。それでもラジエルは、友達を悪魔憑きにした悪魔や、戦禍や病から自分を守ってくれるここから離れようとは思えなかった。子ども一人が外の世界に出たところで、待っているのは十中八九、死だ。
 大人になればどうなるのだろう、自分は何者になるのだろう。そんな漠然とした不安を抱えながら、少年はただ曖昧な日々を過ごしてきた。

 ある日のことだ。
 今回は何を命じられるのかと辟易しながらいつもの施設に行けば、見知らぬ少年が二人いた。建物に入ってすぐの広間は、ここに通う子どもが大人に呼ばれるまで待つ為の部屋で、いくつかの椅子と時間つぶしの為の本棚があった。
 これまでも自分の他に憂鬱げな顔をさせた子どもが、自分を呼ぶ声を待つ姿を見たことはあるのだが、二人の姿はどうしてか少年の意識にひっかかった。
 一人は長い銀髪を結った子どもで、自分よりも年上に見える。窓の傍に置かれた椅子に腰掛け外を眺めている。もう一人はベレンス色の短い髪に、真っ赤な目が珍しかった。
 膝には絵本が開かれていて、描かれている鮮やかな世界に視線を落としているがその眼差しはどこか虚ろだった。部屋には少年と、彼ら二人だけがいた。
 暫くその二人の様子を窺っていたが、はっと我に返り椅子のひとつに静かに腰掛ける。部屋の片隅で古時計の振り子が揺れているのは今日も変わらない。いつものように、すぐに大人が呼びに来ると思ったのだが、今日はどうやら違うらしかった。
「なあ」
 古時計の中でせわしなく動く歯車の数を数えるのに飽きて、ベレンス色の髪の少年に声をかけた。
…………
「なあ、ってば。何読んでるんだよ」
……うるさい」
 絵本から視線を離さないままぶっきらぼうに返してくる少年に、なんだよ、と少年が頬を膨らます。開かれたそれにちらりと視線を落とせば、腐った林檎を持った男が、美しい女から頬への口づけを受けていた。
「林檎の話?」
 大きな音を立てて絵本が閉じられる。少年の赤い目がじろりとこちらを睨み付けて、がたりと椅子から立ち上がった。部屋の隅の席に移動した彼をぽかんと見つめてから数秒、自分の頭にかっと、血がのぼったのを感じた。
「なんだよ、そんな態度とらなくてもいいだろ!」
 自分から離れた少年にずかずかと詰め寄り、食ってかかる。すると一瞬、少年は驚いた顔をさせたがすぐに眉間に皺を寄せて、立ち上がった。
「お前こそ、なんだいきなり。どっちが失礼だ」
「ちゃんと声かけたじゃん、なあ、って!」
「ちゃんと無視をしただろう、普通はそこで黙るんだ、常識なしめ」 
「はー? 失礼で常識なしなのはどっちだよ!」
…………あのさ」
 言い合いを始めた少年二人に、もう一人が割って入る。低いその声にぎくりと肩を跳ねさせてそちらを見れば、僅かな怒りを孕んでいた青い目が困惑したように細められた。
「言い合うのはやめとけよ。……懲罰房に行きたくないだろ」
 そう静かに諭され、そして懲罰房という言葉に二人の顔がさっと青ざめる。な、ともう一度念を押して銀髪の少年は二人の肩に置いていた手を離した。
「何を騒いでいる」
 声を聞きつけたのかやってきた神父に咎められる。言い淀む二人の少年の代わりに銀髪の少年が口を開く。
「何でも無いですよ、神父」
 そう言ってのけひらりと振る手の平、その真ん中に濃い裂傷の痕がちらりと見えた。
……まあいい。来い、×××」
「ああ」
 絵本を棚にしまって、少年が神父についていく。
 そしてすぐに別の神父が銀髪の少年を連れて行った。
 しん、と静まりかえった部屋の中に一人取り残される。ぼんぼん、と古時計が歌うのを耳にした頃ようやく、担当の神父が自分の名前を呼んだ。
 そんな日があった。
 あの時の二人とは数年後にこうして出会う日が来るまで、それっきりであった。
「ああ……覚えている。お前はあの時もうるさかったからな」
 サマエルが答えて、ザドギエルも苦笑いを零しながらゆっくりと頷く。
「本当にあの時はひやひやしたというか……あそこであんな言い合いをする奴らを見なかったからびっくりしたな。あのままだと確実に怒られて懲罰房行きだったぞ?」
「だってサマエルが」
「あの時も言ってやったが常識がないんだ、お前は」
「だからってさ!」
「あー、もう、あの時の続きをここでやるっていうなら止めないけど知らないぞ」
 今にも言い合いを始めそうな二人を呆れた顔で眺めながらザドギエルが釘を刺す。すると静かに扉が開き、サンダルフォンとハニエルが帰ってきた。 
「あ」
…………二人とも?」
 サンダルフォンの声は二人を黙らせるのに充分な威力を発揮したらしい。後ろにいたハニエルがおどおどと四人を見つめて、何かを言いたげに口をぱくぱくとさせている。
「さ、俺は沐浴に行こうかな。あとはよろしく、サンダルフォン」
「ああ、任せなよ」
 ザドギエルがそそくさと逃げるように部屋を出る。あいつ逃げたな、と言いたげな視線をサマエルが扉の外に向ければ、その隙に逃げ出したのはラジエルだ。
「俺も行くから! 先に寝てていいぜ!」
「おい!」
「ああ、ゆっくり入っておいで。その方が後でじっくり話しやすいだろうしね?」
 ばたばたと慌ただしく部屋を出て行くもう二人を見送ったサンダルフォンがくすくすと笑う。心配そうに事を見守っていたハニエルが眉を下げた。
「のぼせないといいのですが……
「ザドギエルがいるから大丈夫さ」
 窓際のベッドに腰掛け、サンダルフォンがぐっと伸びをする。そうですね、と納得してハニエルもその向かいのベッドに座った。長い旅路で積もった疲労が、眠気を誘う。
「ラジエルとサマエル、仲がいいです」
「本当にね」
 見ていて楽しいよ、と頷くサンダルフォンに本当ですか? と僅かな疑いの目を向けながらハニエルも肯定した。
「オレ、憧れます。二人は……喧嘩は多いですけど、なんというか、羨ましい」
……ハニエル」
 目を伏せ、ゆらりとつま先を揺らしながら呟くハニエルをサンダルフォンが見つめる。オレ達では駄目かい、と茶化したくなったが彼がそう零す理由は察する事は難しくはなかった。
「オレと目を合わせた人は……子どもも、大人も皆優しくしてくれました……でもそれは心からではなくて、オレがそうさせてしまっていた、から」
 ハニエルが言い、口を閉ざす。暫く何かを考えて、でも、と自嘲の笑みを浮かべた。
「もし誰かが……ラジエルに怒るサマエルみたいにオレに怒っても、オレは何も言い返せないんでしょうね」
「ハニエル」
サンダルフォンがハニエルの言葉を遮る。その声色はまさしく少し怒りを含んでいて、はっと我に返ったハニエルが顔をあげれば、むすっとした顔でサンダルフォンが軽く睨んできていた。ハニエル、ともう一度言い聞かせるように口を開く。
「そういう所は直すべきだよ」
「う……
 ハニエルが目を逸らす。立ち上がったサンダルフォンが彼の隣に座れば、それに僅かな既視感を抱きながらハニエルはもぞりと居住まいを正す。
「例えば……そうだな、ザドギエルはハニエルとよく組むよね」
「は、はい……
「あいつはハニエルにどう接している?」
 どう、と聞かれて思案する。使徒となり、『AC』の師事を受け、最近ようやく単独の任務をこなすことも慣れてきた。悪魔の弱点を見抜くことも慣れてきたし、ザドギエルは自分が見抜いた弱点を正確に、攻撃してくれる。
 勿論、ハニエル自身も悪魔に剣を振るう事もあるが相変わらず力で負ける事も多い。
 そんな時は危険を顧みないザドギエルに手助けされた。そして戦いが終わればほっとした顔でザドギエルは笑い、ありがとう、と礼を言ってくれるのだ。
「やさしい、です……きっとオレは足手まといなのに」
「待って、ザドギエルは君にそう言ったの?」
 サンダルフォンの問いにまさか、と首を大きく振る。
 よかったと安堵してサンダルフォンが続けた。
「ハニエルはザドギエルを助けている。ちょっとだけでもいいからそう思ってもいいと思うんだ、オレは。ラジエルとサマエルだって同じで……だからこそああやって言い合うのもお互いを認め合っているからだと思ってる」
 認め合っている、サンダルフォンの言葉を反芻する。そう、と頷いてサンダルフォンはハニエルの、少し濡れたリラ色の髪を撫でた。
「勿論オレも皆のことを認めてる。ラジエル、サマエル、ザドギエルも、ハニエルも……それにオレも不安な時はあるんだよ。ちゃんと皆の隊長として振る舞う事が出来ているだろうか、って」
「そ、そんなの当たり前です!」
 ハニエルが心外だと反論すれば飴色の瞳と目があう。一瞬しまった、と不安がよぎったが彼は使徒である故に、ハニエルの魔眼は効果を発揮しないことを思い出して、詰まった息を吐いた。そのままどうすればいいか分からず、唇を引き結ぶ。
 そんなハニエルを見据え、サンダルフォンが微笑んだ。
「嬉しいよ。ありがとう、ハニエル……オレを認めてくれて」
……サンダルフォンさん」
 あの時、オレが隊長であっていいと言ってくれてありがとう。サンダルフォンがそっと囁いたのに、ハニエルはこくりと頷く。
「はい」
 扉の向こうで三人の声がする。さて、お説教はどうしようかなと思案する隊長に、許してあげてくださいとハニエルが笑った。