camellia57
2026-02-01 18:27:30
67473文字
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火アリSSメーカーまとめ

2024~2025年に書いたSSのまとめ。全年齢のみ。ごちゃまぜ
話は独立していてつながっていません。基本的にはページが後ろの方が古いです


『中に入るとドアが消える』『入った覚えがないのに気がついたら部屋の中にいた』
『白い壁の部屋にベッドが一つだけ』
『壁に表示された指令をクリアしないと出口が出てこない』
『指令は人によって異なる』『命の危険はない』
『一緒に閉じ込められた相手と協力しなければ中から出られない』
『中で起きたことは夢ではない』

 という都市伝説の類が密かに広がり続けているらしい。嘘か本当かネット上には体験談なるものが――眉唾物ではあるが――いくつも転がっており、それをまとめたものをつい先日担当編集の片桐に教えてもらった。同じ時期に朝井女史と電話したときにもその話になった。私が知らなかっただけで相当有名なのだろうか?

「〇〇しないと出られない部屋、呼ばれてるらしいで」
「朝井さんはこれ、信じているんですか?」
「ほんまにあるんやったら面白そうやなとは思うで? 話のネタになりそうやし。でも私が中に入ることはないんちゃうかな」
「なんでですか?」
「『関係を変えたいと思っている相手』と一緒におるときに迷い込みやすい、らしいわ。生憎そんな人おらんから」
 随分と都合の良い設定である。
「ますます作り話っぽくなってきましたね」
「そう? ま、もし閉じ込められたら教えてや。相手が誰かは聞かんとくから」
「俺もそんな相手いませんよ。まあこんな与太話、そのうち誰もしなくなるでしょう」

 そう返してしまったことが悔やまれる。
 もっと真面目に傾向と対策を聞いておけばよかった。
 なぜなら、まさに今その『白い部屋』に閉じ込められてしまっているのだから。
 隣に立つ火村と共に壁に現れた文字を呆然と眺めている。そこには、


『キスしないと出られない部屋』と書かれていた。


 落ち着いて行動を振り返ってみる。
 京都でのフィールドワークを終え、もう遅い時間だから今日は泊まらせて貰うことにして一緒に下宿に帰り、火村の部屋に入ろうと戸を開いたところで、真っ白な光に包まれた。そして目を開けると、ここにいた。
 自宅リビングと同じくらいの広さ、天井は随分高い。白い壁に囲まれた空間の真ん中にベッドが一つ。私がいつも寝ているものとは違う。ご丁寧に枕は二つある。窓も照明もないのに部屋の中は明るく、ドアはどこにも見当たらない。二人から聞いた内容と概ね一致している。
 部屋の中をざっと見渡した火村が私に尋ねてくる。この状況で思ったより落ち着いている私のことが気になったのだろう。確かに何も知らなかったら壁を触ったり、どこかにヒントが隠れていないかあちこち調べていたと思う。ここは完璧な密室に見えるのだから。ミステリ好きの血が騒がないわけがないだろうと火村の目が言っている。
……アリス、確認したいんだがこの場所に心当たりはあるか?」
「部分的にある」
 隠しても仕方がないので正直に話す。
「どういうことだ?」
 片桐と朝井から聞いた『〇〇しないと出られない部屋』の都市伝説を説明すると意外にもすんなりと納得してくれた。もう少し手こずると思っていたが、理解が早くて結構なことだ。火村のことだから多少は噂を耳にしていたのかもしれない。学生たちが好きそうな話ではある。
「信じ難いが、現にいま閉じ込められている状況なわけだしな。で、あの壁に書かれていることに従うんだっけ?」
 やはりそこは避けられないか。
「そ、そうや」
「じゃあさっさと済ますか」
 火村が私の顎をクイッと持ち上げて口づけようとするので思わず突き飛ばしてしまった。もっとも大した衝撃ではなかったようで火村はふらつきもしない。私の方がぶつけた勢いでよろけてしまった。頑丈すぎるやろ!?
「ま、まて。待て待て待て! ど、どこにする気や! い、いきなり口にキスするやつがあるか! 顎、くいってすな!!」
「しないと出られないんだろ?」
 なぜそんなに慌てているのか分からないといった様子だ。もしかしてこいつ、キスは挨拶とでも言うつもりか? その場合でも頬やろ!? それに、たとえ火村にとってそうでも私にとっては違うのだが!?
「場所の指定は書いてないんやから口にせんでも……。手とかでもええやろ……!」
「わかったよ」
 火村が私の手を取って甲にちゅっと唇をあてる。悔しいが中々様になっているではないか。絶対に本人に言わないけれど。

 出口が現れるのを待つが部屋にはなんの変化もない。
 第一、場所指定があるのならそれも含めて書いておくべきだと思うが。
「あかんか……。そもそも条件達成したらそれがはっきりわかるもんなんやろか」
「祝福のファンファーレが鳴り響くかもな。で、次はどこに?」
「なんで君からする前提なん?」
 主導権を握られっぱなしでは面白くない。
「じゃあどうぞ?」
 好きにしてくれと目を閉じて両手を広げたポーズを取る火村。
 よし、見とれ。
 …………
 ……………
 こんな近くで火村の顔をまじまじと見ることはなかったせいか変に緊張してしまう。
 ……長い睫毛でできる影、高い鼻、薄く笑った唇。
 顔を近づけようと何度か繰り返して、そして諦めた。
……や、やっぱり、その役目は君に譲ったるわ」
 くくっと笑う声が聞こえる。

 指先、額、頬と試してもうんともすんとも言わず、その度に次はどこに? と火村に確認される。少し冷静になってきたのだけれど、このままでは口以外のあらゆるところにキスをされることになるのではないか? しかも私から指定しなくてはいけなくて? それでも出られなかったら結局は口にすることになって、それも私からしてくれと言うのか? それなら最初から火村の言う通りにしていればよかったのでは?? 拒否してしまったせいで却って自分を追い込むことになってしまったのでは??

「アリス? 次はどうする?」
「え、あ、えっと、く、く……首、……で」
 そう答えると首筋に唇を落とす。少し伸びた顎鬚があたってチクリとした。
……首も違うみたいだな」
 次は? と聞かれる前に白旗を上げた。
「お、俺、もう思いつかん……
 だからお前が決めてくれと言えば、思いの外やさしい顔で火村が笑った。
 瞼に口付けた後、火村が私の唇をふにふにと撫でる。
……いいのか?」
「お、俺は、こういうことは好きな相手やないとできひん」
 撫でる指の動きが止まる。
「き、君も、同じ気持ちなんやったら……、ええよ」
 顔を見られなくて目を閉じると火村が近づく気配がした。そう言えばいつも彼から香るあの匂いがこの部屋に来たときからしなくなっていた。もしかしてここは感覚が奪われてしまう空間なんだろうか?
 唇に僅かに苦さを感じた瞬間、目を瞑っていてもわかる強い光に包まれて、遠くで鐘が鳴っているような気がする。成功した……のだろうか。
 目を開けると見慣れた火村の自室にいた。

「で、出られた……?」
 夢ではないことを確かめようと火村を見やると真剣な目で私を見ていた。
 白い部屋で口づけられた箇所たちが急に熱を持ったように熱くなる。
「アリス、順番が逆になったけど、その、俺も同じ気持ちだから」
「同じ?」
「アリスのことが、好きだ」
 その衝動をどうやって抑えていたのだろうというくらい強く抱き締められて、その表情をよく今まで隠しておけたなと思うくらい締まりのない顔で終わらないキスをした。
 部屋に残るキャメルの香りと火村の体温を感じながら。


『お互いに』関係を変えたい二人が閉じ込められやすい、という項目が追加されたことを二人はまだ知らない。