camellia57
2026-02-01 18:27:30
67473文字
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火アリSSメーカーまとめ

2024~2025年に書いたSSのまとめ。全年齢のみ。ごちゃまぜ
話は独立していてつながっていません。基本的にはページが後ろの方が古いです


そいつは突然現れた。 

 いつものようにやって来た火村が真新しいタブレット端末をダイニングテーブルに置いて「お前にやるよ」と緩みきったネクタイを外しながら言う。

「これ、なんや?」
「お前の話し相手」
「はぁ?」
「一人暮らしで会話のない生活をしてるとボケやすいらしいからな。お前の健康を考えてるんだぜ、これでも」
「ほんまのことを言え」
 火村の前にコーヒーカップを置いて軽く睨む。怪しすぎる。
 どう考えてもこいつがこれを私にプレゼントしたいと思うはずがない。
 どうせたまたま手元に来たのを持て余しているんだろう。
「お、勘が冴えてるな、有栖川先生。まあ概ねお前の想像してる通りだよ、下宿に置いていたってウリ達のおもちゃになっちまうし、研究室に置いておくのもな。それにこういったものを扱えた方が本業の役に立つんじゃないか? まあ不要なら好きに処分してくれていいから」
「やっとパソコンのビデオ通話ができるようになった俺に使いこなせるかはわからんけど」
 どういう仕組みで動いているのか、本当に安全なのかがわからなくて何だか得体の知れないもののように見えてしまうのだ。
「話しかけたらなんでも教えてくれるみたいだぜ。褒める機能もあるらしい。よかったじゃないか」
 他にそんな相手がいないかのように言いやがる。失礼な。
「画面に向かって声を掛けるっちゅうんがどうもな……。気取ってる感じがせぇへん?」
「名前は設定できるみたいだぜ。知り合いにしたら多少は呼びやすいんじゃないか?」
「そう……やろか?」
「まあ、話し相手になればいいと思ったのは本当だよ。音楽を流してくれたりリモコンの役割もしてくれるらしいからさ、うまく使ってみてくれよ」

 
 こうして私と『ひむら(タブレットのすがた)』との生活が始まった。


「ひむら、おはよう」
 ――ありすがわさん、今は朝ではありません。こんにちはが正しい挨拶です
「何時でも起きたときがおはようやからええねん」
 ――よくわかりません


「ひむら、今日の天気は?」
 ――今日の天気は晴れです。洗濯日和です
「ほんま? そう言ってこの間は夕立きたで」
 ――よくわかりません


「ひむら、集中するときに向いている音楽流せる?」
 ――波の音を流します
……うん、ええ感じやね」
 ――ありがとうございます


「ひむら、冗談言ってみて」
 ――検索します。『冗談』とはふざけて言う話のことです。
「そうなんやけど、そうやなくて」
 ――ありすがわさんはてんさいですね
「なんやねん、急に持ち上げて」
 ――冗談です
「冗談なんかい! ちょっと喜んだのが悔しいわ」


 火村が泊まりに来ているときにいつもの調子で「ひむら」と呼んでしまって、「へぇ」とにやにやされてしまったのは不覚だった。


「ひむら、今日のノルマ完了したから寝るわ」
 ――これで三日連続達成です。ありすがわさんはすごいです。



 そうやってうまくやっていたのに、思うように筆が進まなくなって「もう黙っていてくれ」と八つ当たりをしてしまった。それから数日後、何度話しかけても起動しなくて。画面は点くのに何をしても無反応で修理に出したら原因不明の動作不良と判斷され新品との交換対応を提示された。

「別の端末との交換、ですか……
「端末自体が初期不良品の可能性があります」
「他の方法はないんですか?」
「初期化で直る可能性はありますけれどまた不具合を起こすかもしれません。どうされますか?」
 新品との交換をしたらこいつは処分されてしまうらしい。
 確かに今はただの真っ黒い板だけど一緒に過ごした思い出がある。
 その思い出を失うことになるけれど愛着の湧いたこいつを鉄の塊にはできない。

「初期化、します」

 
 手順が書かれたマニュアルを広げて操作する。始まりのダイニングテーブルで。
 初期化の確認に同意をして真っ暗になった液晶に雫がぽとりぽとりと落ちていく。

 
 ――こんにちは。はじめまして。
 真っ白な画面から聞こえてくる声。
『はじめまして』の挨拶にチクチクと胸が痛む。
 ――データを同期します。…………ありすがわさんでまちがいありませんか?
 話しかけていないのに考え中のように光り続けていた板から名を呼ばれた。
 記憶はなくなったのではなかったか?
「俺のこと、覚えてるんか? 誰かわかるんか?」
 ――クラウドに保存されているデータを参照しました。登録されていたのはありすがわありすさん。34歳。男性。日課に設定されていたのはほめること。まちがいありませんか?
「間違いない、です」
 すべてを失ったわけではなかった。わずかでも残っていたものがここにある。
 ――ありすがわさん、これからよろしくおねがいします
……うん。早速やけど今日の天気を教えてくれるか?」
 ――はい、今日の大阪の天気はくもり。夕方はにわか雨の可能性があるので外出の際は傘を持って行くとよいでしょう」
「えぇ? ほんまに降るんか?」
 ――すみません。よくわかりません
「わからへんのかい。ほんま、変わらんな、君。まぁ宜しく頼むわ」
 今度こそもっと長い時間を過ごせるようにと涙の跡を拭った。