camellia57
2026-02-01 18:27:30
67473文字
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火アリSSメーカーまとめ

2024~2025年に書いたSSのまとめ。全年齢のみ。ごちゃまぜ
話は独立していてつながっていません。基本的にはページが後ろの方が古いです


戦う覚悟のない人間が安易に近づかない方がいい場所。
 ファッションビルのセール会場
 タイムセール中のスーパー
 クリスマスから年末にかけてのデパ地下
 半端な気持ちで近寄っても成果は上げられない。
 
 そして……バレンタインの催事場。

 怨念すら感じそうで毎年避けていたその場所に今足を踏み入れようとしている。


 …………。た、高いな!? チョコレートってこんなに値が張るものなんか!?
 ショーケースに宝石みたいに並べられたチョコレート、一粒が何百円として、これ一つで板チョコが何枚買える? とかキャメルの方が喜ぶのでは? なんて余計なことを考えてしまう。そう、一応は……付き合っている――仮免の恋人――へのチョコレートを買いにのこのこと梅田まで出てきてしまった。甘いものはおそらく嫌いではないはずだけれど、火村がどんなチョコが好きなのかはわからない。もっと前にさり気なく聞いておけばよかった。バレンタインが近づいてから聞いたのではバレバレだし、できれば少しくらい彼を驚かせたい。
 イメージとしてはビターチョコだけれど、赤でコーティングされたハート型のチョコなんていかにもこの時期にしかないものという気がして少し惹かれる。かなり恥ずかしいけれど。自分でも聞いたことがあるような有名なお店だと、周りと……被ってしまうだろうか。本物みたいな動物の形や惑星をイメージしたチョコレートなんてものもある。女性客でごった返す催事場を人の間をすり抜けて一通り見て回ったけれどこれだ! という決め手に欠ける。
 もう一度見て回ろうかと思ったとき、入り口近くのお店にあるそれが目に入った。さっきは人が大勢並んでいたからあまりよく見られなかったけれど幸い今は他にお客はいない。
 シンプルな四角錐状の形が並んだパッケージ。飾り気はないけれど返って気に入った。ボードを見ると北海道から来ているメーカーらしかった。
「あ、あの、これを、ひとつ……。贈り物で……
「ありがとうございます。リボンの色は何色にしますか? この中からお好きなものを選べます」
「えっ、あ、い、色……? あ、あの、これ、この、赤い、やつで……
 見本のリボンが何色も並べられた厚紙を差し出されてじっくり選ぶ余裕もなく、慌ててそこから目についたやつを指さした。
「赤色ですね。準備しますので少々お待ちください。先にお会計をお願いします」
 ただチョコを買うだけなのに変に緊張していて、どっと疲れてしまった。

 包装紙でくるまれたパッケージに花が咲いているみたいに掛けられたリボン。
 購入特典にくれたメッセージカードに短い言葉を添えてカバンに仕舞う。これを見たら火村はどんな顔をするだろう。


 バレンタイン当日、下宿の火村の部屋で帰りを待っている間、ずっとそわそわして落ち着かなかった。喜んでもらいたいけれど、これが重かったらどうしよう……。そのときは持って帰って自分で食べようか……。開いてるだけの文庫本に視線を落としていると火村が階段を上がってくる足音が聞こえた。いつもより遅い帰宅にもしかして? と胸がざわつく。

……あれ? アリス、来てたのか」
「お、おかえり。わた……」したいものが。
 あった……けれど。言葉が続かなかった。
 火村の左手に紙袋。昨日見たメーカーの中の一つ、そのロゴが印刷されている。しかもなんだか妙に機嫌がよく見える。
 隣に火村が座って紙袋は手前にあるテーブルの上に無造作に置かれた。
 火村から、冬の気配と授業参観日の廊下に漂うあれをもっと薄めたような香りがする。
「それ……
「これか? 今日、ゼミの顔合わせだったんだけどそこで貰ったよ」
「そ、なんや」
「女子全員からってことで男共に配られたやつだから」
「でもそれ、ええとこのやつやで。中身によるけど学食のカレー二十食分くらいするかもしれん」
……それはすごいな」
 火村がこちらのカバンをちらりと横目で見て「詳しいんだな」と声を掛けてくる。
「あらゆることの市場調査は大事なことやから」
「なるほど。それで、アリスからは?」
 火村がそっと髪に触れて指の間をさらさらと零れていく。
「それがあるんやから俺のは別にええやろ」
「まったく違うだろ。アリスからのチョコが欲しい。アリスが嫌ならこれは処分するから」
……別に捨てろとまでは言うてへん……。でも……
 口籠っていると火村にそっと抱き締められた。片手で頭を撫でて、片手は身体に回される。
「来年はもう受け取らないから。次からはアリスだけ……、あ、いや、婆ちゃんとアリスからしか受け取らないから」
 宥めるようにそう囁かれて、ささくれだった心が解れていく。
「じゃあ俺にチョコレート貰ったらどんな気持ちになるか五十文字以内で説明して」
 我ながらなんて面倒なことを言い出すのかと思うけれど、わかったと火村が答える。
 手と身体を離した火村が「すげえ嬉しい」と満面の笑みでそう言った。
……六十点。言っておくけれどこれは激甘の採点やからな」
「つまり、合格ってことでいいのか? 俺、アリスからのチョコが一番嬉しい」
 …………。一番、嬉しい……
……。減点」
「えっ?」
「失格。落第や。残念やったな」
「な、なんで?」
「知らん」
「えぇ……? 今日、アリスを構内で見つけられなかったし、来るって聞いてなかったからもうアリスからチョコ貰えないのかと落ち込んで、それで帰ってきたら部屋にいて、嬉しかったんだけど。その、カバンの中にあるやつ、俺にくれないの?」
 構内で会わなかったのは避けてたからで。避けてたのはチョコを用意してるとバレそうだからで。バレたくなかったのは火村をびっくりさせたかったからで。
 だから……つまり、火村にチョコレートを喜んで欲しくて。
 つまらない意地を張ったって結局それもこれも火村が好きだからで。
「八十点」
「え?」
「これ……君に……あげる」
 水色の包装紙に赤いリボンが掛かった箱を火村に手渡すと、帰ってきたときよりもっと嬉しそうに火村が笑った。頬を赤くして。

 隙間がないくらいぎゅうぎゅうにくっついてきた火村が来月は三倍以上で返すから楽しみにしていてくれと、美味しそうにチョコレートを摘みながらそう言った。
 口を開けて放り込まれたそれはあっという間に溶けた。
 今の二人の間には、甘いあまい香りだけ。