camellia57
2026-02-01 18:27:30
67473文字
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火アリSSメーカーまとめ

2024~2025年に書いたSSのまとめ。全年齢のみ。ごちゃまぜ
話は独立していてつながっていません。基本的にはページが後ろの方が古いです


 入社一年目はとにかく早く仕事を覚えることに必死だった。ミスも減り先輩のチェックも必要なくなって、効率的に仕事を終わらせるにはどうしたらいいのか考えて、少し余裕も生まれてきた三年目に後輩ができた。人を育てるというのは難しい。面倒を見過ぎてもいけないし放置しすぎてもいけない。後輩が作った資料のチェックと言うのは思いの外大変で、自分の面倒を見てくれた先輩に今さらながら感謝した。
『働きながら書き続ける』それを軽く考えていたわけではなかったけれど、書きかけの原稿用紙が埋まらない。
 そんな中でも火村と会う頻度は減るどころかなぜか増えていた。時間の融通が利くからと火村が私のアパートに来ることが多く、歯ブラシやらマグカップやらちょっとしたものが増えていく。火村の他に家に呼ぶ相手もいないけれど、誤解されそうだなとふと思った。
 今週末も泊まりに来ていてビール一本で語り明かした金曜の夜、「明日は近くにできた定食屋にランチに行こう、魚が旨いらしいんや」なんて話したけれど、会社携帯の着信音で起こされてしまった。

……出なくていいのか?」
「あ、すまん、起こしてしもうて」
「それはいいよ。電話、いいのか? 急ぎの用なんじゃないのか?」
「そう……かもしれんな」
 掛けてきた相手は後輩で、なんらかの助けを求める電話なのだろうと思うけれど、出られずにいると電話が切れた。その数分後にメッセージが届く。
 週明けにあるプレゼンの準備が終わっていなくてどうしたらいいのかわからないのだと言う。私が受け持っていた担当をいくつか彼に引き継いでいて、その一つの顧客相手のものだった。どういう内容がいいのか私の方が詳しいと思うので助けて欲しいと言うものだった。もっと早く言ってくれとため息をつきたくなるが、聞いてしまった以上放って置くこともできない。相談しにくい空気を作ってしまったのかもしれないし。

「ほんまに申し訳ないけど、ちょっと事務所に行ってくるわ。何時に帰ってこられるかわからんから家のスペアキー渡しとくな。郵便受けに入れておいてくれてええけど不用心やって気になるんやったら次会うときに返してくれ」
「わかったよ」
「気になる本があったら好きに読んでくれてええよ」
「あぁ」
 こんなときに見せられる投稿作があればよかったな。なんて自虐的なことを思う。

「アリス」
「うん?」
 部屋を出ようとしたところで名を呼ばれて振り向くと、火村がなにかを言いかけてやめた。がんばれ、無理するな、お疲れ様、浮かんだ言葉のどれもが違うと思ったのかもしれない。本当のところはわからないが。
「サラリーマンはつらいわ」
 そう笑ってドアを閉めた。
 
 
 私の姿を見るなり泣きそうな顔で「有栖川さん……!」と駆け寄ってきた後輩に、呼び出したことを何度も謝罪されてしまった。
「それはもうええから、早く終わらせような」
「自分でどうにかするつもりだったんです……でもどうにも行き詰まってしまって……
「わかるで。自力でがんばろうとしたんは偉かったな。でも次からはもっと早めに言ってくれてええから」
 そう声を掛けると余計に泣きそうな顔をさせてしまった。少し要領が良くないところがあるけれど真面目なやつなのはわかっているから何とか力になってやりたい。これは甘やかしだろうか。
 どういう方向性だったのかを聞きながらアイデアを整理させて、資料を作っていく。
「あ、たしかに、そうだったんかもしれません。有栖川さんと話してると俺、ちゃんと自分の中に考えがあったんだって、気づけます。有栖川さん、すごいです」
「そんな大したことしてるわけやないから。俺も新入社員の頃にたくさん行き詰まったから、躓くところがわかるだけやで。平凡な社員だからこそやな」
「そうですかぁ……?」
「ほら、はよ終わらせよ。資料ができて終わりとちゃうで? どうやって説明するか考えてるん? もうここまできたらプレゼンの面倒まで見たるわ」
 半端に関わって帰るのも落ち着かないのでそう申し出ると、机に額をぶつけるのではという勢いで頭を下げられた。
「有栖川さんは俺の恩人です……!」
「はいはい、それはもうわかったから手ぇ動かして」
「はいっ!」

 日が沈みかけた頃、どうにかこうにか形にすることができた。
「あとは練習した通りに落ち着いて喋れば大丈夫やから。今日は夜更かしせずに早く寝るようにな」
「あ、あの、こんな時間まで付き合わせてしまいましたし、このあと飯とか……
「そんなんええから。契約取ってくるんが一番嬉しいわ」
「う……。そ、そうですよね、頑張ります、俺」
「じゃあ、お疲れ様。事務所の施錠の仕方わかるよな?」
「あ、はい、大丈夫です。本当にありがとうございます」

 手を振って事務所を出る。すっかり遅くなってしまった。着いてから連絡を入れていないけれど火村はまだ部屋にいるだろうか。帰ると連絡はなかったけれどさすがにこの時間まで待ってはいないだろう。

「疲れたな……
 ぼうっと歩いている間にアパートの前まで着いていた。共用エントランスをくぐると廊下には美味しそうな香りが漂っている。そう言えば今日は昼にコンビニで買ったサンドイッチを食べたくらいだったな。空腹を思い出したのかおなかがぐぅと鳴る。誰も聞いていないだろうけれど一応周りを確認してしまう。
「ええなぁ……

 あれ? と思ったのは自分の部屋の前に立ったとき。その中から出汁から取った味噌汁のような匂いがする。まさか……と思いながら玄関を開けて中に入る。明かりの付いた部屋に火村がいた。テーブルにはご飯、味噌汁、肉じゃが、ほうれん草のおひたしが並んでいる。
「お、アリス。なんだ、帰ってきたなら声掛けてくれよ」
 私の姿に気がついた火村がそう話しかけてくる。
「火村、なんで……
「なんでって?」
「もう、帰ったかと……
「好きに本を読んでていいって言われたしな。退屈しなかったよ」
 誰かが待っている家に帰るのも、ご飯が並んでいるのも、就職してからはじめてのことだ。そのことでこんなにホッとして泣きたくなってしまうのか。
「肉じゃがは婆ちゃんに作り方を教えてもらったんだよ。多分上手くできたはずだから」
「うち、コンロが一口しかないから大変やったやろ」
 それを理由に自炊をサボりまくっているのだ。
「鍋は大小で二つあったし、大変なのは冷蔵庫になんにもないことだったな」
「う……すまん」
「謝るなよ。飯食おうぜ」
「うん、ありがとう。あ、そや、言い忘れてたわ。ただいま、火村」
 潤む目で下手な笑いを浮かべると、優しく微笑んで「おかえり、アリス」と返してくれる。まだもう少し、がんばれそうな気がしてくる。空白のマス目を埋められそうなそんな気がする。



「はぁ……。めっちゃうまい……。俺と結婚してくれ……
「!?」