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零ミリ
2026-04-26 18:26:40
39322文字
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輝石と筆跡2026毎日ワンライ
がんばります
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君が僕の名前を呼ぶただそれだけで僕は君に恋してる
ペラ、と厚い本の頁を持ち上げる。と、最後の一行に手が止まる。前の段落の内容を勘違いしている気がする。頁をもとに戻して、目線を前の段落に戻す。その瞬間、体重が背中にかかり、本に影がかかる。
「无諦? 起きたの?」
「うん」
休日だったので无諦が起きるまで本を読んでいた。无諦が起きたのなら、朝食を用意しなければ。立ちあがろうと本を閉じるが、无諦は僕の頭に顔を乗せて、体重を僕の背中に預けたままだ。
「无諦? 動けないよ!」
无諦は何も言わず、ゆらゆらと小さく揺れている。无諦が左右に揺れるのに合わせて、腕の中にいる僕の体もわずかに揺れる。
「藍桐」
「うん?」
「藍桐」
「なに?」
无諦は何も続けず、また揺れる。顔は見えないがきっとにやにやとしているだろう。无諦の言葉を待っていると、ふっと最中が軽くなった。
「无諦?」
「私も本を読もう。本を持ってくるから君は朝食を用意してくれ」
无諦は本棚の方へと向かっていく。无諦が何を言いたかったのかさっぱり分からない。分からないが、必要なことであれば无諦はきちんと伝えてくれるだろう。
その後、无諦は何かにつけて僕の名前を呼んできた。何かどうしてもいいたいことがあるが、言い出せない、というような様子ではない。
无諦の真意が気になり、夜、无諦が僕のベッドにやってきた時、手を握って問いかけた。
「无諦! 今日は僕のことを何度も呼んでいたけれど、何か言いたいことでもあるのかい?」
「いや、特にないが」
无諦は淡々と答える。何か隠している様子もない。その裏表のなさにあっけにとられる。
「じゃあ、なんで?」
「それは
……
」
无諦は顎に手をやって少し考え込んだあと、微笑んだ。
「君の名前を呼ぶのが楽しいんだ。恋人の名前を呼んで、君が答える。それがとても嬉しくて、楽しい」
無垢な少女がはにかむように、无諦は笑う。その笑みの愛おしさに僕は悶えるようにベッドの上に転がってしまう。布団にうずくまるが、无諦が笑った気配を感じた。
「君も私の名前を呼んでいいよ」
がばり、と起き上がって、无諦の身体を引き寄せる。
「それはもちろん、何度でも呼ぶさ! あのね、でも知っていてほしいことがあるんだ!」
无諦の頬を手で包んで見つめ合う。なんて愛おしい笑顔だろう!
「君が僕の名前を呼ぶ、ただそれだけで僕は君に恋するんだ! そんなに呼ばれたら百年先まで恋してしまうよ!」
「ふふ、そのつもりだ。百年先も千年先も、私に恋して私の名前を呼んでくれ」
「无諦!」
がむしゃらに无諦の唇を奪って押し倒す。後ろから、无諦に髪をかき混ぜられるように頭を撫でられた。
「无諦」
愛しい人の名前を呼んでも返事はない。紙と墨と化学薬品の匂いが充満した倉には彼の声は届かない。
「まだあれから五十年も経っていないよ。千年先も恋させてくれるんじゃなかったのかい」
「分かっている、分かっている、君はそこにいるって分かっているよ」
「君は忘れていない。だけど、だけど、」
叶うならば。
「もう一度僕の名前を呼んでほしいなあ。藍桐って」
君が呼んだ僕の名前はもう記憶の彼方になってしまった。
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