Day31:ノスタルジア
夕方のオレンジ色に染まり始めた
竜の
国の街並みを、買い出し帰りのウィリアムはエドワードと並んで歩いていた。
数日分の食料を詰めた紙袋を運ぶのはエドワードの役目だ。エドワードは力の加減を覚えるために、物を壊さずに持ち運ぶ練習を積極的に行っている。ウィリアムがエドワードと出会ったばかりの頃は触れるものすべてを壊す勢いで、ウィリアムの家の木製のドアノブを握ってバキバキに砕かれたときは閉口するしかなかったが、最近は感情が落ち着いていればまともに物を扱えるようになってきている。
二人が歩く道の先から、親子連れが歩いてきた。十歳くらいの女の子と、年上の兄、それから両親の四人家族だ。女の子が元気よく先を走り、兄が後ろから追いかける。両親はそんな子供二人を微笑ましく見守りながら一番後ろをゆっくり歩く。
ウィリアムは走ってくる女の子に道を譲るように端に寄って立ち止まった。それを見たエドワードも同じように道の端に避けて、その横を女の子と兄が走り抜けて行った。両親が二人に会釈をして通り抜けたのを確認してから、ウィリアムは一度後ろを振り返った。視線の先には元気よく走っていく女の子の背中がある。
ウィリアムは視線を外して歩みを再開した。エドワードは相棒のその様子に何かを感じ取ったらしく、横に並び直してから首を傾げていた。
「今の女の子、知り合いとかかい?」
「全然知らない子だよ。ただ、懐かしいなと思ってただけ」
「
……ああ。君、あのくらいの年の妹がいたんだっけ」
ウィリアムには年の離れた妹がいたらしい。だがエドワードがウィリアムと出会ったときには、ウィリアムはすでに妹も両親も亡くしていた。だからエドワードは、一人で生きるウィリアムの姿しか知らない。
エドワードは家族を失う経験をしたことがない。エドワードは人ならざるモノだ。そもそも人間のように両親から生まれてくる生物ではなく、いわゆる家族というものがそもそもいない。エドワードと同じ人ならざるモノの仲間はいるが、それは家族とは違うとエドワードは思っている。それに、自分も彼らも死なない存在だ。
こんなときにどういう言葉をかけるべきなのか、エドワードには分からない。それでも何か言わなければと口を開いては、何を言えばいいか分からずに口を閉じてしまう。
そんなエドワードの様子に気づいたウィリアムが、おかしそうに笑いを堪えていた。
「なんだよエド。面白いことになってるな」
「だって
……」
「悪い悪い。俺が気を遣わせたんだよな。これはノスタルジアってやつだよ」
「ノス
……なんだっけ、それ」
「過去の思い出なんかを懐かしむ気持ち、かな。俺はさ、少し前までは、過去のことを思い出すのは結構キツかったんだよ。失ってからかけがえのないものだったって気づいて、だけどもう戻ってくることはないって突きつけられる感じがして」
「
……前まではってことは、今は違うのかい?」
「違うな」
ウィリアムはキッパリと言い切った。
「今は、昔のことを思い出すと、不思議と前を向けるような気がするんだ。俺にとって大切なものは何で、俺はこれからどうしたいのかってことがハッキリする感じがして」
そう話すウィリアムの声音には一切の迷いがなく、これは強がりでもなんでもない、紛れもないウィリアムの本音なのだとエドワードは理解した。
そこでウィリアムは一度、目だけでエドワードの方を見た。パチンと二人の視線が交差して、すぐに目が逸らされる。ウィリアムは前を向いたまま、少しだけ声のトーンを落として言葉を続けた。
「それに、今はお前がいるから
……一人だったときより、色んなものと向き合うのが怖くなくなった
……と、思う」
先ほどまでと違い歯切れ悪く話すウィリアムの顔は、夕焼けのオレンジ色に染っている。エドワードが横からじっと視線をぶつけても、まったく目を合わせようとせず頑なに前だけを見続けている。
「それって
……オレのおかげってことかい?」
「
……」
ウィリアムは何も言わなかったが、否定されなかったことが何よりの答えだろう。
エドワードは嬉しさで口をムズムズさせた。感情の昂りは力加減にも反映され、抱えていた紙袋がくしゃりと音を立てる。エドワードは慌てて力のコントロールに意識を向け、荷物の無事を確認してホッと息をついた。
紙袋を抱え直したエドワードは、顔をオレンジ色に染めたウィリアムを真っ直ぐに見据えて口を開く。
「オレ、これからも君と一緒にいるから、安心していいんだぞ」
「
……思い上がりだな」
「これは責任なんだぞ」
ウィリアムはよく分からないという顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
黙って家路を辿るウィリアムの隣を、エドワードがいつも通り並んで歩いている。
今日のこのやり取りを、自分はいつか懐かしい気持ちで思い出すのだろうか。もしそうなったなら、どうか辛い気持ちを思い起こさせる記憶になりませんように。どうか、大切な思い出の一つになりますように。
エドワードは神様のいない世界で、誰にともなく願いをかけた。
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