Day28:西日
城の資料棚を整理していたカイルは、資料室の入口に人が来た気配を感じて手を止めた。そちらに目を向けると、今まさにカイルに声をかけようとしていた若い使用人と目が合った。
その使用人は開いていた口を慌てて引き結び、たどたどしく一礼した。その様子はいかにも新人といった覚束なさで、洗練されたベテランの使用人が多くを占める
竜王城において大変微笑ましかった。
「カ、カイル様! お仕事中のところ恐れ入ります!」
「ご苦労さまです。何かありましたか?」
「はい! えっと、見張りの者が、西の空からこちらに向かってくるシルエットを見つけたと、カイル様に伝えてほしいと」
「わかりました。伝令ありがとうございます。あなたは仕事に戻ってください」
「はい! 失礼します!」
若い使用人は元気よく頭を下げると資料室から出ていった。元気があってハキハキ話せるところは彼の強みだが、王に仕える者としてはもう少し落ち着いた余裕のある態度も身につけるべきだろう。
(まあしかし、新人の指導はほかの使用人たちに任せておけば心配ないでしょう。それよりも私は私がすべき仕事をしなければ
……)
カイルはポケットから懐中時計を取り出した。時刻は夕方だ。
資料室を出て、カイルは城の外にある広場へ向かった。そこは身体の大きなドラゴンたちが離着陸する場所になっている。
空はすっかりオレンジ色に染まっていた。西の空に沈もうとしている太陽を背中に背負い、黒いドラゴンのシルエットが城に向かって飛んできているのが見える。カイルは西日の眩しさに目を細めながら、そのシルエットが段々と大きくなる様子をじっと眺めていた。
ドラゴンは城のすぐ近くまで飛んでくると、城の上空で速度を落としながらぐるりと旋回し、徐々に高度を下げていった。その背には一人の人間が乗っている。
ドラゴンは大きな翼を羽ばたかせながら、広場の中央に着陸した。そして背中に乗った人間が降りやすいように下げた首から、銀色の髪を揺らして一人の人間が身軽に飛び降りる。
カイルはその顔に笑顔を浮かべて男を出迎えた。
「おかえりなさいませ。心からお待ちしておりました、ルシウス陛下」
その男
——竜の
国の王であるルシウスは、カイルの完璧な笑顔を見て口角を引き攣らせた。
「た、ただいまー
……」
「二週間ぶりの
竜王城はいかがですか?」
「はい、すいません
……」
「とんでもない。陛下が留守の間、この城の業務を回すことが私の役目でございます。ただどうしても陛下のご確認が必要な書類がお部屋に二山ほどあるだけです」
「はい、すぐやります」
「お疲れのところ申し訳ございません」
カイルの始終完璧な笑顔に西日が差し、顔に影を作っている。
黄昏時の薄暗さの中に浮かび上がるその凄みある顔に、ルシウスは冷や汗が止まらない。なお、ルシウスはこの国で一番偉い人間である。
カイルはルシウスの斜め後ろに立つと、誘導するように一歩を踏み出した。ルシウスはカイルから距離を取るように一歩進む。そうして二人は
竜王城へ戻って行った。
その様子を眺めていた黒いドラゴンは呆れたように鼻を鳴らす。これではどちらが主人か分からないではないか。以前の従者はもう少し従者らしい態度だったように思ったが。
そこまで考えてドラゴンは欠伸を漏らした。ドラゴンが興味を持っているのは、従者であるカイルが自らの主人であるルシウスに危害を加える存在かどうかだけである。
黒いドラゴンはもう一度大きな欠伸をすると、城の裏側にあるドラゴン用の宿舎へ歩いていった。
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