torino_y
2025-07-01 21:55:45
41225文字
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文披き2025

2025年7月に参加した企画「文披き」で書いた『九宝のせかい』短編のまとめです


Day22:さみしい


「なあ。そこにいんの、真白ましろさんだろ?」
 町外れの畦道を散歩がてら一人で歩いていたとき、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。振り返ると、鮮やかな茜色の羽織を翻してかえでが駆け寄ってくるところだった。そのかえでの口調から、真白ましろは開口一番でこう言った。
「あなた、かえでじゃありませんね」
 かえでの姿をした別の者は少し驚いたように目を開いたが、すぐに機嫌の良さそうな表情に変わった。
「まあな。お前ほんとすぐ気づくよなあ」
「あなたとかえでじゃ、私の呼び方が違いますからね。かえでは私のこと呼び捨てにしますよ」
「そういやそうか」
「口調も全然違いますし」
「だよなあ」
 今目の前にいるのはかえでのもう一つの人格だった。名前は特にないので、真白ましろは勝手に「紅葉もみじ」と呼んで区別している。かえでの幼少期の心的外傷が原因で現れた人格なのだが、かえで本人に別人格がいる自覚がないため、真白ましろはその経緯を教えてもらったことはない。だが当然、他者の記憶を読み取れる九宝くほうの化身である真白ましろにはすべてお見通しなのだが、何も知らないことにしているのだ。
 かえでの周囲の人間は、かえでにもう一つの人格があることに気づいていない。旧世界きゅうせかいではそういった症例にきちんと病名がつけられて認知も進んでいたが、今の新世界しんせかいではそうもいかない。かえでは怒ると別人のように怖い、程度の理解で収まっているだけでも幸いだろう。下手をすると犬神憑きだとか狐憑きだとか言われて酷い目に合わされるかもしれないのだから。
 紅葉もみじ真白ましろの横に並んで歩くと、思い出したように口を開いた。
「そういやさ、真白ましろさんって親はどこにいんの?」
「いませんよ、そんなの。かえでの記憶を共有してるなら知ってるでしょう」
「知ってるけどいいじゃん。俺は初めて話すんだから」
「どうして今さらそんなこと聞いてくるんです」
真白ましろさんはそのことどう思ってんのかなと思ってさ、なんとなく」
「もし興味本位で聞いているのなら、そういうのはやめた方がいいですよ。私は気にしてないので平気ですけど、相手によっては嫌な記憶を思い出させることになりますから」
 至極真っ当なことを言っているが、真白ましろは自分が嘘をついていることを棚に上げている。真白ましろは自分の両親について、物心つく前に死別したから何も知らないし覚えていないと話していた。かえでの記憶を共有している紅葉もみじもその認識のはずだ。しかし本当は、人間のフリをしているだけで生物ではない真白ましろには、人間のような生みの親自体が端から存在していない。そもそもいなくて当然の存在について、いないことをどう思っているかと聞かれても真白ましろには答えられない。
 真白ましろの返答を聞いた紅葉もみじは盛大に顔をしかめた。ごく普通の常識的な忠告をされたのが意にそぐわなかったのだろう。
「なんだよ。真白ましろさんは俺にとっては貴重な話し相手だってのに。それに似たような境遇だから気が合うかと思ったのに、そんなつまんねえこと言われるとは」
……似た境遇って、なんのことです?」
「親がいないじゃん、お互い」
……あなたは両親ともに健在じゃないですか。一緒に住んでますし」
「あれはかえでの両親だろ。俺のじゃない。俺はかえでの中から生まれたから親なんてもの自体が存在しないだろ? 真白ましろさんもまあ親の顔を知らないわけだし、気持ちを分かりあえるんじゃないかと思ったんだよ」
「気持ちって……あなたはどんな気持ちなんですか」
「孤独」
 その一言を告げて、紅葉もみじかえでの顔をして笑った。
 真白ましろはその顔を見て思う。自分たちは一生、分かりあうことはないだろう。真白ましろは親がいないことを孤独と感じたことはないし、魔物の脅威に晒されたこの世界では紅葉もみじのように自分のルーツを知らずに生きている人なんて珍しくもない。
(その程度で孤独だなどと、笑わせますね)
 真白ましろの顔に西日が差し、その眩しさに思わず顔をしかめた。紅葉もみじには、そう見えた。

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