Day22:さみしい
「なあ。そこにいんの、
真白さんだろ?」
町外れの畦道を散歩がてら一人で歩いていたとき、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。振り返ると、鮮やかな茜色の羽織を翻して
楓が駆け寄ってくるところだった。その
楓の口調から、
真白は開口一番でこう言った。
「あなた、
楓じゃありませんね」
楓の姿をした別の者は少し驚いたように目を開いたが、すぐに機嫌の良さそうな表情に変わった。
「まあな。お前ほんとすぐ気づくよなあ」
「あなたと
楓じゃ、私の呼び方が違いますからね。
楓は私のこと呼び捨てにしますよ」
「そういやそうか」
「口調も全然違いますし」
「だよなあ」
今目の前にいるのは
楓のもう一つの人格だった。名前は特にないので、
真白は勝手に「
紅葉」と呼んで区別している。
楓の幼少期の心的外傷が原因で現れた人格なのだが、
楓本人に別人格がいる自覚がないため、
真白はその経緯を教えてもらったことはない。だが当然、他者の記憶を読み取れる
九宝の化身である
真白にはすべてお見通しなのだが、何も知らないことにしているのだ。
楓の周囲の人間は、
楓にもう一つの人格があることに気づいていない。
旧世界ではそういった症例にきちんと病名がつけられて認知も進んでいたが、今の
新世界ではそうもいかない。
楓は怒ると別人のように怖い、程度の理解で収まっているだけでも幸いだろう。下手をすると犬神憑きだとか狐憑きだとか言われて酷い目に合わされるかもしれないのだから。
紅葉は
真白の横に並んで歩くと、思い出したように口を開いた。
「そういやさ、
真白さんって親はどこにいんの?」
「いませんよ、そんなの。
楓の記憶を共有してるなら知ってるでしょう」
「知ってるけどいいじゃん。俺は初めて話すんだから」
「どうして今さらそんなこと聞いてくるんです」
「
真白さんはそのことどう思ってんのかなと思ってさ、なんとなく」
「もし興味本位で聞いているのなら、そういうのはやめた方がいいですよ。私は気にしてないので平気ですけど、相手によっては嫌な記憶を思い出させることになりますから」
至極真っ当なことを言っているが、
真白は自分が嘘をついていることを棚に上げている。
真白は自分の両親について、物心つく前に死別したから何も知らないし覚えていないと話していた。
楓の記憶を共有している
紅葉もその認識のはずだ。しかし本当は、人間のフリをしているだけで生物ではない
真白には、人間のような生みの親自体が端から存在していない。そもそもいなくて当然の存在について、いないことをどう思っているかと聞かれても
真白には答えられない。
真白の返答を聞いた
紅葉は盛大に顔をしかめた。ごく普通の常識的な忠告をされたのが意にそぐわなかったのだろう。
「なんだよ。
真白さんは俺にとっては貴重な話し相手だってのに。それに似たような境遇だから気が合うかと思ったのに、そんなつまんねえこと言われるとは」
「
……似た境遇って、なんのことです?」
「親がいないじゃん、お互い」
「
……あなたは両親ともに健在じゃないですか。一緒に住んでますし」
「あれは
楓の両親だろ。俺のじゃない。俺は
楓の中から生まれたから親なんてもの自体が存在しないだろ?
真白さんもまあ親の顔を知らないわけだし、気持ちを分かりあえるんじゃないかと思ったんだよ」
「気持ちって
……あなたはどんな気持ちなんですか」
「孤独」
その一言を告げて、
紅葉は
楓の顔をして笑った。
真白はその顔を見て思う。自分たちは一生、分かりあうことはないだろう。
真白は親がいないことを孤独と感じたことはないし、魔物の脅威に晒されたこの世界では
紅葉のように自分のルーツを知らずに生きている人なんて珍しくもない。
(その程度で孤独だなどと、笑わせますね)
真白の顔に西日が差し、その眩しさに思わず顔をしかめた。
紅葉には、そう見えた。
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