Day11:蝶番
「あ、あの
……ここって、れんきんじゅつし? さんのお店ですか
……?」
シトロンが働いている店の入口を恐る恐る開けて、顔を半分だけ覗かせていたのは小さな男の子だった。一人で来たらしく、緊張した面持ちでカウンターの内側に座っているシトロンを見つめてくる。この店に子供の客が来るのは珍しいことだ。シトロンは努めて優しい声で「そうだよ」と答え、手招きで中に入るように促した。
男の子はそっと扉を押し開けて店の中に入った。背中には妖精らしい蝶に似た翅が生えている。物珍しそうに店内の武器や鉱石を眺めたあと、シトロンの周囲を飛んでいる氷の小さな人形のようなものに目を奪われた。動きは生き物のようだが、こんな生き物は今まで見たことがない。
「えっと、これは
……」
「この子たちは、私の助手みたいな感じ
……かな。
錬金術師に何か用事があるの?」
「あ、そうだった。これを直してほしくて
……」
男の子が鞄から取り出したのは、手のひらサイズの木製の箱だった。表面に繊細な植物の柄の装飾が施されていて見とれるほど美しい。シトロンが手に取ってみると、中に何かが入ってるらしくずっしりとした重みがあった。しかしどこかが引っかかっているような手応えがあり、蓋が開かない。
「開かないね」
「うん
……お姉さんなら開けられるようにできますか?」
「
……ちょっと待っててね」
蓋をさらに観察していくと、どうやら
蝶番が歪んでしまって開かなくなっているらしいことが分かった。これなら直すのは難しくないが、問題が一つあった。
「これなら直せそう
……なんだけど。直してあげるには依頼者から対価をもらわなくちゃいけないの」
「たいか
……?」
「そう。お金か、あなたが思う価値のあるもの」
「
……お金はあんまりないけど、これは?」
そういって不安そうな顔をした男の子が鞄から取り出したのは、表面がツルツルとした青い綺麗な石だった。川で拾った石で、とても気に入っていつも持ち歩き、家族や友達にも自慢しているのだそうだ。大事にしているものだが、オルゴールを直すためならと断腸の思いでシトロンにくれるらしい。
シトロンが見たところ、この石自体は貴重な鉱石というわけでもない、何の変哲もない河原の石だ。だが、シトロンは男の子の大切な宝物を丁重に受け取った。この小さなお客さんのために、最高の仕事をしよう。
手にした青い石を、開かないオルゴールの横に静かに置いた。蓋の
蝶番のところにふわりと片手を添えて、シトロンは囁くように呪文を唱え始める。
「《戻せ 戻せ 正しき形 かつての姿》」
呪文に合わせて、金属でできた
蝶番が白い輝きに包まれた。光の粒子が周囲を覆って、その姿を覆い隠していく。シトロンは続けて呪文を唱える。
「《手を取り 形を成せ 新たな姿は蝶の翅》」
呪文が終わり、眩い光が消えたあとに目に飛び込んできたのは、あの川の石と同じ色でできた美しい蝶の翅の装飾だった。それがオルゴールの
蝶番を彩っている。オルゴールの横に置かれた青い石は、シトロンに渡す前よりも一回りほど小さくなったように見えた。
シトロンは慎重な手つきでゆっくりと蓋を開けた。何かが引っかかっていたはずの蓋は蝶が翅を広げるようにスムーズに開き、店内にオルゴールの旋律が響き始める。それを確認したシトロンは優しく蓋を閉め、オルゴールと、小さくなった青い石を男の子に差し出した。
「ちゃんと直ったみたいだから、返すね」
「あの、石も返してくれるの
……?」
「うん。石は
蝶番を直す材料費として、一部を使わせてもらっただけだから。小さくなっちゃったけど、大切にしているものなんでしょう?」
「あ
……ありがとう
……!」
男の子は嬉しそうにオルゴールと石を受け取って、店をあとにした。それを見送ったシトロンも温かい気持ちを感じていた。自分が学んだ力で実際に誰かを喜ばせることができた。
(よし、もっともっと頑張ろう
……!)
シトロンは決意を新たに、今日も
錬金術の修行に
邁進するのだった。
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