torino_y
2025-07-01 21:55:45
41225文字
Public
 

文披き2025

2025年7月に参加した企画「文披き」で書いた『九宝のせかい』短編のまとめです


Day16:にわか雨


 聖樹せいじゅの森ににわか雨が降った。鬱蒼とした木の葉に雨の雫が当たり、パタパタと音を立てている。森の中にいると雨と土の匂いが強く感じられる。
 ローランドは濡れた地面からわずかに浮かびながら、森の様子を観察していた。水を得た木々は皆生き生きとした様子をしていて、ローランドが手を貸す必要のあることはなさそうだ。
 雨水を弾く魔法を自分にかけて屋敷に戻ろうとしたローランドの魔力監視網に、そのとき異質な何かが引っかかった。ローランドはピタリと動きを止め、森全体の魔力の動きを探った。雨で活発になった植物たちの魔力に紛れて、森の端の方に腐ったヘドロのような魔力がある。
(雨に紛れて、森に何かが入ってきた)
 ヘドロのような魔力は森の植物から魔力を奪っているらしく、その周辺だけ森の生気が弱まっていくのが分かった。
 ローランドは空中に片手を伸ばした。一瞬ローランドの手元が青い光を放つと、光はたちまち魔法の杖を象った。先端に青い宝石がついた木製の杖だ。
 片手で杖を構えたローランドは、この場から離れたターゲットの魔力に照準を合わせた。たとえ相手が視界に入らずとも、世界の裏側にいようとも、ローランドは相手の魔力を正確に捉えて魔法を発動させることができる。
 ローランドが構えた魔法の杖——伝説の九宝くほうの一つ、蒼石そうせきつえの先端についた宝石が光を帯びていく。それに呼応するようにローランドの青い瞳が妖しく輝く。二つの光が最も強い光を放ったとき、森の端では強力な魔法が発動していた。
 ヘドロのような魔力の正体は、汚物のような悪臭のする一体の魔物だった。緩慢とした動作で森の木々にへばりついて魔力を吸い取っていたその魔物に、それは突然襲いかかった。
 木の葉をすり抜けて降り注ぐ雨粒が青い魔力に導かれるようにして集まり、手を取り、勇猛な一角獣の姿に変わっていく。水の身体を持つ一角獣は音もなく魔物の背後から飛びかかり、ドロドロとした身体を前脚の蹄で貫いた。悪臭のする泥があたりに飛び散り、魔物は悲鳴を上げて背後の襲撃者を振り返ろうとするが、後ろを向いた顔面に今度は一角獣の鋭い角が容赦なく突き刺さる。一角獣は角に魔物を刺したまま引きちぎるように首を左右に振り、魔物は抵抗することもできず散り散りになって命を終えた。
 森の木の視界を借りて一部始終を確認したローランドは、杖から手を離して魔法を解いた。水の一角獣はたちまちただの水に戻り、バシャンと音を立てて地面に水たまりを作った。杖は現れたときと同じように光を帯びると、小さな粒子となって実体を失った。
 ローランドは森の上空に転移して空を見上げた。暗い雲の隙間からわずかに光が差し込み始めている。この雨も間もなく止むのだろう。そうしたら今度は、雨を避けて隠れていた何かが森を荒らし始めないよう目を配らなくてはならない。聖樹せいじゅの森の守護者に休みはないのである。

>前の話(Day15:解読) 16≫
>次の話(Day17:空蝉うつせみ) 18≫
>目次へ戻る 1≫