Day29:思い付き
九宝の化身が六人と、この中では唯一の人間であるウィリアムを合わせて七人が集まったローランドの屋敷の食堂で、暇を持て余した誰かが思い付きでこんなことを言い出した。
「暇ですね。バトルトーナメントでもやりましょうか」
「暇なら帰れよ」
白い髪の誰かの物騒な発言にギョッとしたウィリアムが帰宅を促すも、面白いことが好きな
九宝の化身たちはあれよあれよと場を整え、一対一のバトルトーナメントが開催された。
ウィリアムが参加すると命の危険があるため、彼は即席の観客席から
九宝の化身たちが戦う様子を見学していた。隣には常に誰かしら
九宝の化身が座っていて、目の前で繰り広げられる激しいぶつかり合いを嬉々として解説してくれる。
ルールはシンプル。相手に傷を負わせた方が勝ち。傷というのは実に幅が広い言葉だなと、ウィリアムはこれまでの試合を思い返した。
ローランドとクライドの試合では、ローランドがクライドにかすり傷を負わせたことでローランドが勝利した。
真白とエドワードの試合は、エドワードが
真白の胴体に風穴を開けたことでエドワードの勝利となった。かなりショッキングな光景だったが、
真白の身体はみるみるうちに再生して、今はいつも通りの姿でウィリアムの隣に座っている。ただし、穴の空いた着物だけは再生できずにそのままだ。お腹がスースーしそうである。
そして今から始まるのは、ローランドとユリウスの試合だった。見晴らしの良い荒野のような空間では「
蒼石の
杖」の化身であり空間転移の魔法を操るローランドと、「
紫晶の
盾」の化身で絶対守護の力を持つユリウスが向かい合っている。ユリウスは余裕の笑みを浮かべながら、左手にレイピアを構えて真っ直ぐ地面に立っている。ローランドはいつもの無表情のまま身の丈ほどの長さの杖を片手に掴み、宙に浮いていた。
ウィリアムの隣に座る
真白がにこやかに話しかけてきた。
「この決勝戦、ウィルはどちらが勝つと思いますか」
「ユリウスさんは一般的な結界は使えるけど、絶対守護の力を使わないルールなんだよな。だとしたら使う魔法に制限のないローランドの方が有利なんじゃないか?」
「賭けますか」
「賭けねえよ」
呆れを隠さないウィリアムの返答に、
真白は肩を竦めた。
審判のエドワードが観客席にも聞こえる大きさで、試合の開始を告げた。
それと同時に、ローランドの姿が消えた。消えたローランドを探す暇もなく、何十個という火球がユリウスの周囲を取り囲むように全方位に現れ、中心に立つユリウスに向かって一斉に飛ばされる。火球はたちまちユリウスに到達し、ターゲットに触れると同時に次々に爆発を起こした。それが開始三秒で繰り広げられ、観客席のウィリアムは顔を引き攣らせた。
「うわ、容赦ないな
……これはユリウスさんもさすがに防げてないか?」
「よく見て下さい。ローランも威力を落としていたようですし、ほら」
爆発が止んだ試合会場で、ユリウスは最初と同じ位置に真っ直ぐ立っていた。傷どころか焦げた跡すら一つもなく、先ほどの攻撃を完封していた。
「飛んでくる火球一つ一つに対して盾型の結界を作り、防ぎきったようですね」
「動体視力も魔法の発動速度もどうかしてるな
……」
攻撃が止んだところでユリウスは会場を駆け出した。その足には一切の迷いがなく、姿を隠したローランドの居場所を正確に捉えてレイピアを突き出していく。しなるレイピアが見えない壁を掠め、火花が散るのがウィリアムにも見えたが、肝心のローランドの姿は見えないままだ。
ユリウスはなぜローランドの位置がわかるのだろう、というウィリアムの疑問を読み取った
真白が解説に口を開く。
「私たちは目に見えなくても、互いの魔力を感じ取って居場所を知ることができるんですよ」
「勝手に人の思考を読むなよ」
ユリウスがレイピアを振るうのを止めたとき、ユリウスの後方の距離をとった空中にローランドの姿が現れた。姿を隠しても効果がないと分かり、無駄な手を打つのを止めたのだろう。
ローランドは表情を変えないまま杖を地面に向けて一振りした。途端に地面がひび割れを起こし、割れた地中から尖った岩がユリウスを串刺しにしようと飛び出してくる。
ユリウスはそれをバックステップで身軽にかわすと、靴底に圧縮した範囲の狭く強固な結界を展開し、飛び出す岩を足場にして勢いよく飛び上がった。空中に佇むローランドに一気に肉薄し、ユリウスは躊躇なくローランドの目を狙ってレイピアを放つ。
しかしローランドの姿は瞬きのうちに消えた。空間転移でどこかへ逃げたのだ。
だがそのとき、地上で「あ」というローランドの声が聞こえた。ウィリアムが慌ててそちらに視線を送ると、地上に現れたローランドの左頬がスッパリと切れていた。
そのそばには氷の刃の破片が落ちている。ユリウスが遠隔で射出した攻撃魔法だ。ユリウスはローランドが空間転移で逃げる先を正確に予想し、ローランドの出現と同時にそこに氷の刃を放ったのだ。
審判のエドワードがユリウスの勝利を宣言し、思い付きから始まった
九宝対抗バトルトーナメントはユリウスの優勝で幕を閉じた。
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