Day18:交換所
目が覚めたら知らない場所にいた。空は灰色で、周りには黒い木がまばらに生えている殺風景な場所。ごつごつして寝心地の良くない地面から起き上がって、
真白は状況を確認した。
周囲の人影は一人だけだった。ボロボロの外套を纏った、奇妙な顔立ちをした痩せっぽちの男だ。爬虫類を思わせるぐりっとした目玉と、男から感じる魔力から察するに、恐らく人間ではない。男は少し離れたところにしゃがみこんでニヤニヤとしながら
真白のことを見つめていたが、
真白と目が合うとさらに笑みを深めた。
「やあやあ、お兄さん。こんなところで一人で寝ているなんて、さては迷子だね」
「ええ、そのようです。ここはどこですか」
「ここは
幽世だよ、お兄さん」
和の
国では、生者が住む世界を「
現世」、死者や
妖ものが住むとされる世界を「
幽世」と呼んでいる。一般的には当然、空想にすぎない話だが、死者が住んでいるかはともかく、
幽世には実際に妖怪や
妖族の人々が暮らしていることを
真白は知っている。
「お兄さん、
現世の人だろう? 帰り道を教えてあげるよ」
「親切なんですね」
「情けは人の為ならずって言うだろう? ほら、こっちだよ」
背中の曲がった男についていった先には、茅ぶきのみすぼらしい小さな小屋が建っていた。近くに他の家はなく、外には動物の骨がバラバラと捨てられている。
小屋から出てきたのは男とは正反対の、ぶくぶくと太った脂性の大きな男だった。
真白の見立てでは、恐らく豚の魂と混ざっている。
豚男は
真白を先に小屋に入れると一度扉を閉めて、小屋の外で痩せた男といくつか言葉を交わした。それは
真白の耳には聞こえない小さな声でのやり取りだったが、
真白は周囲の生き物の心の声を聞くことができるため会話の内容は筒抜けだ。
「ちゃんと連れてきましたよ、生きた人間をね」
「よくやったな。じゃあ、さっきの白い人間と交換でお前を
現世に連れて行ってやろう」
「ええ、ええ。約束ですよ」
(なるほど。この小屋は
幽世に迷い込んだ人間と、
現世に出たいこちらの住人の交換所といったところでしょうか)
だがおかげで、
幽世から
現世へ行く方法を知っている者に出会うことができた。
現世へ戻る方法はすでにあの豚男の頭の中を盗み見て分かっている。となればあの二人は用済みだった。
真白は躊躇なく扉を開いた。突然の行動に目を丸くした二人に、
真白は爽やかな微笑みを向けた。
「ここまで連れてきてもらってありがとうございました。もう用はないので帰りますね」
「
……何を言い出すかと思えば。残念だけどお前はここから帰ることはできないんだよ」
「帰り方のことならご心配なく。ちゃんと分かってますよ」
「そういう話じゃない。お前はここで俺に食われることになるんだよ」
そこまで言って、豚男が一歩前に出た。痩せた男はニヤニヤしながら小屋の陰に隠れて食い入るように豚男を見ている。
豚男はその巨体に似合わず俊敏な動きで、太い両腕を
真白の首に向かって突き出した。しかし首を折ろうとしたその両腕は、次の瞬間には肘から先がなくなっていた。両腕が地面に転がり、遅れて断面から赤黒い血飛沫が上がった。豚のような醜い断末魔とともに男は血溜まりの海に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
一瞬の惨劇に何が起きたのか理解できない痩せた男は、後ろから肩を叩かれて悲鳴を上げることもできずに飛び上がった。いつの間にか背後にいた
真白は片手に血のついた刀を握っていたが、その身体には返り血一つ浴びていない。
真白は悪魔のような笑みを浮かべて囁いた。
「あの男のところまで連れてきて下さってありがとうございました。おかげで帰り方が分かりました。あなた、
現世に行きたいのでしょう? お礼に一緒に連れて行ってあげましょうか」
男は恐怖のあまり声を出すこともできず、ただ必死に首を横に振った。
真白は残念そうに眉を下げた。
「そうですか
……ではここでお別れです。私はあの男と違ってあなたの味には興味ないですけど、目撃者をこのまま帰すことはできませんからね」
真白はこの状況に似つかわしくない笑顔を向けると、今度は男にも見えるように先ほどよりもゆっくりと、だが決して避けられない速さで刀を振り下ろした。
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