torino_y
2025-07-01 21:55:45
41225文字
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文披き2025

2025年7月に参加した企画「文披き」で書いた『九宝のせかい』短編のまとめです


Day23:探偵


 音を立ててクライドの工房の扉が開いて、店主は手元のガラス瓶から顔を上げた。入口で物珍しそうに店内を見回していたのは、整った身なりをした見覚えのない若い男だった。
(初めての客だな。どれ、いつものやつやっとくか)
 男は店の奥でこちらを見つめている少年に気がつくと、わずかに首を捻った。クライドはそのまま子供のフリをして、膝を揃えて行儀よく座ったまま黙って見つめ返す。
 頭上に疑問符を浮かべながらも男はクライドに歩み寄ると、困惑した様子で口を開いた。
「君は、ここの手伝いをしてる子かな? えっと、ここの店主さんはいるかい?」
「俺がそうだぜ」
 目の前の少年から発せられた予想だにしない低い声に、思わず男は目を見開いた。どうみても十歳かそこらに見える少年から、どう聞いても大人の男性の声が飛び出したことに情報の整理が追いつかず、しばらく無言でクライドから視線を逸らせない。
 その間にクライドは揃えていた膝を開き、片足をもう片方の膝の上に乗せて不遜な態度に早変わりだ。目の前の男のリアクションに満足して上機嫌に笑っている。
「こんなガキみたいなやつがって思ってるだろ」
「いや、そうは思ってないけど……え? では君、いや、あなたは人間ではない、と……?」
「おいおい、種族を直接聞くのはマナー違反だぜ。まあその通りだけどな。それで? あんたは何しにうちに来た? 機械の不具合か? それとも身体の不具合か?」
 それまでポカンとした様子で話をしていた男はその問いを聞いて、本来の用事を思い出したらしい。ハッとした表情をすると鞄の中から一枚の白黒写真を取り出して、クライドに見えるように作業台の上に置いた。写真には、遠方から撮ったと思われる明後日の方を向いた一人の男が写っていた。クライドはそれを見て、眉を寄せた。
「なんだこれ、隠し撮りでもしたのか?」
「私が撮ったわけではありません。私はこの男の行方を追っている探偵です。この写真は依頼人からお借りしたものです」
 探偵。これはまた珍しい人種が尋ねてきたものだ、とクライドは思う。だがクライドのもとを訪れる客に限っていえば、実はそれほど少ないわけではない。
 それはクライドの職業に理由がある。クライドの工房には二種類の看板を提げている。一つは機械技師の看板で、この歯車はぐるまくにでは大して珍しくもない職業だ。珍しくはないが、機械大国であるこの国ではいくらでも需要がある。
 もう一つは調剤師の看板である。薬を調合する仕事で、ほとんど医者みたいなものだ。これはどこにでもいる職業とはいかず、この辺りではそれなりに重宝されているように思う。
 そしてクライドには、表に掲げていない第三の顔がある。
「情報屋のクライド。あなたのことは知り合いの同業者から伺いました。この男について何か知っていたら教えていただきたいのです」
 探偵と名乗る男は居住まいを正し、真剣な態度を示した。クライドは自分よりも背の高い男の目を見上げた。その眼光は子供のものとは思えない鋭さを孕んでおり、男はたじろぎそうになりながらも目を逸らさなかった。
 やがて検分するような視線をふっと和らげたクライドは、作業台の上の写真に目を移した。男が止まっていた息を一気に吐き出すのを聞いて軽く笑うと、クライドは写真を手に取って男の方へ向けた。
「いいぜ、こいつの情報を教えてやる。あんた、外の看板を裏返してきてくれるか」
「あ、ああ。わかった」
 男は他に客のいない工房を通り抜け、外の入口に提げられた看板を裏返した。「Closed」と書かれた看板の向こうでは、表に出ていない情報屋としての取引が行われているが、それを知るものはほとんどいない。

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