Day26:深夜二時
深夜二時。
和の
国では「
丑三つ
時」ともいい、
現世と
幽世の境目が曖昧になり鬼や幽霊が出るとされる不吉な時間。そんな時間に珍しく、
妖族の男が住処としている廃寺に外から客人がやってきた。遠い村から何日もかけて歩いてきたという旅人が一人。こんな真夜中にどうしてと尋ねると、昼より夜の方が涼しくて歩きやすいからと答え、歩き疲れて動けないので一晩泊めてもらえないかと言う。
「んー
……いいけど、奥の部屋の戸は絶対に開けないでね」
玄関で履物を脱いだ旅人を、黒猫の面をした奇妙な家主は入ってすぐの部屋に案内した。別の部屋から運んできた客人用の布団を敷き終えると、怪しげな様相のその男はすぐにどこかへ行ってしまう。旅人は疲れていたのですぐに寝ようとしたが、長いこと歩いてきて手持ちの飲み水を切らしていたことを思い出した。途端に喉の渇きを自覚し、水をもらうために家主を探しに部屋を出る。しかしそれらしき戸をいくつか開けたが、家主の姿は見当たらない。旅人は家主を探してどんどん寺の奥へ進んでいった。
そうして突き当たりの戸を開けたとき、目の前に見えたものに旅人は唖然とした。さほど広くもない部屋の中央、火種らしきものも何もないところで真っ赤な炎が激しく燃え上がっている。部屋の入口にいる旅人のところにも引火しそうなほどの強烈な熱気が伝わってくるのに、木でできた部屋の壁も床も天井も焦げ跡すら見当たらない。あまりに奇妙な光景に気圧されていたとき、今までどこにもいなかった黒猫の面が後ろからぬっと現れた。
「あーあ、開けちゃ駄目って言っといたのに」
途端、目の前の炎が一気に膨れ上がり、呆然と立ち尽くす旅人を捕食するかのように飲み込んだ。炎が元の大きさに戻ったとき、そこにいたはずの旅人は跡形もなく消えていた。
翌日、
楓が廃寺を訪れて不思議そうに口を開く。
「今日は先客が来てるんですか?」
「いや、どして?」
「だってほら、玄関に履物が置いてあるので」
ああ、どうやら昨日の旅人は履物を忘れていってしまったようだ。あとであの炎の中にでも放り込んでおこう。運が良ければ、
幽世の彼の元に届くだろう。
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