Day18:蚊取り線香
町外れの高台にある廃寺に行ったら、建物の奥から煙が筋を描きながら流れ出しているのが見えた。
火車の住む寺で火の不始末なんて冗談でも起こらないだろうと思いつつ、いやでもかえってよくあることだったりするのだろうか、などと考える。どちらにせよ、煙の少なさや色の薄さからして大した火は上がっていないはずだ。
真白が煙を辿って廃寺の奥まで侵入すると、煙の発生源には陶器でできた丸っこい猫の置物があった。
「
……蚊取り線香?」
「せいかーい」
声がした方を見ると、奥の暗がりから
篝火が顔を出していた。
篝火は
真白の方へ歩いてきて、何の用かと首を傾げた。
「暇だったので散歩に。可愛らしい
蚊遣器ですね」
「でしょ。おいらのお気に入りなの」
「
妖も蚊に刺されるんです?」
「そーなんだよ。
妖族も人ではあるし。今年は蚊が多いらしいから、
白ちゃんも刺されたでしょ?」
そう聞かれて、
真白は何と答えるべきかわずかに思案した。今年もと言うべきか、
真白はまだ一度も蚊に刺されていなかった。居候先の
比良坂家でも蚊が出ていて
楓が痒そうに腕をボリボリかいていたが、
真白は蚊が耳元で飛ぶ嫌な音すらもいまだに聞いていない。
きっと蚊には分かるのだろう。
真白の身体を流れる赤い液体が本物の血液ではないことが。
真白の身体はほとんど人間のものと同じ機能を有しているが、完全に同一ではない。その証拠に、
真白の身体はどれだけの年月が経っても老いることがない。
「
私、毎年あまり刺されないんです」
「そーゆー人いるよね。
白ちゃんの血、薄そうだから嫌われてるんじゃないの」
「そうかもしれません」
「羨ましいねー」
蚊に刺されない己を羨む
篝火の態度を受けて、
真白は内心で自分自身を嘲笑っていた。体の一部のため引っ張っても外せない黒猫の面を持つ異形の
妖族より、どこからどう見ても人間でしかない自分の方が、人間からは遠い存在なのだ。どれだけ人間を知ったところで、所詮人でなしの自分では人間と同じものを手に入れることはできない。
「
……私もみんなと同じように蚊に刺されてみたいですね」
肩を竦めながら冗談めかして言った
真白の言葉は、
篝火の面白がるような笑い声にかき消されていった。猫の陶器から蚊取り線香の煙が流れ出ていく。その煙もやがて空気の中に溶け込んで、どこかへ消えていった。
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