Day16:窓越しの
弱い雨が降っている。本当は今朝、この宿を出て次の町を目指す予定だった。それがこの雨で明日へ延期になり、エドワードは一人、宿の部屋で時間を持て余している。
ウィリアムは出発の日を変更することを告げた後、用事があるといって雨の中どこかへ出かけていった。宿で待っていてもどうせやることはないしウィリアムに付いていこうかと一瞬考えて、やめた。本当なら今朝すぐにここを出る予定だったのに、今日になってまだこの町に用事があるというのは不自然なのだ。用事があるというのを口実にして、ウィリアムは一人になりたかったのだと思う。ウィリアムとエドワードはまだ出会ったばかりの他人同士だ。エドワードは彼が自分に気を許しているとは思っていない。人間のような繊細な心を持たないエドワードには想像することしかできないが、よく知らない他人と四六時中ずっと一緒にいるのは人間にとって疲れることだろう。だからエドワードは人間である彼に気を遣って、一人で宿に残ることを選んだ。
(確かに退屈だけど、何もない塔の上で一人で何百年も時を重ねていたときに比べれば随分マシなんだぞ)
ベッドに寝転がっていると、雨が降る外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。起き上がって窓越しに外を見ると、宿の手前でウィリアムが三人の男たちに声をかけられているようだった。三人でウィリアムを取り囲み、どこかへ誘導するように歩いている。ウィリアムは立ち止まって宿の方へ戻ろうとするが、男に道をふさがれて抜け出すことができない。
エドワードは窓を壊さないようにそっと開け、三階分の高さを躊躇なく飛び降りた。通行人が何人か驚いたように振り向いたが、構うことなくウィリアムがいる方向へ走っていく。彼らの姿はすぐに見つけることができた。ウィリアムがエドワードに気づいて目を見開いたのが見えた。それに気づいた男たちも後ろを振り返り、睨むエドワードを視界に入れると柄の悪い口調で絡んでくる。
「おう、兄ちゃん。俺らになんか用?」
「
……その人、困ってるぞ」
「あ? 別に困ってねえよ。なあ?」
「困ってても困ってなくても、その人に迷惑をかけるのは良くないぞ」
「迷惑なんて」
「オレの大事な旅の仲間に手出すなって言ってんだぞ」
何か言いかけていた男に被せるようにしてエドワードは牽制するような言葉を選ぶ。目を逸らさず、人間でも感じ取れるほどの強い魔力で威圧しながらおもむろに一歩を踏み出す。尋常ではないエドワードの様子と目に見えない圧力に怖気づいた男たちが舌打ちしながら立ち去っていく。彼らが視界から消えたところで肩の力を抜いてウィリアムの方を振り向くと、気まずそうな様子の彼が立っていた。
「
……なんで」
「窓越しに見えた君が、困ってそうに見えたから
……」
「
……まあ、確かにしつこくて面倒だったから、助かった。てか、雨でちょっと濡れちゃったな。せっかくエドの分の傘買ってきたのに」
「
……え? 傘?」
「前に雨降ったとき、お前傘持ってないって言ってただろ? 今日雨が降って思い出したんだよ。どうせエドも付いてくると思ってたけど、宿に残るっていうから無理に連れ出すのもなと思って俺が勝手に選んじゃったぞ」
そこまで言ってから、ウィリアムは片手にずっと持っていた黒い傘をエドワードに渡した。用事があると言っていたのはこのことだったのか。自分の思い違いに気づいて、思わず腹の底から大きなため息が漏れてしまう。それに反応したウィリアムが慌てて口を開く。
「この傘気に入らなかったか? あ、もしかしてそもそも傘なんていらないのか? 濡れても風邪とか引かないなら持ってても邪魔なだけか」
「いや、そんなことないぞ。君から傘を貰えるなんて思ってなかったから、嫌われてたわけじゃないって分かって安心しただけ。ありがとう、大事にするぞ」
「お、おう」
エドワードは受け取った傘を差してみる。身体に打ち付けていた雨粒が遮られ、傘をぽつぽつと打つ音が聞こえる。雨の日に傘を差すなんて何百年ぶりだろうか。ウィリアムの人間らしい気遣いがとても嬉しかった。傘がなくても気にならないような弱い雨だったが、貰ったばかりの新しい傘を差しながら二人で宿に戻っていく。明日も雨が降ってくれないだろうか。そうしたら、またこの傘を使うことができるから。
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