torino_y
2024-08-12 18:38:54
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文披き2024まとめ(Day1~Day31)

2024年7月に参加した企画「文披き」で書いた『九宝のせかい』短編のまとめです


Day1:夕涼み

 比良坂ひらさかの家は広い。そのぶん、片手では足りない人数が住んでいるが、それでも広いと感じる程度には大きな家だ。真白ましろのような比良坂ひらさか家と何の関係もない居候が一人住み着いていてもなお、持て余している部屋は多い。こうして家の中を歩き回っても本来の住人たちの気配を感じることはない。家族同士、過干渉を避けられるという点では悪くない環境なのかもしれない。
 縁側に出て空を眺める。空は赤と青のグラデーションで彩られている。西日が差し込んで少し眩しいが、まあ構わない。縁側に直に腰を下ろし、その場で片膝を立てて座る。懐から煙管きせるとマッチを取り出し、火皿に詰めた煙草の葉に火をつける。ゆっくり息を吸い、口の中で煙を転がして味を楽しむ。火がついたマッチ棒は適当に振って火を消し、持ってきていた灰皿に置いておく。ふーっと息を吐き出すと、赤く染まった空に煙草の煙が吹きかけられ、そして霧散していった。
 昼間はあんなに煩かった蝉の合唱はすっかり鳴りを潜め、代わりにヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。軒下に吊るされた風鈴が風に吹かれて涼やかな音色を響かせる。夏の夕暮れ時にこうして縁側に出て風に吹かれながら一人で煙管きせるを楽しむ時間を、真白ましろは気に入っている。ジメジメとした汗ばむ夏という季節の中で、一時だけ暑さを忘れることができるような気がする。
 煙管きせるを吹かす真白ましろの後ろで不意にドン、と何かが落ちるような音がした。真白ましろは大して驚きもせずに振り返る。そこには大きな蛙……のような魔法生物が鎮座していた。「いろは」という名のかえでの友人だ。いろはは蛙と同じように飛び跳ねて、着地のたびにドン、と音を立てながら真白ましろの隣までやってきた。
「あなたも涼みに?」
「ケロ~」
 真白ましろが声をかけると、いろはは真白ましろの顔を見上げながら返事をするように鳴いた。実際、返事をしているのだ。魔法生物は普通の動物より遥かに知能が高く、人の言葉をかなり正確に理解することができる。
「ケロ?」
わたし煙管きせるを吸っているのが珍しいですか? まあ、そうですね。たまにしか吸いませんし」
 そして真白ましろもまた、いろはが何を言いたいのか正確に理解することができる。真白ましろはその魔力によって記憶を司り、他者の思考や意図を読み取ることができる。それは言葉による仲介を必要としない、世界のことわりを外れた特別な魔法。
 一人と一匹の間には穏やかな時間が流れている。赤かった空が少しずつ暗闇の比率を増している。もうすぐ黄昏時たそがれどきは終わりを告げる。真白ましろは最後の煙をゆっくり吐き出してから、逆さにした煙管きせるを指で軽く叩き、火皿の中身を灰皿に落としていく。そのまま灰皿と煙管きせるを持って立ち上がり、足元のいろはに声をかけておく。
わたしは先に中に戻ります」
「ケロ」
 人が手を振るのを真似るように、いろはは長い舌を左右に振って真白ましろを見送った。
 真白ましろがいなくなった縁側はわずかに残っていた赤味もなくなり、すっかり夜の色をしている。真白ましろが吸っていた煙管きせるの煙はすでに風で洗い流され、空にはひと際明るい星が一つ、どの星よりも早く輝き始めている。ヒグラシの声はやみ、小さな虫たちの演奏会が始まっている。これから夏の夜が始まる。

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