DRRV11037
2025-08-19 14:09:28
55991文字
Public
 

DRRV:1章探索編

Shoot the Moon



私たちは廊下を移動する途中で、トイレの前を通りがかった。4人中3人が通り過ぎようとするなか、天探さんだけが立ち止まる。

「どしたんスか?」

「どうしたって探索するのよ。」

彼女は「当然でしょう?」と言いたげだ。

「流石にトイレにはなくないスか?」
釘山さんは腕を組んだ。「まぁどーでもいいッスけど

確かに、トイレに脱出への手がかりが隠されているとは考えにくい。本当に探索する必要があるのか、疑いたくなるのは分かる。

「私たちは女子トイレを調べるから、楸谷くんは男子トイレをお願いね。」


彼は黙ったまま険しい顔つきでトイレの入口を見ていた。

「楸谷くん?」

呼びかけられると楸谷くんはすぐににこやかな笑顔を浮かべ、やけに丁寧に入った。
「いえ、一つ伺いたいことがございまして」

「何かしら」

……貴方、このためだけに僕を呼びましたか?」

私はきょとんとした。

」天探さんは黙ったまま話を促した。

「ずっと考えていたんです。天探さんと僕って何の繋がりもないですし、顔に惹かれたわけでもなさそうですしどうしてご指名いただけたのか全然分からなかったんです。でも多分ですけどこれ、女子3人のチームにすると男子トイレが探索できないってだけの理由で僕を呼びましたよね」

部分的にそうね」

楸谷くんは口元に笑みこそ浮かべているものの、口調がやけにとげとげしくなっていた。何か不満があるのかな?あまりぴんと来ないながら、ともかく私は口を開く。

「私たちが男子トイレを調べるのは気が引けるからお願いしてもいいかな?」

「嫌です」
楸谷くんはたった3文字でにこやかに断った。

全身オーダーメイドで拘り抜かれたドレッシーなスーツに、十字架のチェーンつきのピアス。楸谷くんのいでたちは、華やかな夜の街でしか見られない正反対の組み合わせだった。

「ここまで脱出のためと特別に無償で協力して差し上げましたけど、皆さん僕のことを甘く見過ぎです。トオルはNo.1ホストですよ?月に何千万と稼いでいるんです。男だからという理由で僕を使おうとするなら、他の男に頼んでください。」

「で、でもほんの少し調べるだけだよ?」

「お断りです」

……これ要ります?」

釘山さんが先ほどの罰ゲームみたいなお菓子を差し出した。楸谷くんはもう遊びには乗らなかった。

「僕はそんな96円半額シールレベルじゃ動きません。基本、10万円が1桁ですよね?」

10万円刻みだなんて!?そんな金額、なけなしのお年玉全財産がまるまる吹っ飛んでしまう。ホストである楸谷くんの金銭感覚は普通の高校生とは全く異なるようだ。というか、ちょっと男子トイレに入って中を見てくるだけの簡単な仕事なのに、どうして動いてくれないんだろう。

「ご不満っスか。いけず……。」

「あっえーと、さっきの倉庫から何か持ってくるよ!何がいいかな!?」

誘拐された今、私の手元には(モノパッドを除いて)何もなかったから、私は倉庫の方角へ爪先を向けた。

ともかく彼が動かない以上取ってくるしかない。
倉庫に行けば、もしかしたら楸谷くんを満足させられるお酒なり宝石なりが眠っているかもしれなかった。私にその価値の高低が見抜けるかは分からないけど。例えば、何だったっけ、あの冬になると売り出すボジョレー・ヌーヴォーというのは、たぶん相当高級なんだろうから、それを探して持ってきてあげたら喜ぶかもしれない。

ところがそこで、天探さんが「待って」と私を止めた。
「楸谷くんに声をかけた理由はもうひとつあるのよ。」

楸谷くんが顔を上げた。

「貴方は人とお話しするのが得意でしょう?超高校級のホストに認定された貴方は、ギフテッドで、特別な存在。会話で人を楽しませるエキスパートだと見込んだの。実際、貴方は探索の雰囲気を良くしているわ。何か間違ってるかしら?」

天探さんは表情を一切変えることなく、堂々とそう言った。

だから私、楸谷くんならやってくれるって期待しているのよ。」

楸谷くんの紫の目はじっと彼女の青の目を見つめる。


暫くの、重苦しい静寂。


……仕方のないおひとですね」
楸谷くんはまだ迷いながらも、そう口にした。表情の読めない顔で言う。

「嘆いてもこの場の男性は僕一人。仕方ないので僕が承りましょう。」

そのまま彼はおとなしく探索に向かった。あんなに駄々を捏ねたのに、結局、対価もなしに動いてくれた。私には天探さんの言葉の意味も、彼が頷いてくれた理由もよく分からないままでずっと首を傾げて不思議がるしかなかった。





女子トイレ


女子トイレだからか、赤系統の色を基調としている。右手によく磨き上げられた鏡と洗面台が、左手に個室が並んでいる。

「こんなところには流石に何もないんじゃないかなー。」

「あら、用具入れに隠し通路があるかもしれないじゃない。」
そんなことを言いながら、天探さんは一番手前の個室の扉を開けた。想像に反して中は綺麗だった。一度も使用された形跡のないモップやバケツ、クリーナーが押し込められている。天探さんがそれら掃除用具を引っ張り出すと───そこには何もなかった。

「やっぱり、流石にトイレにはないよ。」

「天探さんて堅物なんスね~。」

釘山さんは休憩モードに入り、鏡でヘアスタイルを整えていた。彼女のふわふわした紫のツインテールは、二つの大きなコットンキャンディーのようだ。ポップの過剰供給みたいなヘアピンの数々は別として、それの間を飾るように髪に引っ付けられた白く丸い雫のアクセサリーは、どう取り付けているのか検討もつかなかった。

「念のためよ、念のため」
天探さんは子供をあやすような声で私を宥めた。

「最後に個室を確認してから戻りましょう」

と言うので、私たちは個室の扉をひとつひとつ開けて回った。一つが和式で残りが洋式ということのほかに、重大な発見はなかった。



廊下


男子トイレから戻ってきた楸谷くんは、私たちを見るなり顔を歪めて深々と溜息を吐いた。
「無給でトイレの見回りだなんて、エースが見たらなんて仰ることやら。」

「エース、って?」

「僕のいちばんいいおひとのことです。」

曖昧な表現にぽかんとしていると、釘山さんが推測した。

「誰より楸谷先輩に惚れ込んで、誰より金を貢いでいる一番のカモ的な?」

「身も蓋もない言い方はよしてください。エースはただ僕とお話しするためだけに100万だって払うのに、貴方がたときたらコレです。こんな酷い扱いは僕の沽券に関わります。は~~~ぁ、」
楸谷くんの駄々はいまだに続いていたようだ。ひとしきり嫌味を言うと「なんて可哀想な僕」とばかり、これみよがしに嘆いてみせる。

なんて粘着質な楸谷くん。私はこれ以上の口撃を避けて押し黙った。

で?」天探さんは腕を組んで彼を見上げた。

「まさか何も見つけてこなかったわけじゃないでしょうね。」
私たちも成果がないのにこの言いよう。涼しい顔で、天探さんはかなり強気に出た。

「なッ、」
楸谷くんは目を白黒させた。それから急に清々しいまでの笑顔になって、ふだん困り眉なのをくっと吊り上げると早口で捲し立てた。

「ええ、ええ、よろしい。そんなに知りたいなら教えてさしあげます。トイレは4つ。うち1つは個室で、あと用具入れもございました。天探お嬢様のためにわざわざ扉を開けて確認しましたけど、バケツとモップとあとクリーナー以外に何にも───」

楸谷くんはハッとした。煽られて熱くなってしまった自分に気がついたらしい。目を逸らして咳払いをすると、作り笑いと可愛げのある冗談でその場を凌いだ。

……にしてもトイレなんて。初めて発音しました。僕トイレ行ったことないんです。なにせイケメンなので」

天探さんはふっと笑うと「上出来よ。丁寧に調べてくれてありがとう。よく頑張ったわね」と穏やかな笑みを浮かべて褒めた。

「ようやくお気づきですか。そうですそうです、僕は優秀で仕事が丁寧な頑張り屋さんなんです」
楸谷くんは呆れ顔になり、肩を竦めてハイハイと無造作に応じた。

釘山さんも「あざッス!」となんとも軽いお礼を投げる。

「感謝の受付は現金のみとなっております。」

「えー。学園に無いんスよ。諦めません?」

初対面のミステリアスな印象とは違って、楸谷くんはけっこう分かりやすい人みたいだ。