ボイラー室
そこは、美しい世界だった。
赤レンガの壁から緑がしだれ、金網の床の隙間を縫って草が力強く背を伸ばす。めいめいに伸び、歪に絡み合った太いパイプの腸も、ツル科の植物に蝕まれていた。外観では肋骨のように映った天井の骨組みの間から、日光が優しく降り注いでいる。朽ちゆく機械と芽生える植物が同居した、奇妙で美しい光景だった。
「きれい
…。」
私は思わず呟いた。
「
……ここ、ボイラー室だね。」
楠木くんは冷静に分析した。
「ボイラー室?」
「熱源だよ。ここの熱が、部屋を暖めたりお湯を沸かしたりするのに使われるんだ。」
聞き返した私に、楠木くんはことのほか平易な言葉で説明してくれた。
「でも、動いてないと思う。本当に動いてたら、ここはもっと暑いはず。」
今の温度は、秋の一番過ごしやすい日と同じくらい。ほのかな暖かさと涼しさはあるけれど、暑さは全く感じられない。熱を扱うボイラー室の温度にしては低いといえそうだ。
「楠木さん賢い
…!」
夜深くんが目をきらめかせた。
「うーん、だとしたら別の施設が稼働してるのかも
…?ここに来てから温度の変化がなくて不自然なくらい快適だし、屋内も屋外もカバーできる規模の空調があるのは確かかなぁと」
楠木くんは、その受け答えにわずかに興味をそそられたようだった。
「そうだね。となると、この動いてない施設を敢えて置いてるのは、探索可能な場所として提供するためかも。その場合、ここには大きな手がかりがある」
「あ、さっき言ってたこと
…?」
「そう。探索前の話し合いでも言ったように、ボクは通路の始まりが壁の近くにあると思う。この学園は円の形だから、真ん中寄りにある校舎は一番“果ての壁”から遠い。道を掘るのが大変な場所なんだ。それよりは、壁のすぐ近くのボイラー室から通路を伸ばすほうが楽。」
無造作なほどすらすらと語る楠木くんの姿に、“超高校級の研究者”の並外れた知性の片鱗を見た。彼はちょっぴり冷たいけれど、とても頼もしいひとなんだ。
「じゃあ、何かあるとしたらここなんだ
…。質問なんだけど、ボイラー設備は偽装用?」
「さあ。植物が天然物っぽいから、元からこんな都合のいい位置にそのまま存在してた可能性もある。目立つパイプも床を隠す雑草も、残したことに意図はあると思うけど」
「そっか
…。あっあと質問!」
「何?」
「だーりんって呼んでもいい?」
「駄目。」
アプローチをばっさり振った楠木くんは、ショックを受ける夜深くんから目を逸らした。そうして辺りに目を走らせると、あることに気づく。
「ボクからも質問があるんだけど、」
「もっもちろん!?何でも聞いて」
「怪盗クンどこ行ったか分かる?」
…あっ。少し目を離した隙に、昼間くんの姿は消えていた。『小さなお子様から目を離してはいけません』という絶対原則が脳裏をよぎる。
探しに行こうと私が一歩踏み出したところで、夜深くんと全く同じ、でもそれよりも舌足らずな声が聞こえてきた。
「みーーーーっけ!!!俺たち出られるかも!」
昼間くんは私たちの後ろにいた。駆け寄ってきた私たちに、いかにも得意げに親指で指し示したのは、草むらに隠れたマンホールだった。地下に繋がっている可能性は明らかに高い。
「凄いよ
…!よく見つけたね!」
「凄いでしょー。足元に草が生えてるから、床隠したいのカナーと思ってさ。ずーっと探してたんだよネ。もっと褒めて、崇め讃えて感謝して!」
「ちゃんと探してくれてたんだね。流石は“超高校級の怪盗”だよ、ありがとう
…!」
彼を褒めながら私は気づいた。この三人は、とてつもなく癖が強いけど、とてつもなく頭が良いんだ。ほんの少しの手がかりを逃さず捉えて分析する力を持っている。
「さっすが!昼間お手柄だ」
私が褒め終わると、今度は夜深くんにすり寄って頭を撫でてもらっている。
「でも
…」
私には大きな懸念があった。
「マンホールっていうと、地下は地下でも下水道に繋がってるんじゃないかな?」
そう口にすると、昼間くんはたいへん気分を害しましたという顔で「それを今から確かめるんじゃん!」とむくれた。
「ど、どうやって開けよう
…?」
この質問には一瞬固まって、
「
………せーので
…よいしょーって」
と身振り手振りで説明した。
「専用の工具がないと開かないんじゃない?まずはみんなにマンホールの存在を報告して、倉庫に行って工具を持ってこよう。」
楠木くんはそうフォローを入れると「ともかく見つけてくれてありがとう」と事務的なお礼を言った。昼間くんは何を思ったか、んべーっと真っ赤な舌を見せつけた。
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32≫
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