DRRV11037
2025-08-19 14:09:28
55991文字
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DRRV:1章探索編

Shoot the Moon


果ての壁


私たちは学園の果てを目指して、暗い木々の奥のそのまた奥へと入り込んでいき………とうとう硝子の壁に辿り着いた。予想どころか期待してここまで来たとはいえ、こんな近未来じみた人工物を間近で見ると恐ろしかった。そのいっぽうで普通と何ら変わりのない木漏れ日が私たちの髪や背中をきらきらと照らし暖めているのも不気味でしかなかった。

「じゃ、そろそろ『チャレンジ』の内容を説明しますか~。」
裁門さんが大きく伸びをした。

「出番ー?」
白跳さんが身を乗り出して尋ねる。

「そ!」

「分かったー」

のんびりした口調で返事をすると、白跳さんは何の構えも前触れなく、突如前へ飛び出そうとした。

「待って!!?」
裁門さんが、今にも風と同化してしまいそうな手のひらをかろうじて掴むと、その無垢で凶悪な怪力に抗って両足で踏ん張った。

「まだ何も説明してないじゃん一旦聞いて!ってか力強っ!!!」
裁門さんは困惑しきって叫ぶ。柔らかい地面を彼女のシューズが浅くえぐり、引きずった跡ができていた。

「跳ぶんじゃないの?」
白跳さんがあどけない仕草で振り向く。

「それはそうだけど、」

そんな隙のある答えを与えてしまうと、

「だよねー」

彼女はまた堂々と駆け出そうとする。

「待って!!!待てっつーの!!!」





「はい……それじゃー説明するわね」
もうだいぶ疲弊している裁門さんが無理矢理に気を取り直した。白跳さんの真っ正面に立つと肩に手を置き、軽く屈んで視線を合わせる。

「アンタには、壁のなるだけ高い場所を確認してきてほしいの。壁に割れ目やヒビがないか、厚みが変わっているところがないか見てほしい。可能なら壊せそうか試してみて。」

裁門さんはそのようなことを丁寧に一語一語区切って話すと、そのうえ「いいわね?」と念まで押した。

白跳さんがこくりと頷く。

「くれぐれも怪我だけしないようにね」
と別れはあっさり。立ち去り際にぽんっと軽やかに背中を押せば、

「榊と四葉ちゃんは見張りお願い。時間食われてるし、並行でアタシは穴を掘ってくから」

裁門さんはざっくばらんにそう指示して、ひらひらと手を振りながら歩き去った。

穴?と不思議に思ったけど、遅れて言葉の意味を理解する。作戦内容の説明のときに話していた『壁を潜れるか試す』とは、壁沿いに深い穴を掘ることだったんだ。

私はとにかく指示に従うことにして……

「い、いない!?」

榊くんと声がシンクロした。

あの一瞬で白跳さんはいなくなっていた。

まずい、どうしようと私が不安げに周囲を見回すと、高々とそびえたった木々のうちの、幹の太い一本からかさかさと葉擦れの音がする。私がその方角に目を向けると、木のてっぺんのわさわさとした樹冠ひとかたまりの中から、特徴的なお団子ヘアがにゅっと突き出た。白跳さんだ。

「お、おい、白跳、降りてこい───」

白跳さんは私たちの声を聞かないで、ただ一心に上方のみを見つめている。いや、違う。聞いていないんじゃない。集中しすぎて一切の音が耳に入っていないんだ。だって、白跳さんは今から跳ぼうとしている。深呼吸で大きくゆったりと上下する胸、光も影も暖かさも冷たさもない無感動な目、表情を失った表情は───いっそ一匹の獣のようだった。

「榊くん。あの子、跳ぶよ、」

私が小声で言うと、その瞬間。

白跳さんが姿勢を低くする。

脚の筋肉が、ぎち、みち、と収縮して硬くなった。

そうして、バン!と激しい音を立てて、止まり木の枝が真っ二つに折れる衝撃とともに、彼女の肉体は高く高く宙に打ち上げられた。

跳躍というよりもはや飛翔の域だった。

「嘘……

白跳さんは宙空でくるりと一回転すると、その極端にたわんだ放物線の最高点を滑り降りるやいなやというところで、果ての壁に着地した。

壁に着地した。

90度の平面に降り立ってしまったのだ。

白跳さんはほとんど四足獣のような前傾姿勢で、脚力だけを頼りに全体重を支え、猛烈な勢いで駆け上がっていく。靴が焼け焦げないのが不思議なほどだ。その間じゅうずっと、表情らしく表情のないのが不気味だった。僅かな蛇行こそあれ、あっという間に20mほどを登る。

しかし猛攻にも終わりが訪れる。

ドーム型の果ての壁は、上れば上るほど傾斜がきつくなる。壁は滑らかながら残酷に、天井へと近づいている。
重い身体を下へ下へと手招きする地球の重力にとうとう耐えきれなくなった白跳さんは、壁に両手を着き、その瞬間、失速した。丸く刈り込まれた爪が硝子の壁をきゅい、と、一、二度ばかり引っ掻く。まもなく彼女はいっぺんに2mもずり落ちた。手のひらを痛々しく擦り剥くのを恐れた白跳さんは、同時にこの挑戦を諦めた。

ぱん、と両手両足で壁を弾く。

彼女は肉体の全てを風と重力任せにして、猛スピードで自由落下を始めた。

これに慌てたのは地上の私たちだ。「どわーーッ!?」と叫び声を上げて台車へ走った榊くんが、かつて類を見ない速さで厚いマットを地面に投げつける。そして空を見上げた私が、ジャケットの裾をばたばたはためかせながら落ちてくる白跳さんの真下で冷や汗をかきながら、これの大会があったら1位になれそうな素速さで、マットを手前に引っ張って位置を調整した。

そのコンマ1秒後に、ぼふっ。少女の身体が受け止められた。

…………。」

私と榊くんはほっと胸を撫で下ろした。こんなところで白跳さんを殺してしまったら、どんなに悔やんでも悔やみきれなかっただろう。

───ところが、仰向けに落ちた白跳さんはもぞもぞと背中を曲げて身を丸めると、きゅう、う、と高く掠れた声で呻いた。

「マット………薄いぃ………

「えっ!?」
私は驚愕した。

「で、でも、昔ながらのホットケーキじゃなくて、現代のパンケーキみたいな厚くてふわふわなのを選んだのに、」

「もっと厚いよー………大会で使うようなやつは………

白跳さんが普段のマイペースを失っているところを見るのは、ほとんど初めて。
だからこそ、これが異常事態だとはっきり認識することができて私は真っ青になった。

「ご、ごめんね。本当にごめんなさい!」
私は白跳さんの傍に駆け寄った。色素のない真っ白の髪が蓬々とマット上に乱れ、土埃の煙り立った地面にまでこぼれている。

「ごめんね、痛かったね、怪我させちゃったかな、」
怪我があったら何が何でも手当したいにも関わらず、手当の仕方をよく知らない私はパニックになり、ただただ彼女の前で両手をばたつかせた。

一方の本人が誰よりも早く冷静さを取り戻し、落ち着き払って、
「怪我はない気がするなー」と寝転んだまま言う。

「手足痺れてねーか?起き上がれねーとか、」

榊くんがそう尋ねているうち、後ろから裁門さんが駆けてきた。寝そべったままの白跳さんを真上から見下ろすと、なんと開口一番に叱りつけた。

「何やってたのよ!?なんでノー武装の人間がミサイルみたいに飛ぶのよ!馬鹿なの!?危ないじゃんか!」

「だってチャレンジってー
その言い方に少しばかりの異議があるらしい白跳さんは、唇をとがらせた。

「アタシが想定してたのはせいぜい、一番高い木にでも登って、軽く飛び移りながら高所の点検してもらって、そんで五点着地かマットで降りてもらうくらいの可愛いもんよ。」

その想定もあんまり可愛くないけど、私は口を挟まないように我慢した。

裁門さんはあと千は言い足りないという面持ちで見下ろしていたが、やがてしゃがみ込んだ。目線の高さを白跳にできるだけ近づけると、腹の中に渦巻く怒りを抑えて煮詰めて、とうとう声を絞り出した。

想像してよ。もし落ちたら、本当に地面に激突したらどうするつもりだったのよ……。」

すると白跳さんは、あいかわらず表情も読めない目線も合わない顔で、大真面目に答えを寄越した。

「あたしはどうもしないよー。お医者さんが検査してくれてまた無茶したーって怒られるのー。でも、どうするのかなー、あたしがジャンプできなくなったら家族皆が迷惑しちゃうなー」

二人は数秒間黙る。

大方、裁門さんは“落ちたら問答無用で死ぬ”と表現したかったのだろう。白跳さんには届かなかった。

ともかく怪我の確認しようぜ。おらッ、白跳。まずはゆっくりでいいから身体を起こしてみてくれ。無理すんなよ」