DRRV11037
2025-08-19 14:09:28
55991文字
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DRRV:1章探索編

Shoot the Moon


食堂


ぴかぴかに磨きあげられた床、清潔なテーブル。十数人を収容してもなおスペースに余裕がありそうなほど広々とした空間だ。壁際にはほっそりした多年草の花が控えめに咲いていた。

「夕飯食うならここになるッスかね。」
釘山さんが呟いた。

「あまり長居はしたくないんだけどな
私は俯く。できれば、ここを一度も利用しないまま抜け出してしまいたい。

「あら、まさか今日の日没までに脱出できるとでも思っているのかしら?」

天探さんがさもおかしそうに笑った。
図星だ。正直、そうなってほしいし、そうなるべきだし、そうなるはずだと信じている。私が押し黙ってしまうと、彼女は「可哀想な子」と短く言った。

「願望と予測を混同するほど追い詰められているのね……。悲しくてつらいことだけれど、貴方が何に願っても、現実はその通りに動かないのよ。期待など手放しておしまいなさい、もう失望しなくて済むように。信じなければ、裏切られることもないように

天探さんの薔薇色の唇が、いかにも優しそうに横に広がった。一度も人の辿り着いたことのない深海の色の瞳は暗く冷たく、不思議と心を安らげる。
でも

「まぁまぁ、」
楸谷くんが割り込んだ。

「ありえないことを信じてしまうのが人のサガ。一朝一夕で心変わりできないからこそ、僕が儲かるのでして

彼は口元に薄っぺらい笑みを広げると、食堂の奥に続く空間へと手招きした。
キッチンも覗いてみませんか。ゴチャゴチャしたところにこそ脱出への道が隠されているかもしれないじゃないですか。」





キッチン


広大なキッチンにはコンロ、シンク、冷蔵庫、レンジ、オーブンなどなど必要な設備が何でも揃っていた。壁には新品のフライパン、棚には無数の真っ白の皿が整然とした様子で収納されている。何でも作れそうだ。下のキャビネットの引き出しを開けると、各種カトラリーの銀色の光が目に飛び込んできた。

「チーズ削りまである

調理器具には事欠かないらしい。今度の誕生日プレゼントにこれを買ってもらって、イタリアの良さげなチーズを試してみて、家で良さげなパスタを作ろうと思っていたんだ。こんなところで目にしても全然嬉しくなかった。

「食材大量!当分、飢え死にの心配はないッスね。」
釘山さんは冷蔵庫の中を確認していた。暗所に野菜や米びつまでもが置かれている。

「んで、料理の作れる人はいるんスか?」
彼女はずっと、ここで生活することを前提に話している感じがする。

「当番制くらいで回せたらいいんスけど。まぁ釘山レシピとか知らないか忘れちゃったんでアレですけど。」

「僕は無理です」楸谷くんが短く言った。

「お母さんの手伝いくらいならしたことあるけどちょっと自信が

天探さんが大きく息を吐いた。
「集団調理の経験はないけど、一応できるわ。得意な人がいなければ私が担当します」

「おや、こういう役割はやりたがらないかと」楸谷くんは片眉を吊り上げた。

「自分で作れば毒の心配がないわ。少なくとも、自分にとってはね」
天探さんはさらりと言った。

「天探さん、料理ができるんだね。ちょっと意外だよ。てっきり召使いさんに作らせてるのかと」

「あーそれ、釘山も思いました」

「え?」天探さんは目をまんまるにして驚いた。それから、口元を隠して優雅に笑うとこう明かす。

「不思議な思い込みが発生しているのね。私は貴族でも令嬢でもなければ、お姫様でもお嬢様でもないわ。概ね一般的な家庭の出身だし、両親がいないから自分で料理を作ることも多いのよ。」

「え?両親がいないって

「亡くなったの。」

天探さんは何でもないことのように言った。その間も引き出しを開けたり棚の裏を覗き込んだりして、探索の手を決して止めない。

「ご、ごめんね

「なぜ謝るのかしら。どうでもいいことだわ。」

私が気後れして黙ってしまうと、天探さんは話題を変えた。
「それより、一体どこからそんなイメージが出てきたのかが不思議ね。召使いだなんて。」

「うーんワンピースがお洒落だからかな?」

シックな黒のワンピースは、咲いたばかりの薔薇を逆さにしたような形だった。冷たい雪色の髪に白銀の輝きを宿し、シンプルな青のカチューシャもつけている。ほっそりした足を飾る靴は高貴なオペラパンプスだった。

「あら……服を褒めても何を出ないわよ。ワンピースは服選びの手間が省けるから着ているだけ」

「ゴリゴリの合理性ッスね

「ええ。見た目は印象形成に関わるから重要だけれど、機能美を何より優先しているの。……ところで、」

天探さんはこちらに薄っぺらい微笑みを向けた。

「手元がお留守のようね?それともどこを探せばいいか分からなくてお困りなのかしら。」

「ごっ、ごめんなさい」
ひやりとした私は謝って、取り敢えず近くの引き出しを開けるだけ開けた。

釘山さんは露骨に顔をしかめると、設備の隅に屈み、隠された仕掛けを求めて床を観察……するふりをしながら、自分の可愛いネイルを観察し始めた。サボり上手だ。

「楸谷くん、ぼうっとしているわね?働かないから眠くなるんじゃないかしら。この棚を移動させたら目が覚めると思うわ、今なら私も手伝ってあげる」

「そんな酷い無茶を仰る、僕グラスより重い物は持てないんです」
眉をそれはそれは低く下げおろし、首を振り振り、楸谷くんは不満を表した。

「嘘おっしゃい。早くなさい。」
それを遙かに背の低い彼女が母親のように叱りつけた。

楸谷くんは一瞬びくっと肩を震わせて、細い声で「……はい。」と言った。

天探さんと喋っていると、どれが本当の彼女の顔か分からなくなる。慈悲深いカウンセラーの顔、ミステリアスで仄暗い哲学者の顔、年を取った母の顔、疑心に満ちた冷酷な顔も。決して気分にむらがあるわけじゃないだろうに。もしかして、私が見ているのはずっと仮面だったり