白跳さんを立たせて軽く身体を動かしてもらった結果、裁門さんは「今のところ怪我は確認できない」と結論づけた。
白跳さんの背中の痛みはじきに引いて、自然に歩き回れるようになった。「だいじょーぶだよー」とすっかりマイペースも戻ってきている。
裁門さんはおもむろに髪をかきあげた。そうしてぎこちなく白跳さんに声をかける。
「あー、白跳ちゃん。」
「なあにー?」
裁門さんはちらりと片目で白跳さんのおっとり顔を見遣った。
「ごめんね。アタシの指示が曖昧だったから、白跳ちゃんは自分の力を限界まで使って壁を調べてくれたってことでしょ」
「?
…どういうことー?」
白跳さんは無垢な目で尋ねた。裁門さんのやりづらさともどかしさが手に取るように分かるので、私は微笑ましさに緩む頬を押さえずにいられなかった。
「つまりはぁ~
…頑張ってくれてありがとう、的な!?」
「ふ~ん
…」
白跳さんは心底どうでもよさそうに視線を外した。
「あっそこ『ふ~ん』で済ますのね
…」という裁門さんのぼやきはさておき。
「あのねー、壁ねー。なぁんか、変だったよ。」
どこでもない場所をぼんやり見つめたまま、白跳さんが言った。
「変って?」
その瞬間、裁門さんのまとう雰囲気ががらりと切り替わった。素早く囁くように訊き返すその声色に、軍人の鋭いオーラが滲み出ている。
「なーんか
…なんて言ったらいいのかなー。あたし走ってるのに、景色がなんだかおかしいなーって。」
白跳さんは「なんだろなぁー」とひとり不思議がっている。
耳の情報から推測するしかない私たちは、彼女のふんわりふわふわした説明のおかげですっかり理解から取り残されてしまっていた。
「白跳さん。具体的には
…?」
私が催促する。
「なーんか
…やっぱりぽんってなってるからなのかなー」
「景色がどう見えたんだよ??」
榊くんが問いかける。
「ぴょんぴょんしてるのになぁ
…なんでかなー」
「うおおおおッ!!全ッ然伝わってこねー
…!!!」
榊くんが全力で悔しさを表現した。裁門さんも呆れ果てている。空の世界は白跳さんしか知らない世界だから、彼女の言葉でそこに何があるか伝えられなければ、私たちにとっては未知同然だった。
「白跳ちゃんには後で詳しくお伺いするとしてー
…いちおーアタシの報告もしておくわよ。」
裁門さんが案内してくれた場所には、壁際に面して5mほどの深く長細い穴が掘られていた。
「こ、こんなに短時間に一人で
…!?」
「いーの、塹壕掘りには慣れてるから。これくらいは楽勝楽勝。」
よく見れば、裁門さんの白いパーカーや可愛らしい靴は土を被って汚れていた。本人は気にも留めていない───という澄まし顔を装いながら、時折さりげなく細かな土埃を払い落としている。
「でも
…」
彼女は簡易的に土でつくられた階段を降りていくと、土の中にまで深く深く食いこんだ分厚い壁を指さした。
「駄目ぽよ。」
今のはちょっと古い。
「もうちょっと掘ったら変わるかもしれないけど
…相当な時間と労力がかかるわ。」
こちらの試みの結果も芳しくないと知って、私はがっくりきた。探索前、裁門さんに説明を受けたときから、良い結果には期待していなかったとはいえ
…どうしても心のどこかで期待している自分がいたんだ。
「難しいってことが分かったならそれ自体が収穫、なんだろ?サンキュー、裁門!」
「ふふ、その通り。」
そういう考えが持てる二人はとびきり眩しい。
「それからこれ!」
裁門さんは大きなドリルを軽々と抱えた。何の躊躇いもなく果ての壁に向かってその鋭い先端を突き刺して、起動させる。
キュィイイイイイイン
…
耳障りで不快な音とともに、白く眩しい火花がつぎつぎ飛び散る。私はその光景にもつい一抹の期待を抱いてしまった。しかし、暫くドリルを回転させたあとで停止させ、その効果を見てみると
……
「
…傷一つついてねー。」
何事もなかったかのように、果ての壁は平然と透き通った姿を保っていた。削れた跡やひびはおろか小さな傷すら残らなかった。
「そ、そんなことってありえるの
…?」
私は呆然と呟く。
「強いねー」
「
…どんな素材よって感じ。」
裁門さんは肩を竦めた。
「まぁともかく、これで探索終了ね。みんなお疲れ様!体育館に戻って報告しましょ。」
私たちのグループの報告は悪い知らせの連続になってしまいそうだ。せめてみんなが良い知らせを持ってきてくれるといいんだけど
…。
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