柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 私が静岡の実家に戻った二日後、全国的に避難所を開設する旨がヒーローたちによって発表され、そののち大々的に報じられた。
 避難所に入ることは強制ではない。ヒーローへの強い不信感を抱くものや、反社会的な勢力に与するものは、そのまま避難所を頼らない道を選ぶこともできる。とはいえ大多数の市民は、避難所の開設を承諾し、身を寄せることを受け入れた。
 私もまた、自宅からもっとも近いところにある私立のヒーロー科設置高校で、家族三人での避難所生活に入ることになった。
 広大な敷地に建てられた宿泊施設は、簡易とはいえそれなりにプライバシーを守るつくりになっている。さすがに私個人の個室はないものの、三人家族で施錠のできる一間を使わせてもらえることになったので、想定していたほどの不便さや窮屈さは感じない。避難所全体でひとつの街のような運営がなされており、つくづく個性のある社会のありがたみを感じた。
 自宅の最寄りの避難所を選ぶということは、近所の顔見知りが多く集まる場所を選ぶということでもある。
 高校に入ってからというもの、爆豪くん以外の中学の知り合いとは、ほとんど縁が切れたも同然の状態になっていた。ときどき連絡はくるけれど、それはたいてい爆豪くんが何らかのニュースになったとき。誰かと個人的に親しく付き合うということは、さっぱりしていなかった。
 爆豪くんの影が薄い今、むしろこの一年で縁遠くなっていた友人たちとも、久し振りにいろいろ話す機会なのかもしれない。なにせ私の中学時代の友人たちはもれなく全員、爆豪くんのことを遠巻きにしているのだから。遠巻きというのは、むろん婉曲表現で、実際にはもう少し厳しい感じなのだけれど。
 いずれにせよ、ここでは爆豪くんと無関係の、中学までの私が所属していたのと同じ、真面目なコミュニティに属することになるだろう。
 そんなことを呑気に思っていたものだから、中学時代に爆豪くんの取り巻きをしていた彼が話しかけてきたとき、私は結構、本気でびっくりした。
「よー、久しぶり。苗字だよな。中三のときクラス同じだったんだけど、覚えてる?」
 周辺状況の把握と称して、避難所施設内の探索をしていた私に声をかけてきたのは、中学時代に爆豪くんの取り巻きをしていた男子のうちのひとりだった。
「ええと……あ、爆豪くんの友達の」
 さすがに本人に向かって取り巻きというのははばかられ、友達と言い換えた。
 中学時代、爆豪くんとよくつるんでいる取り巻きがふたりいた。今、目の前にいる彼はそのうちのひとり。黒髪をかりあげ、なんとなくモテそうな雰囲気をまとっているのは、今も中学時代と変わらない。
 名前は、なんだっただろうか……。頭をひねってみるけれど、どうにも思い出せなかった。中学時代、今よりずっと周囲への解像度が低いまま過ごしていた弊害が、今ここにきてあらわれている。
 彼のことを、爆豪くんがときどき「かりあげ」と呼んでいたことだけ、かろうじて覚えている。もうひとりのほうは、たしか「指」。それが本名でないことだけは分かる。話しているうちに思い出すことを祈るしかない。
 ひとまず、脳内では便宜上「かりあげくん」と呼ぶ。かりあげくんは、
苗字もここに避難してきたんだ」
 と、さっくり世間話を始めた。目立たなかった私の名前もちゃんと覚えているあたり、彼は私などよりずっとすぐれた人間性を持った人間であるということが、はっきり分かる。中学時代、素行の悪さだけでやや苦手だと思っていたことが、本当に申し訳なくなってくるくらいだ。
「うん、家から近いから」
「だよな、俺も。学区的に、折寺中のやつ結構いるはずなんだけど、まだあんま会ってないんだよな。苗字はもう、ほかのやつにも会った?」
「ううん、まだ。私もさっき手続き済ませたばかりだから」
「一緒だわ。じゃあ知り合い増えてくんのこれからだな、多分」
「そうだね、まあ、まだ受け入れ始まったばかりだしね。おいおいだよね」
 避難生活が始まるという噂があったとはいえ、実際に避難するのは様子を見つつという人も多いのだろう。我が家はかなり早い段階で避難を決めたので、ここに到着したとき、避難所がまだがらがらだったことにずいぶん驚いた。
 セントラル病院でヒーローや雄英生が鬼気迫った表情をしているのを見てきたからこそ、市民ののほほんとした温度感に驚いてしまう。これほどの被害が出てもなお、自分が動くまでもなく安全は守られているのだと、そう感じてしまう人たちがいるのだ。
「つーか苗字はここで何してんの?」
 そう問われ、私は首を傾げた。
「さっき荷ほどきが終わったから、なんていうか……探検?」
「探検」
「そう。どこに何があるのか、確認しておこうと思って」
「校内地図もらわんかった?」
「もらったけど、自分で歩いて見たほうがよくない? 何かあったときに」
 ヒーローはパトロールに来てくれるけれど、常駐してくれるわけではない。警察も、ダツゴクやこの機に乗じた敵に手を焼いていて、避難所のなかのことまで気にかけてはいられない。
 避難所のなかのことは、その場の避難民でどうにかするしかない。そのためにも、まずは土地勘を養っておいたほうがいいと、そう思っての探検だった。物資の場所なども、ついでに頭に叩き込んでおきたい。
 かりあげくんは、へえ、と気の抜けた声を出す。それから何を思ったのか、唐突に笑顔を浮かべて私に言った。
「それ、俺も付き合っていい?」
「いいけど、……するの? 探検を?」
「するする。よその学校歩き回るのって、なんかちょっとわくわくするよな」
「立ち入り禁止のところ、入っちゃだめだよ」
「分かってるって。苗字は相変わらず真面目だよなぁ」
 本当に分かっているのだろうか……。根は真面目でルールを破らない爆豪くんと違って、取り巻きふたりはもう少しやんちゃな、というかはっきり言って不良っぽいひとたちだったはずだ。彼らが私の席のちかくを通るとき、たばこの匂いをさせていたのは一度や二度のことではない。
 不安だ……。まったく想定していなかった不安を抱えながら、私はかりあげくんとともに、避難所内の探検を開始した。

 ヒーロー科のある高校に入るのは、これがはじめてだ。中三のときに学校見学に行った高校で、ヒーロー科を設置しているところはひとつもなかった。多種多様な能力開発と訓練が必要とはいえ、ふつうの高校とは完全に一線を画す敷地面積と施設・設備の充実ぶりに、ただ歩いているだけでもとにかく圧倒される。
「名もなきヒーロー科ですらこれなんだから、雄英ってきっと、さぞやものすごい設備を持ってるんだろうね……
 セキュリティ面ばかりが取りざたされることが多い雄英だけれど、体育祭でのあの広大なフィールドなど、ヒーロー養成のための設備の充実ぶりは国内屈指。それに付随して、サポート科の授業環境もまた、高校レベルをはるかに越えていると聞いたことがある。
 ヒーロー科に興味はないけれど、サポート科には少しだけ興味がある。私は根っから文系なので、もちろん入学など考えるべくもないのだけれど、実際に受験するかと興味を持つことはまた別ものだ。
 中三の受験生とき、雄英の学校見学にも行っておけばよかったと、今更ながらに思う。あの当時は雄英になどまったく興味がなかったから、見学だけでもしてみるかなんて気にはまったくならなかったのだ。
 きょろきょろしながら歩き回っていると、
苗字ってカツキと付き合ってんだっけ」
 かりあげくんが、ふいにそんなことを言いだした。完全に虚を突かれ、私は「えぇ!?」といやに大きな声を出してしまった。
「声でか。苗字ってでかい声出せんだ」
「ご、ごめん、あまりにも脈絡がないぶっこみ方だったからつい……。というか、どうしてそれを? よくご存じで……?」
「どうしても何も、地元で結構話題になってるから」
「話題に……!?」
 かぎりなく嫌な予感しかしない事実を聞かされ、私は恐れおののいた。陽キャのコミュニティで話題にされるくらいなら、生涯地元になんか戻らないほうがましだ。
「そもそもカツキ、彼女できたってふつうに言ってたし」
「えっ、そうなの? うわ、意外すぎる」
「まあ俺らも高校入ってからはカツキとほとんど会ってねえから、聞いたのかなり前だけど。でも夏まではコンビニとかで会うことあったし、そういうときに雑談とかはしたよ。まだ続いてんの?」
「ええと、はあ、一応」
「へえ。すげえな」
 おかげさまで、となぜか気の抜けた相槌を打ってしまった。
 というかそもそも、これは褒められているんだろうか。それとも高度な皮肉だろうか。おまえごときがカツキと付き合ってるとか、よくもまあ平気で言えるよな、面の皮あつすぎてすげえ、的なこと?
 困惑し、私はかりあげくんを見上げた。かりあげくんもまた、妙ににやけた顔をして、私のことをじっと見下ろしている。
 その表情を見て、私は察した。かりあげくんは最初から、私のことを爆豪くんの彼女だと知って、そのうえで話をしたくてついてきたのか。
 なるほど、どうりで。中学時代にろくに絡みもなかったのに、急に話しかけてくるから、いったい何事だろうかと思った。合点がいった。
「カツキは避難、つーか今いるのって雄英だろ? 苗字は雄英に避難しなかったんだな」
「うん。家族と一緒に近所にしようって話になったし、それに……
 それに? とかりあげくんが言う。私はかりあげくんから視線をそらし、つまさきの一点を見つめた。
「爆豪くんに、離れたところでちゃんと見とけって、言われちゃったから」
「なんだそれ。あいつ、テレビを見るときのお願いみたいなこと言うじゃん」
「『部屋を明るくして離れて見てね』」
「それ」
 ふっ、と私は噴き出した。たしかに。
 離れた場所で、爆豪くんが勝つところを見ている。
 爆豪くんが私にそう望んだから、私は家族と一緒に近所の避難所に避難した。もちろん爆豪くんの言葉以外にも、いろいろな理由や経緯があったすえのことではある。それでも、爆豪くんの言葉が決め手になった事実は揺らがない。
 まだ完全に納得したわけではない。危険な場所に赴こうという爆豪くんと離れていることに、まったく恐怖を感じないといえば嘘になる。そもそも私の希望は一切聞き入れられなかったことにも、多少の腹立たしさは感じている。
 けれど、最終的には爆豪くんの気持ちを汲んだ。これからきつい状況に立ち向かおうという爆豪くんが望むのなら、その要望は、わがままは、私にかなえられるぶんくらいはせめて、聞き入れたい、聞き入れるべきだと、そう思ったのだ。それくらいしか、爆豪くんのために私がしてあげられることはない。
 その結果として、今こうして爆豪くんの中学時代の友人と私が、なぜか並んで歩いている。中学時代だったらありえないことだと思いながら、隣同士になって爆豪くんの話をしている。