柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 ★

 日が暮れてようやく寮に戻ってくる。クラスのやつらが捜索隊に合流してしばらくになるが、ここのところは特に日々が慌ただしくすぎるばかりで、気付けば夜になっているといった有様だった。
 携帯を見る暇もない。同じ雄英の敷地内にいる親とすら、ろくに顔を合わせることがない。会いに行こうと思えば行けるはずだが、慣れない避難所生活で苦労しているだろうババアたちに、わざわざ疲れた姿を見せようとも思わなかった。
 一日の汚れを風呂場で落とし、共有スペースに戻った。クラスのやつらの雑談に混ざることもなく、かといって寝に部屋に戻る気も起きない。共有スペースのソファに腰掛け、何するでもなく頭を休ませていると、ふいにスウェットのポケットに入れた携帯が震えた。
 携帯を取り出し、発信元を確認する。一瞬、根暗かと思ったが、画面に表示されていたのはババアの名前だった。
 ソファーから腰を上げる。すかさず、隣にいた上鳴が声を掛けてきた。
「あ、おい爆豪、どこいくんだよ?」
「うるせえ。電話だわ」
「前半まるっといらねえだろ」
 上鳴を無視し、共有スペースを出る。電話をとると、ババアの「あ、出た」という声が聞こえた。それから続けて、
「誕生日おめでと」
「あ?」
「だから、誕生日。自分の誕生日忘れてんの?」
……そういやそうか」
 ぼやぼやしてんなぁ、とババアの溜息が聞こえた。この状況でぼやぼやしてるわけねえだろうが、と思うが、面倒なので黙っておく。口ごたえをしたところで、十倍になって返ってくるのは目に見えている。
 それにしても、誕生日。言われてみれば今日は四月二十日、俺の誕生日だった。ババアの言い分を認めるのは業腹だが、実際すっかり忘れていた。忙しすぎてそれどころではなかったのだ。
 もっとも、十七にもなって、誕生日ごときでいちいちはしゃぐ気もおきない。はしゃぐとすれば、クラスのやつらか根暗か……、そこまで考えたちょうどそのとき、
名前ちゃんからおめでとうって言われた?」
 ババアが俺の考えを読んだように言った。
 思わず、チィッとでかい舌打ちが出る。
「言われてねえわ。つーかあいつは、んなどうでもいい連絡してこねえ」
 自分自身の発した言葉のせいで、むしょうに腹が立ってくる。根暗のことなど、忙しすぎて忘れていた。というか考えると気が散るから、そもそも根暗を思考から追い出していたというのに、ババアのせいで思い出してしまった。
 くそ、むかつく。あの根暗女。
 なぜ俺がこうも苗字に腹を立てているのか。もちろんそれには、正当な理由があった。
 あのクソ根暗女は避難所に入ってからというもの、連絡もまともに寄越しやしないのだ。一体どういう了見だ。誰に断って連絡を怠っていやがる。
 正確には一日一度の連絡が、あったりなかったりする。俺が報連相の徹底を要求したことを、一応今でも覚えているらしい。生存報告のつもりなのか何なのか、ともかくまあ、あるにはある。
 しかしそれだって「避難所思ったより快適ですごい」だの「図書館開放されてるのかなり嬉しい」だの「ちっちゃい子の落としたキーホルダー拾ってあげたら喜んでもらえてよかった」だの……。もうちょっとましな、内容のあるもん送ってこいやと言いたくなるメッセージばかりだ。俺はてめえの日記帳じゃねえんだわアホが。
 もちろん、俺に余計な心配をかけないようにという、根暗なりの斜め上な配慮のすえだということは分かる。分かるが、この情報量ゼロの内容に、俺はどう返信しろっつうんだ。エンデヴァーのキーホルダーってなんだそりゃ、趣味悪ィもんつけるなっつっとけ、とでも言えばいいのか?
 根暗のアホを思い出しイライラしていると、ババアが「あのさ、勝己」と俺を呼んだ。説教臭い雰囲気がして、咄嗟に電話を切ろうかとも思ったが、それより先にババアが説教を始めた。
「あんたがいろいろ頑張ってんのも、学生には荷が重いことやってんのも、母さんたちは分かってる。自分で選んだ道だから頑張るしかないとも思ってる」
「わーっとる」
「でも、それはそれ。名前ちゃんとは、ちゃんと連絡とるんだよ」
「あ? なんでそこで根暗が出てくんだよ」
「戦いの最前線に立とうとしてるやつに、守られる側の人間から掛けられる声なんて、そう多くないんだから」
 ババアはそれだけ言うと、就寝前の挨拶らしきことを何やらいろいろ並べ立て、そうして勝手に電話を切った。いきなり掛けてきたと思ったら、よく分らんことをいろいろ並べ立て、自分の都合で勝手に切る。すさまじいまでの自分本位さだった。
 が、一聴にあたいする話が、まったくなかったわけではない。俺は手に持った携帯を眺め、逡巡した。
 共有スペースからはまだ、クラスのやつらの話し声が聞こえる。そのまま戻れば寝るまでいつも通り過ごし、そしてそのまま解散になるのだろう。
 しばし俺は沈思する。
 結局共有スペースには戻らずに、そのまま自室に帰ることにした。
 誰とも会わずに部屋まで帰り、ドアを閉める。ベッドに雑に腰をおろすと、手に持ったままの携帯をふたたび操作し始めた。
 メッセージアプリの、根暗とのトーク画面を開く。根暗の連絡先はピン止めして一番上に固定してあるから、わざわざ探すまでもない。
 通話ボタンを押して、四コール。出ねえか、と思った矢先、唐突に通話がつながった。
「も、もしもし爆豪くん? え? つながってる?」
「おー」
「間違い電話じゃないんだ。誤発信かと思って、ふつうに無視しかけてた」
 こいつ、今すぐ電話切ったろうか……。久しぶりに声を聞いたというのに、初速から全力の根暗ぶりだ。安心感を抱くよりも、腹だしさがギリギリ勝った。なんだこいつ、世界が終わっても一生この感じなんじゃねえか。
 電話の向こうで、ばたばたと物音がする。
「ちょっと待ってね、爆豪くん。お母さぁん、少しだけ外出てくるね」
 どうやら母親と一緒にいたところだったらしい。直後、ばたんと扉が閉まる音がした。避難所では個室などないだろうから、外に出るのも当然だ。避難所内であれば、多少外に出たところで危ないこともないだろう。
 しばらくしてから、ようやく苗字が通話口に戻ってきた。
「ごめん、もう大丈夫。でもあんまり電池もたないから、長くは話せない。何か大事な用事だった?」
「別に」
「そう……?」
 苗字が訝しげに返事をする。用もないのに俺から連絡したことが、よほど不思議だったとみえる。たしかに年が明けて以降、用があるわけでもなく、ただ声を聞くためだけに通話する機会はほとんどなかった。
 携帯を耳に当てたまま、俺は苗字と最後に病院で会ったときのことを思い出す。あのときの苗字はこいつらしくもなく、いやに感情的になっていた。いっぱいいっぱいになっていたのだということは分かる。苗字はイレギュラーに弱いし、平和ボケした世界観で生きているぶん、俺のケガがよほど堪えたのだろう。
 正直に言ってしまえば、そういう苗字を目の当たりにするのは、まあかなり、なんというか、少なくとも悪い気持ちではなかった。俺のことで頭がいっぱいになっている苗字は、見ていてなかなか気分がいい。
 とはいえ俺とて、率先して心配をかけたいわけではない。だからあのときに限っては、できるだけ苗字を安心させる物言いを選んだつもりだ。
 しかし、その結果がこれだった。このアホ、いつも通りに戻るのが早すぎる。
「というか爆豪くんは元気にしてるの? ちゃんと休んでる?」
「質問のしかたがババアかよ」
「茶化さないでよ。まじめに心配してるんだから」
「根暗に心配されるほどヤキ回ってねーんだよ」
「まあ光己さんたちが近くにいるんだし、大丈夫なんだとは思うんだけど……
 そこで苗字は一度、不格好に言葉を切った。次はどういうクソ失礼発言が飛び出すんだ。怒鳴り返す用意、返り討ちの準備ならしてある。俺は心のなかで、根暗が口を開くのを待ち構えた。
 たっぷりと間をとって、それから根暗はぼそりと言った。
「でも、声聞けて良かった」
 はにかむような言い方に、ぐ、と内臓あたりが締め付けられる。クソ、こいつ。根暗のくせに、こういうところがむかつくのだ。時々思い出したように、急にまっとうなこと言いやがって。
「や、だって爆豪くん、今日誕生日でしょ。せっかくだし、おめでとうって言いたかったんだけど、こっちから連絡とるのも邪魔かなと思ってたから」
…………
「だからね、爆豪くん。十七歳の誕生日おめでとう」
「チッ」
「なんでそこで舌打ち……。いや本当、頑張ってね。言われたとおり、私ちゃんと見てるから」
 その声を聞いていたら、もうだめだった。自分で遠ざけたはずなのに、むしょうに今、根暗に会いたくて仕方がない。会えないと分かっているのに、いや、分かっているから。手が届かない場所に置き去りにしたのは、ほかの誰でもない俺自身だというのに。
 苗字、と。そう声を掛けようとした、そのとき。
苗字ー、何してんの」
 ふいに電話の向こうから男の声が聞こえて、俺は咄嗟に言葉を飲み込んだ。は? 男? 男がそこにいんのか?
 なんなんだそいつは。一体全体どこのどいつだ。
 聞いたことがあるようなないような、どうとも言えない声。ただひとつ分かるのは、こいつが苗字に対し、ふつう程度には親しげであるということだけだ。
「あ、うん。ちょっと電話」
「おばさんに苗字のこと見て来てやってって、さっきそこで言われてんだけど」
「え、うそ。ごめんね」
 漏れ聞こえる会話から察するに、同じ避難所の男だろう。夜更けに部屋を出ていった娘を心配して、苗字の母親がけしかけたといったところか。
 ……母親が不安に思うのは分かる。が、それはそれとして、誰だてめえは。
「誰かいんのか」
「や、同じ避難所に中学の知り合いが何人かいて、今のはかりあげくんだったけど……、あ、電話かわろうか?」
「ハァ? いらねえわ」
 かりあげって誰だよと考えて、それが中学時代によくつるんでいたうちのひとりのあだ名だと思い出す。
 しかし、思い出したところで謎は深まるばかりだ。地域の避難所に集まってりゃ、そういうこともあるのだろう。が、だからって一体どうしてそんなことになるんだ。
「中学の知り合いっつったって、てめえ陰キャの女子ども以外に知り合いなんかいねえだろうが」
「そうだけど、同じクラスだった子の名前と顔くらい、一年そこらで忘れないよ。中学のときより、みんな話しやすい雰囲気だし。まあ、こんなときだからなのかなとは思うけど」
 苗字の話を聞きながら、俺は愕然とした。
 この女、丸くなっていやがる……
 あの排他的でクズが嫌いで不良を人とも思わねえような、やや偏向した思想は一体どこへいきやがった。上品ぶった女子が集まる学校に通っておきながら、その思想が強化されるのではなくぬるくなるというのは、一体どういうシステムだ。
「かりあげくんとか、よく一緒に爆豪くんの話するよ」
「ハァ? てめえ、俺のいねえところでまたこそこそ何かしてやがんのか」
「こそこそって。すぐそういう人聞きの悪い言い方するんだから」
 そう言って根暗は、なぜか面白くもねえのにくすくす笑った。
「そろそろ切るね。電池もったいないから」
「電気系の個性のやついねえのかよ」
「いるけど、わざわざ充電を頼むのも悪いよ。ただでさえ、そういう人の役に立つ個性のひとは、避難所の運営のほうにボランティアにいってくれてたりするんだし。そもそも別に、私の携帯に重要な連絡なんて、そんな来ないし」
苗字、終わりそ?」
 かりあげの声が割り込む。苗字が「うん」と返事をする。うんじゃねンだよ。
「じゃあね、爆豪くん。頑張って」
 慌ただしく切れた通話の切れた携帯を見て、俺はふつふつと腹の底が煮えるのを感じる。あのクソ陰キャ根暗ガリ勉アホ女、まじで絶対許さねえ。俺がいなくても避難所でずいぶん楽しそうにしてんじゃねえか……
 腹だしさを感じつつ、携帯をベッドの上に放り投げた。そうして視線を窓の外へ向ける。ちょうど憤然とした自分の顔が、黒い窓ガラスに映りこんでいた。その顔を見て、ふと気付く。
 そこに映っている自分は、難航する連合の捜索に疲弊した自分ではなかった。根暗のアホに振り回され、思い通りにいかないことにイライラしている、言ってみれば今までどおり、いつも通りの俺だ。
 秋ごろ、相澤先生から聞かされた話が頭をよぎる。
「ヒーローとかかわりのない『ふつうの市民』の感覚を持っている身近な人間は、できるかぎり大事にした方がいい。雄英入学前にできた知り合いは特にな。いざってとき、『ふつうの市民』の世界がちゃんと自分のなかに感覚として残っていて、つねに接続されているってのは、心強いもんだぞ」
 なるほど、あれはつまり、こういうことか。今更のように腑に落ちた。この俺が、あの根暗に、こともあろうに心強さを感じるなんざそうそうありえない。が、それでもこの感覚が悪いものだとは、不思議と少しも思わなかった。