柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 避難所生活が始まってまもなく、私は運営のお手伝いに駆り出されることになった。むろん私だけが働かされるというわけではなく、避難民がそれぞれ得意な分野で避難所運営を担っていこうという、いたってポジティブな潮流が自然発生した結果のことだ。
 中学時代に親しくしていた友人が数名、同じ避難所に入ってきたので、私は彼女たちとともに、避難所に新しく入ってきた人たちの入所手続き手伝いや、居住棟への案内などを担うことになった。個性を使用して避難所運営に協力する人もいるけれど、私の個性はそういうたぐいではない。
 こうなってもなお、運営には一切参加せず不満そうにしている避難民もいるにはいた。けれど、私たちが避難した避難所は雄英のような大規模な避難所ではないためか、基本的にはアットホームというか、良くも悪くも結束してやっていこうという雰囲気が強かった。
名前ちゃん、こちらのご家族を案内お願いします」
「こんにちは。苗字です。お部屋ご案内しますね」
 手続きを終え、誘導されてきた母子に挨拶をする。お母さんに抱っこされている娘さんは、小学生くらいだろうか。お母さんの首にしがみつくようにして、顔をお母さんの肩にうずめている。
 荷物はあとから取りに来るという。一度お母さんと娘さんだけで、部屋に案内することになった。
「一階のお部屋がご希望だったんですね」
 渡された部屋番号を見ながら確認する。女性だけの避難民で、一階を希望する人は珍しい。
 私の言葉に、お母さんがうなずいた。
「この子が足をケガしているもので、できるだけ一階の方がありがたいんです。避難所なので無理かもしれないとは思ったんですけど、配慮していただけたみたいで」
「なるほど」
 あまり深く追求しない方がいい話題なのかもしれない。そう思い、話はそうそうに切り上げた。
 さいわい、母子に用意された部屋は入所の手続きをしている本部からほど近い建物だった。小さい子がいる家庭は、それなりにまとまって避難先が配置されているらしい。本部でボランティアをしている母から、昨日そんなような話を聞いたばかりだった。
 案内の最中、娘さんを抱っこするお母さんの片方の手首に、歩行補助の杖が提がっているのが見えた。杖はまだ真新しいもののように見える。
 もしかしたらこの子も、敵連合の大規模な攻撃の余波で、ケガをおってしまったのだろうか。その傷も癒えきらないまま避難所生活に突入し、不安と恐怖でいっぱいなのだろうか。
 そんな想像をして、ぎゅっと胸がつぶれたような気分になった。

 その晩、配給の夕飯を食べ終えた私は、なんとなく落ち着かない気分をもてあまし、母に一言告げてから居住棟の外に出た。夜間はあまり外出をしないよう通達が出ているものの、避難所のなかであればそれほど危険なことはない。夜間でも有志が見回りをしているし、私のほかにもちらほら、落ち着かないのか夜の散歩に出ている人の姿もある。
 ポケットから携帯を取り出し、私はそっと画面を撫でた。ふれたことで画面が点灯し、ホーム画面が表示される。クリスマスに撮った爆豪くんとのツーショット。その画面を見ながら、私は溜息を吐く。
 ここに来てから、ほとんど携帯を使うことはなくなった。なにせ電力が安定していないので、充電はそう頻繁にはできない。電気系の個性の人たちが協力してくれるおかげで、何日かに一度、携帯の充電をさせてもらうことはできたけれど、わざわざ無意味にスマホをつける理由もない。
 だいたい普段から、私が連絡をとるのは家族と爆豪くん相手がほとんどだ。同じ場所にいる家族と携帯を使ってまで連絡をとることもなかったし、爆豪くんはきっとそれどころではない。携帯を使うのは一日に一度、爆豪くんに簡単なメッセージを送るときと、ニュースサイトをちらっと確認する程度だった。
 爆豪くんからの返信は、あったりなかったりする。忙しいだろうことは分かっているから、既読がついたらよしということにしていた。爆豪くんに何か言われたわけではなく、ただなんとなく、私のなかでそういうルールになっている。
 爆豪くんはどうしているだろう。夕飯を食べて、まだ何か、訓練とか特訓とか、そういうことをしているんだろうか。それとも一日の疲れを癒すべく、ほかのクラスメイトと束の間のゆっくりした時間を過ごしているとか。
 想像したところで、答え合わせができるわけではない。それでもついつい、暇さえあれば考えてしまうのだ。爆豪くんと会えないのにはもう慣れっこだったけれど、こんなふうに連絡すら満足に取れなくなるのははじめてで、だからやはり落ち着かない。
 それとも、こんなふうに声すら聞けない日々すら、そのうち受け入れてしまえるのだろうか。爆豪くんと一か月以上会えなくても、平気で過ごせるようになってしまったときのように。
 ふと、私は足を止めた。視線の先に、昼間居住棟へ案内したお母さんが立っている。娘さんはすぐそばの階段に座って、しきりにしゃくりあげていた。
「あの、どうかしましたか」
 私が近寄っていくと、お母さんは眉を下げて今にも泣きそうな顔で、私を見た。何かあったのだと、その表情から容易に察することができる。
「あ、あなた、昼間案内してくれた……
「なにか困りごとですか」
 尋ねると、お母さんは話すかいなか悩むかのように、視線を左右に泳がせる。その様子を見て私は少しだけ、考え無しにお節介したことを悔やんだ。
 たとえ何かあったとして、相手は大人だ。名前も知らない私のような子どもに、困りごとをそうほいほいと相談するとも思えない。話したくないことであれば、無理に聞き出すこともないだろう。少し待ってみて何も話したくなさそうであれば、私もこの場を立ち去ろう。
 そう思ったときだった。後ろで泣いていた女の子がふいに、「お母さぁん」とか細い声で呼んだ。その声が後押しになった、のかどうかは分からない。けれど、とにかくお母さんは「実は」と重い口を開いた。
「実はこの子の杖についてたキーホルダーを、どこかに落としてしまったみたいで」
「キーホルダー?」
「エンデヴァーのキーホルダー」
 女の子が、この世の終わりみたいな悲しそうな声で言う。お母さんも合わせてうなずいた。
「そうなんです。杖の付け根のところに、結び付けてあったんですけど、それがなくなってしまっていて」
 話を聞きながら、杖を見せてもらう。それは昼間、娘さんを抱っこするお母さんの片腕に提げられていた杖だった。
「この子、ケガをしてからというもの歩くのが怖くなっちゃって……。だいすきなエンデヴァーのキーホルダーがついていれば、杖を使って歩く練習をがんばれるって言うんですけど」
 まだ新しく見える杖は、持ち手の根本のところに、キーホルダーをつけられそうなリングがひとつくっついている。リングにはいちごの形のネームタグだけがひとつ、ぷらんと心細げに揺れていた。
 ここにネームタグと一緒に、エンデヴァーのキーホルダーがついていたのだろう。
 しかし、私は昼間のことを思い出す。
「すみません、私が昼間に見たときには、もうキーホルダーはついてなかったと思うんですが……
 私がそう言うと、泣きべそをかいていた女の子が、真っ赤な顔をして「やだ!」とさけんだ。
「だって、バスからおりたとき、ちゃんとついてたもん! エンデヴァー忘れてないねって、ママと確認したもん!」
「バスって、そこのバス停でおりられたんですか?」
「そうです。ここまでバスで来たので」
 お母さんは女の子をなだめながら言う。この避難所の正門から五分ほど歩いたところに、たしかバス停があったはずだ。母子はそこまでバスで来て、バス停からは徒歩で避難所にやってきたとのことだった。
 このご時世でもまだバスが運行していることに、まず驚いた。避難所生活が始まってからというもの、避難所の外のことにはすっかり疎くなってしまっている。物騒なニュースばかり見ているせいで、避難所の外はさながら世紀末みたいになっているような、そんな感覚で生きていた。
「バス、動いてるんですね」
「はい。まったく時刻表通りではないというか、かなり便数は間引かれているんですけど、一応」
 そう言いながらお母さんは、泣きじゃくる娘さんを抱き上げた。娘さんは足をケガしているという。ケガをした小さな子を抱えているのでは、探しにいくのにも無理があっただろう。先ほどのお母さんの、困り果てた泣きそうな顔にも納得がいった。
「落とし物の確認って、たぶん本部でしてると思うんですけど」
「本部には届いてなかったみたいです。それでさっきから、この辺を探してたんですけど……
 見つからない、ということらしい。私とお母さんは顔を見合わせた。そうなると、考えられる可能性は、誰かが持ち去っているか、偶然まだ見つかっていないか、あるいは。
「バス停から避難所までのあいだに、落としてきちゃったのかもですね……
 言いながら、私は癖のように右耳のイヤーカフにふれた。
 避難所にやってきてからというもの、何かにつけてこうしてカフにふれるようになった。爆豪くんと連絡をとれていないから、というのもあるけれど、一番の理由は、自分が爆豪くんの恋人であるということを、確認していたいからだ。
 こういうとき、爆豪くんの恋人ならばどうするか。イヤーカフにふれ、適切なふるまいを考えるのが、だんだんと癖になってきている。かりあげくんに「優しくない」と遠回しに指摘されたことも、もしかすると私の意識改革の理由のひとつかもしれない。
 こういうときだから、爆豪くんの彼女として正しい、ふさわしい行いを求められている。
 そして今、私の目の前で母子が困っている。そういうとき、爆豪くんの彼女としてとるべき行動は、ひとつしかない。
 カフに指先でふれたまま、私はお母さんに言った。
「よければ私、探してきましょうか」
「えっ、でも」
「小さい子連れて夜に外出るの、ちょっとさすがにアレですよね。でも、多分、そのキーホルダーがないと落ち着かないんですよね」
 だよね? と女の子の顔をのぞきこむと、女の子は真っ赤にはらした目を伏せて、小さく小さくうなずいた。そうなると、やはり早く見つけ出してあげた方がいい。
「大丈夫です。ぴゅっと行って、ぴゅっと見てくるだけなので。もちろん暗いし、そんなにしっかり見られないと思うので、見つからないかもしれないんですけど」
「そんな、でも、悪いです。危ないですよ……
「大丈夫です。避難所から本当にすぐ近くのところしか見ないので」
 そう言ってから、私はお母さんにだけ聞こえるように、少しだけ声をひそめた。
「というか本当にちょっと見てくるだけです。それでも、見に行ったって言えば、たぶんちょっとは落ち着けますよね」
 お母さんはまだ、心配そうな顔をしている。それでも、泣いている子どもの頭を一度撫でると、私に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、でも無理はしないで。本当に気を付けて」
「はい。じゃあ、ちょっと見てきますね」
 そう言って、私はキーホルダーの捜索に向かった。
 ひとまず本部に向かう。そこで非常用の懐中電灯をひとつ借りてから外へ出た。本部の人には「探し物をしてきます、すぐ戻ります」と言いおいた。遠くへはいかないことを約束してから、私は避難所の外へと忍び出た。