柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
774987

微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 俺以外のやつらもそれぞれソファーに腰かけて、好き勝手な場所でくつろぎ始める。
「じゃあ、第一回コイバナ会始めるよー。ゲストは爆豪!」
「今すぐ閉会しろ……
「まあまあ、お茶でも飲んで。無礼講だよっ」
「ケッ」
「よしよし、いい具合にあたたまってきたね」
 俺が抵抗を諦めたと見るや、さっそく芦戸が切り出した。
「芦戸、どんどんハート強くなってね? 見ててこえーよ」
 上鳴がやや引いた顔で言う。腹立たしいが、俺も上鳴に同意する。
 むろん女子だろうとなんだろうと、いっぺん締め上げるのはやぶさかではない。しかし芦戸には、苗字絡みで世話になった部分も少なくない。業腹だが、そのあたりに免じて審判をゆるめざるを得ない。
 果たして、芦戸が第一球を放ってよこした。
名前ちゃん、最近めっちゃ可愛くなったよね? 爆豪もそう思うでしょ」
「あ?」
 しょっぱなから理解不能な単語が飛び出す。完全黙秘をつらぬくつもりだったにもかかわらず、俺は思わず口を開いていた。
「前から可愛かったけどー、なんかこう、すごいシュッとしたというか」
「たしかに。イメージしてたよりシュッとしてた」
 耳郎がうなずく。「でしょー?」となぜか得意げに芦戸が笑う。
「そういえばこの間も一年が、ダイナマ先輩の彼女カワイーって言ってたよ」
「よかったね爆豪、自慢の彼女じゃん」
「どいつもこいつも目が腐ってやがる。つーか見てんじゃねえ……
 女子たちのきゃあきゃあした声を聞いていると、だんだん頭が痛くなってくるようだった。
 昨年までは出久と、それからうっかり出くわした芦戸たち以外には、基本的には苗字の存在は秘匿できていた。隠していたわけではないが、積極的に見せたいようなもんでもない。
 それが今年になって、いっきに根暗の存在が明るみに出た。病院に見舞いに来ていたのもそうだし、根暗の高校と合同で復興作業などもあった。そのせいで、クラスのやつらだけではなく、ほかの学年にまで俺に彼女がいることが知られている。
 とはいえ、それも悪いことばかりではなかった。鬱陶しい後輩どもを黙らすのに、苗字の存在はうまく使える。アホの一年どもとはいえ、腐っても雄英生。他校の普通科の苗字にまで絡みにいくやつもいねえだろうと、そう踏んで、わざと苗字と話しているところを見せたりもした。
 しかし、そこに苗字を見せびらかそうなんて意図は、当然ながらまったくなかった。まして根暗が言うに事欠いて「可愛い」なんて評価を受けるなんて、まるきり想定していなかった。
 いや、可愛くはねえだろ。クソ生意気なんだが。
 一体こいつら、どこの誰の話をしていやがるんだ。あいつのどこを見て、そんなバカげた発言になるんだ。苗字なんてあんなもん、ただのひ弱で地味で口うるさい根暗でしかないだろうが。
 と、ここまで黙っていた上鳴が、
「でも本当、すごいよなぁ。復興作業のときに知り合った夢咲女子の子に聞いたんだけど、名前ちゃんって学内でも相当成績優秀なんだろ?」
 くるくるとシャーペンを回しながら話に入ってくる。「あんたいつの間に他校の女子と交流してんの」と耳郎が目を細め、上鳴は「いや、そりゃするだろ」とわあわあ騒いでいる。
 「可愛い」に比べれば「成績優秀」はまだ理解ができる評価だ。あいつが異様に勉強好きであることは、俺だって知っている。なんなら俺は、そんなことは中学時代からとっくに知っている。
「くだらねえ。ただのガリ勉だろ」
「またそういうこと言うー!」
 芦戸がきゃんきゃん言うが、俺はそれを適当に聞き流した。そもそも根暗とガリ勉はイコールで結びついているようなもんだ。苗字といえばガリ勉。ガリ勉といえば苗字。今更どうこう言うようなもんでもない。
「私は今日はじめて苗字さんにお会いしましたけれど、爆豪さんが好きになるのも分かるような気がしましたわ」
 上品に差しはさまれた口に、俺は「は?」と聞き返す。途端に耳郎が、俺に文句を言ってくる。
「ちょっと爆豪、ヤオモモにガン飛ばすのやめて」
「飛ばしてねえわ。会話しただけだろうが」
「『は?』を会話にカウントしないでよ」
「そいつァてめえと俺の見解の相違だな」
「まあでも、ウチもヤオモモと同じこと思った」
……なんでてめえらにんなこと分かんだよ」
 八百万と耳郎が結託している。面倒なので無視一択のはずなのに、どうしてか俺は女子どもに問いを投げてしまった。耳郎が、したり顔でうなずく。
「なんていうか、今の爆豪の人気って、半分アイドルっぽいのもあるじゃん。だからもし彼女がそんじょそこらの女子だったら、絶対ファンからやっかまれてると思うんだよね」
「たしかにそうですわね」
「不思議なことに、そうなんですわね」
 上鳴が混ぜ返し、耳郎の粛清を食らう。
 イヤホンの先を上鳴にぶっさしたまま、耳郎が続けた。
「その点爆豪の彼女って、やっかむ要素が少ないっていうか。同中で爆豪が有名になる前から付き合ってて、頭いい女子校通っててきれいめで。ヒーロー科でこそないけど、陰ながら支えるってイメージもあるし」
「そう言われますと」
名前ちゃんって」
「すごいよねー」
 上から順に、八百万、上鳴、芦戸。耳郎の言葉に納得したらしい三人は、耳郎も含めた四人で顔を見合わせたのち、そろって俺の方へ視線を向けた。束になった視線が俺に突き刺さり、果てしなく居心地悪い気持ちになってくる。
 なんだこいつら。
 俺に何を言わせてえんだよ……
 だいたいが、こいつらからの根暗への過大評価は行き過ぎている。さっきから黙って聞いていりゃ、挙げられているのはまるきり根暗とは違う人間の話としか思えない、まったく覚えのない特徴ばかりだ。
「てめえらさっきから誰の話してんだ。あんなもん、ただの根暗だろ。てめえらのほざく人物像とはかけ離れた陰キャだぞ」
 俺が懇切丁寧に事実を伝えると、四人がふたたび顔を顔を見合わせた。その動作にまた腹が立つ。まじで本当になんなんだこいつら。いちいち人の神経を逆なでしやがって……
 四人は何やらこそこそと、顔を寄せて話し合っている。いい加減俺を解放しろ、と思いつつ茶菓子をぼりぼりやっていると、ほどなくして「はーい」と芦戸が大きく挙手をした。
 発言を許可した覚えは一切ない。が、芦戸はそのまま、勝手に俺に質問をくりだしてきた。
「逆に聞きたいんだけど、爆豪は名前ちゃんのことどういう子だと思ってんの? どういうところが好きなの?」
 根暗の人物評から、急に恋愛話に舵を切ってきやがる。
「んなもん、べらべら喋るわけねえだろ」
「でも、中学時代からの知り合いで、言ってももう一年付き合ってるわけでしょ? なんかこう、爆豪的に『ここぞ!』ってところがあるんじゃないの?」
「ねえ! あの女にそんなもんは、ひとつも、まじで、まったく存在しねえ!」
「ええー、じゃあなんで付き合ってるの?」
「んなもん知るか!!」
 カップに残っていた紅茶を、俺は思い切り飲み干した。まだかなり熱かったが、舌をやけどするほどではない。ついでに残っていた茶菓子も口に放り込むと、それを飲み込んでから俺は腰をあげた。
「おい八百万ァ」
「は、はいっ、なんでしょう?」
「御馳走様」
 これ以上こんなアホなやりとりに付き合っていられない。俺が根暗をどう思っていようが、どういう理由で付き合っていようが、そんなことはクラスのやつらには無関係な話だ。
 そもそも、そんな話は根暗相手にすらしたことがない。まして、こんな場所で誰彼構わずべらべら話すつもりはなかった。
「あーあ、かっちゃん怒っちゃったじゃん!」
「逆によくここまで座って話に付き合ってくれてたよね」
「いや、それよ。まるくなったもんだぜ」
「ていうかちゃんと御馳走さま言っていくの、本当爆豪って感じ」
 そんな会話が背中の向こうで聞こえたが、俺はもう一言も言葉を発するつもりはなかった。

 そのまままっすぐ部屋に戻り、ベッドにどさりと腰かけた。外に着ていった服のままベッドに乗るのは気が進まないが、だからといって風呂でもないのに着替えるのも面倒だ。右腕が使えなくなってからというもの、こういう小さな妥協のようなものが生活のあちこちに入り込むようになった。
 むしゃくしゃした気分のまま、上体を倒してベッドの上に仰向けになる。階下の話題に腹を立てて切り上げてきたものの、頭のなかにはさっきの女子たちの声が、こびりついてしまって離れない。
 根暗の好きなところ。
 そう言われたところで、簡単に説明できるものでもなかった。分かりやすく他人を納得させられるような部分で、俺は根暗を好きになったわけではない。そもそも自分が根暗のどこを気に入っているのか、自分でもよく分からないことのほうが多い。
 根暗のむかつく部分ならば、それこそいくつでも思いつく。誇張なしに、無限に何個でも思い浮かべられるだろう。
 しかしそうじゃない部分は、漠然とした雰囲気のようなものが断片的に頭に浮かぶだけ。これまでにも何度か言語化を試みたが、うまくいったためしがなかった。
 馬鹿じゃないところは評価できるが、そこが重要かと言われるとそういうわけではない。見た目になんて、それこそまったく興味がない。付き合いだしてからは、根暗の見た目もまあまあそこそこ悪くはないと思うようになったものの、結局のところはその程度のことだ。
 根暗の、苗字の好きなところ。
 そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、あいつの我が強いところだった。
 自分のしたいことしかしないところ。したくないこと、すべきじゃないと思っていることは、絶対しないところ。中学時代から折に触れて見えるあいつのそういう部分は、まあ悪くないと思っている。
 わがままというわけではないが、頑固。負けん気が強い。根暗でガリ勉で、マジでしょうもねえ引くほど地味な女だ。が、変に媚びるところがないのは、多少美点といえなくもない。
 だからこそ、さっきのクラスのやつらの言い方が気になった。
 「爆豪の彼女ってやっかむ要素が少ない」
 そんなわけないだろうが。むしろあの女こそ人をイライラさせる天才だ。自分からがんがん喧嘩を売っていくくせに、その自覚がないというとんでもないアホでもある。間違っても「やっかまれないように」などと、媚びた思考するようなタマじゃない。
 そもそも、たとえやっかまれたところで、あいつにそういう嫌がらせは通用しない。誠意のない口先だけの謝罪と、かかわりたくなさを全面に押し出したカス対応。上っ面だけの適当な挨拶。ねちねち絡んでくる相手のことを、相手にしないようでいてその実煽りまくる。余計にムカつかせる対応が、苗字は病的にうまいのだ。
 かつてクソだった中学時代の俺が、同じく中学時代のあいつに、どれほど嫌な思いをさせられたことか。俺があいつを同じ土俵に引きずり込むのに、どれだけ面倒くさい過程があったことか。
 人間そうそう根っこが変わるわけじゃない。俺がそうであるように、苗字だって根っこの人間性の部分は、そう容易く曲がったりしない。
 それならば、俺以外の人間から見た苗字の姿は、一体なんだっていうんだ。あの潜在的な部分で攻撃的な根暗を見て、何をどうしたら「やっかむ要素が少ない」なんてことになる?
 俺だけが本当の苗字を知っている、なんてアホくさいことは思わない。俺の認識と周囲の認識に齟齬があるという事実が、ただただ気持ち悪く、薄気味悪かった。