ハンバーガーを食べ終えたあたりで、ぼちぼち店内が混み始めた。長居する理由もなく、爆豪くんと私は早めに店を出る。外に出て、手首に巻いた時計を確認すると、解散する予定だった時間まではまだ少し余裕があった。
「どうする? 私はまだ少し時間があるんだけど。爆豪くんはもう寮に戻る?」
私の言葉に、爆豪くんは「どっちでもいい」と答える。爆豪くんは本当に帰りたいときには「俺ァ帰る」とはっきり言うので、こういう物言いのときはたいてい、まだ私に付き合ってくれるつもりがあるときだ。
「じゃあ、そのへんでなにか飲み物買ってこよう。それで公園のほうとか、散歩してみよう」
私の提案を、爆豪くんは鼻で笑った。
「散歩ォ? 発想が老人かよ」
「散歩で老人を連想するのは、さすがに偏ってるって」
「偏ってねえ。目的もなくその辺歩いてんのなんか、たいがい老人だろうが」
「本当に全国の散歩を趣味とする人全員に謝った方がいいよ」
「誰が謝るか」
「もういいや、飲み物買いに行こう」
爆豪くんの左腕をとって、コンビニの方へと歩き出す。老人だなんだと文句を言ったわりに、爆豪くんは「引っ張んな、服伸びるわ」と言いつつちゃんとついてきてくれる。
身体がなまってしまわないようにと、爆豪くんは医師や療法士、それに学校の先生たちと相談のうえで、すでに一部のトレーニングを再開している。そんな爆豪くんからしてみれば、私の歩くペースに合わせた目的のない散歩など、実際かったるいものなのだろうとは思う。
それでも付き合ってくれるというのだから、爆豪くんのほうにも一応、これがデートだという意識があるのだろう。
「ふだん学校と駅の往復しかしないから、じつはこの辺にどんな店があるかとか、あんまりよく知らないんだよね。爆豪くんは知ってる?」
「買い物に使う店くらいは頭に入ってる」
「ロードワークとかしないの?」
「雄英がどんだけ広いと思っとんだ。んなもん校内でだいたい事足りるわ」
「あ、そうか。たしかに」
「そもそもついこの間まで、意味なく校外に出んなって言われとったしな」
言われてみれば、それもそうだった。爆豪くんが自由に学校の周りを探索できたのは、せいぜい一年の一学期まで。寮生活とはいえ、あまり近隣の環境に詳しくなくてもしかたがない。
コンビニで水とおやつを購入した。爆豪くんはボトルの蓋の開け閉めが大変なので、紙パックのコーヒーを買って、私がストローを挿す。
「じゃあぐるっと回って雄英を通って、駅に戻る感じにしようかな」
だいたいのコースを決めて、いざ、散歩を始めることにした。
と、スタート地点ともよぶべき横断歩道の前で立ち止まったとき、さっそく予想外の出来事が出来した。
道路の向こう側から見知った顔の女子が「ばくごー! 名前ちゃん!」と、こちらに向けて手を振っている。その姿をみとめた瞬間、「げ」と爆豪くんが嫌そうな声を出した。
すぐさま爆豪くんが反対方向を確認する。けれど私たちが動き出すより、目の前の信号が青になるほうが先だった。
信号の色が変わるなり、たったか軽やかな足取りで走り寄ってきたのは、今日も変わらずキュートなビジュアルの芦戸さんと、会うのは初めてだけれど映像で見たことがあって知っている、爆豪くんのクラスメイトの女子たちだった。
キュートな女子三人組を前に、爆豪くんは舌打ちをしてイライラと溜息を吐く。ここで私が出しゃばると、多分爆豪くんは面白くないのだろう。そう思いつつも、社交性が皆無な対応の爆豪くんにかわって、私が芦戸さんに挨拶をするしかない。
「久しぶり。ヒーローのコス着てない芦戸さん見るの久しぶりかも」
この場を立ち去りたそうにしている爆豪くんの左腕をとったまま、私は芦戸さんに話しかけた。めちゃくちゃにギャル全開の服装の芦戸さんは、高いテンションをそのまま出力したような声で、きゃっきゃと私たちの周りをとびはねる。身軽だ。
「ねっ、顔合わせることはまあまああるけど、たいてい復興作業中だもんねぇ。ちゃんと話すの久しぶり! てゆーかなに? ふたりはデート?」
「デート?」
芦戸さんの言い方をまねて、私は爆豪くんに尋ねる。爆豪くんはまなじりを吊り上げて、びっくりするくらい大きな舌打ちを打った。
「リハビリ行って、ついでにその辺歩くだけだろ!」
「デートだそうです」
「きゃー! デートかぁ!」
「根暗てめえ聞いといて捏造すんな!」
爆豪くんが吠えるのを無視して、私は芦戸さんと、彼女の横にいる女子ふたりに笑いかけた。はじめましての女子ふたりは、「なるほどそういう感じ」と私と爆豪くんを交互に眺めている。
片方の耳朶がイヤホンになっている女子と、ポニーテールの凛々しい女子。どちらも爆豪くんと同じクラスの女子だということは知っている。
「名前ちゃんは、じろーとヤオモモとは初対面なんだっけ?」
芦戸さんに聞かれ、私はうなずいた。
「うん。でも顔は知ってるし、名前も多分わかるかも。耳郎さんと、八百万さん……であってる?」
「あれ、ウチらのことも知ってくれてんだ」
「配信で見て、少しだけ。でもヒーローやってるところより、文化祭のバンドで爆豪くんと一緒だった子たちって印象があって、それで覚えてた。芦戸さんに動画送ってもらったから」
「あー、なるほど」
「動画の送り主は爆豪さんではありませんのね」
「まあ、送らんでしょ爆豪は」
「うん、送らんです」
「てめえら普通に馴染んでんじゃねえ! 世間話ならよそでやれ!!」
頷きあい、女子同士きゃっきゃしていたところに、爆豪くんが怒鳴り声で乱入してきた。往来の視線を物ともしない声量に、私はわずかに眉をしかめる。
「よそでやれって……じゃあ爆豪くんを置いて、私だけでよそに移動しろってこと?」
「なんっでてめえがそっちサイドなんだ!」
「いや、世間話したい女子と、したくない爆豪くんで別れるのかと」
「クラスのやつらと妙に馴染むのまじでやめろ!」
そうして爆豪くんは、私がつかんでいた左腕を大きく動かし、私の手を振り払う。あ、と思った次の瞬間には、爆豪くんは自由になった左腕で、私の肩を抱き寄せていた。
キャーッと華やかな歓声があがる。言うまでもなく、芦戸さんたちだった。
よろりと足元がふらつく私を、爆豪くんは身体の左半分でうけとめる。鍛えられてがっしりした身体は、私がぶつかったくらいではびくともしない。息を吸い込んだ瞬間、爆豪くんから香る、なんかスパイシーな感じのいい匂いがした。
「んなとこで足止めされてたら、時間なくなんだろうが」
ぼやくようにそう言って、爆豪くんは私の肩を抱いたまま踵を返した。クラスの女子たちに背を向け、大股で歩き出す。
「ごめん、また、話そうねっ」
私は慌てて首を巡らせ、芦戸さんたちに声をかける。けれど真っ赤な顔で大盛り上がりだった彼女たちの耳には、多分私の声は届いていなかった。
なかば押し出されるように、行き先も分からないまま爆豪くんに連れられ歩く。視線を前に戻し、顔を傾け爆豪くんを見上げる。平然とした顔をした爆豪くんは、「あいつらまじで何なんだ」と恨みがましくぼやいている。
「あんなふうに振り切っちゃって、あとから大丈夫なの?」
私が聞くと、
「そう思うなら女子どもと口きくな」
爆豪くんは無理難題を吹っ掛けてきた。さっきの場合、芦戸さんたちのほうから話しかけてきているわけで、そこで口をきくなというのはかなり結構、無理があることのように思う。そう思うのならばせめて、爆豪くんが対応に回るべきだ。
けれどおそらく、そういう正論どうこうの問題ではないのだろう。そのくらいのことは私にも分かった。
「爆豪くんって、私が爆豪くんのクラスの女の子と仲良くしたら、それはやっぱり嫌なんだ?」
「ハァ? んなこと言ってねえだろうが」
「だって、結構露骨に引き離された感じしたから」
そう言うと、爆豪くんがふいにぴたりと足を止めた。私も止まって、爆豪くんの顔を見上げる。
道の真ん中で立ち止まった爆豪くんは、じろりと私を眺めおろし、眉根を寄せた。最近は何か言いたげにしつつ、結局言葉を飲み込むことが多い爆豪くんだ。もしかしたら今回もそうかもしれない、と思ったそのとき、爆豪くんが口を開いた。
「てめえが誰と仲良くしようが、俺にはまったく関係ねえけどな。やんなら俺がいねえときにしろ」
「ああ、……なるほど」
「根暗の分際でデート中に目移りしてんじゃねえ、アホが」
要するに、放っておかれたのが嫌だったのか。
そう思った瞬間、顔が笑いだしていた。爆豪くんが「笑ってんじゃねえ!」と怒鳴るけれど、これでどうして笑わずにいられるだろう。
好きだなと思う。大好きだなと思う。
こんなにも爆豪くんのことが好きなのに、好きだと思うのに、どうして私は、それだけで満足していられないのだろう。
★
根暗を待ち合わせ場所に送り届けてから寮に戻ると、予想したとおり、芦戸たちがわらわら大盛り上がりで寄ってきた。この面倒くせえのを回避するため、できればさっさと自室に戻ってしまいたかったのだが、そういうわけにはいかないらしい。右腕が不自由になってからというもの、面倒ごとを振り切ることが難しくなったのが地味に痛い。
女子たちの行動の素早さを見るに、俺が帰ってくるのを待ち構えていたのだろう。そもそも普段から、芦戸を中心にした女子何人かは俺から苗字の話を引き出そうと、うずうずしている節がある。鬱陶しいことになりやがったと、俺は舌打ちした。
共同スペースには芦戸と八百万、耳郎のほかに上鳴がたまっていた。卓上に課題を広げているところから、上鳴はここで課題を教わっていたらしい。
上鳴は俺の姿を見るなり「リア充のお帰りかよぉ、お土産は!?」といらん絡み方をしてくる。てめえは一生課題やってろ。俺にしょうもねえネタを振るな。
「さ、さ、爆豪。事情聴取の時間だぜー」
「断固黙秘」
「おいしいお茶菓子買ってきてるよー」
「ヤオモモがお茶淹れてくれたからさ」
抵抗もむなしく、俺は共同スペースのソファーに沈められ、あっという間に目の前に淹れたての紅茶と茶菓子を置かれた。これがなくなるまでは、ここから立ち去ることはできないらしい。
「……チッ」
「すみません、爆豪さん。お疲れでしたら……」
「疲れてねえわ」
「ね、ヤオモモ。だから言ったじゃん? 爆豪はリハビリしてデートしても疲れてなんかいないから、コイバナに誘っても全然大丈夫だって」
自慢げに言う芦戸の顔を見て、俺は自分が墓穴を掘ったことに気付く。しまった、今の八百万の言葉に乗っかれば、堂々とこの場から立ち去ることができたのか。
「まあまあ、ほんとちょっと付き合ってくれるだけでいいから」
耳郎がそう言いながら、俺の方に紅茶のカップをずいと押し出す。
「耳郎がこういう話に乗り気なの珍しくね?」
「耳郎だってたまにはコイバナくらいするよねー?」
「まあ、興味ないわけではないかな」
「へー、乙女耳郎じゃん」
「上鳴うっさい」
騒々しい会話を聞き流しながら、俺はこのメンツで掘り返されるだろう話題の程度を、脳内ですばやく計算した。
できることならこいつらには、あまり苗字の話をしたくない。恥ずかしいだの何だのという意味ではなく、単純に、面白おかしいネタとして苗字が消費されるのが不愉快だからだ。
しかし、こいつらがそういう悪趣味なネタ消費のしかたをしないことは、一年以上の付き合いでさすがに俺にも分かっていた。若干一名あやしいやつはいるが、そいつは現在この場にいない。
八百万が淹れたらしい紅茶は、店で飲むのと遜色ない味と香りを馥郁と放っている。苗字と歩いているときにも水分摂取はしていたから、喉が渇いているわけではない。しかし、俺のために淹れられたものを放置していくのは、それはそれとして気が引けた。
仕方がない。紅茶を飲み終えるまでの時間だけ、俺はこいつらに付き合うことにした。
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