柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

(この話以降最終42巻収録の内容が含まれます。原作未読のかたはご注意ください。)

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 配信に最初に気付いたのは、かりあげくんだった。そこからは、誰からともなく携帯を開いた。みるみるうちに、みんなが携帯に釘付けになった。
 ヒーローたちが、雄英生が、彼らと志を同じくする人たちが、その時まさに戦っていた。
 息つく暇もなかった。目を離せなかった。
 目をそらすことができなかった。
 私が見ていないあいだに、もしもそこに爆豪くんがうつったら。
 怖かった。想像するだけで、頭がおかしくなりそうだった。
 映らなければいいのに。爆豪くんがカメラに映るような苛烈な場所にいなければいいのに。ただただ、それだけを願っていた。
 そこに映る人たちはみんなぼろぼろだった。画面の向こうにいる人たちは、誰もが血にまみれ、今にも地に伏そうとしていた。
 だから、そこにあなたがいなければいいのにと、そう思っていた。ただそれだけを、願い続けていた。
 けれどそこで、画面の中で、爆豪くんは笑っていた。
 血みどろで、信じられないような速度で、ありえないような動きをしながら、それでも、笑っていたのだ。
 だから、応援するしかなかった。
「がんばれ……
 離れたところで、勝つところを見ていろと願われたから。爆豪くんの頼みを、私は聞き入れてしまったから。
「がんばれ……!」
 勝って。見てるから。

 ★

 日本中を恐怖と混沌に陥れた大戦の終結から、早いもので二週間が経った。
 あの戦いのあと病院に担ぎ込まれた爆豪くんは、特に重傷をおった腕と心臓、そのほか全身にわたる大けがの手術を経て、どうにか一命をとりとめた。光己さんに聞くところ、生きていたのはほとんど奇跡のようなものだったらしい。術後もしばらくは絶対安静が厳命され、面会謝絶状態が続いていた。
 その爆豪くんのお見舞いが可能となったのが、昨日。あくまで無理せずの範囲で、という条件はあるものの、ようやく家族以外の人間が爆豪くんと面会することを許されるまでになったということに、ひとまず私は安堵した。
 爆豪くんの状態については、すでに光己さんから聞かされている。いまだ交通インフラが復旧しきらない状況ではあるものの、二週間のあいだにどうにか、各地の主要道路だけは通行可能になっている。私はふたたび母とともに、千葉のセントラル病院へとやってきた。

 院内は思ったよりも落ち着いていた。大戦で活躍したヒーローたちが大勢入院しているということもあり、マスコミや応援するファンたちが大勢押し寄せてきているかと思ったが、さすがに今回ばかりは自粛が徹底されているようだ。
 今は復興に向けて、もっとほかにすべきことがある、というほうが正しいのかもしれない。英雄たちをそっとしておく、十分な療養のいとまをと考えるだけの良心が残っていたことに、なぜか私まで安心してしまう。
 ノックをして病室に入ると、まず最初に重装備でベッドに横になる爆豪くんの姿が目に入った。ぱっと見ただけでも、蛇腔で戦った後よりも明らかにひどい状態になっている。
 あれだけの戦闘があったのだ。光己さんからも話を聞いていたし、覚悟はしてきたはずだった。それでも、言葉を失った。爆豪くんの姿が、あまりにもぼろぼろだったから。
 光己さんが、私たちを迎え入れてくれた。
苗字さん、名前ちゃんも。遠いところお見舞いありがとうね」
「こちらこそ、大変なときに押しかけてすみません」
 絶句していた私にかわり、母が光己さんに挨拶する。遅れて、私もぺこんと頭を下げた。頭を上げると、こちらを向いた爆豪くんの赤い瞳と、視線がぶつかる。
「こ、こんにちは……
 妙に他人行儀になってしまい、私は視線を伏せた。
 爆豪くんと私が最後に会ったのも、この病室だった。最終決戦の前、この部屋で爆豪くんと抱きしめあったのが、今となってはもう、ずいぶん前のことのように思える。
 あのときとまったく同じ場所で、私と爆豪くんは再会している。爆豪くんは身体に医療機器をたくさん増やして、傷の数もたくさん増えた。
 上半身だけ挙上したベッド上の爆豪くんが「来んのが遅ェ」と小声でぼやく。母は、爆豪くんのぼやきが聞こえたのか聞こえなかったのか、一歩前に足を踏み出した。そして、何が始まるのかと思いきや、
「活躍、見てました。私たちを、みんなを、守ってくれてありがとう」
 そう言って、母は爆豪くんに深く頭を下げた。
「え、お、お母さん……!」
 思わず、私は母を凝視する。驚いた。まさか母がそんな言葉を用意してきていたとは、まったく思いもしなかったから。
 もちろん爆豪くんに感謝するのは当然のことだ。爆豪くんはあの戦いで間違いなく功労者のひとりだったし、私たちの生活は爆豪くんや、ヒーローたちの活躍の結果守られたものだから。
 けれど、改めて母の口からそういう言葉が出ると驚いてしまった。娘の私ですらこうして驚いたのだ。当然ながら爆豪くんは、初対面である恋人の母親に丁重に頭を下げられ、もっと驚いたようだった。
 爆豪くんは目を真ん丸にして、それから首を前に傾け、軽い会釈のポーズをとる。
「や、んな、そっ…………ねっス」
「ごめん、なんて?」
 もごもごと意味不明な言葉を発した爆豪くん。こんなときだというのに、私は思わず聞き返してしまった。光己さんが溜息を吐く。
「ちょっと勝己、喋んならちゃんと喋りな。すみませんこの子、まだぼんやりしてるみたいで」
「ぼんやりしてねえわ!」
「『いや、そんな頭を下げていただかなくて大丈夫です。体調は大丈夫です心配ないです』でしょ」
「ババア代弁してんじゃねえ!」
「よかった、元気そうで安心しました」
……!」
 にこにこしている私の母に、爆豪くんが固まった。どうやらようやく、恋人の母親に対し取り繕うということに思い至ったらしい。光己さんの言うように、まだぼんやりしているのだろう。あのケガからまだ二週間しか経っていないのだから、それも当然のことではある。
 遅ればせながら、私もベッドに一歩近づいた。手前にある右腕は、処置着から見える部分全部が包帯におおわれ、そのうえからギプスを装着している。覚悟していても、やはりその痛々しさを直視するのはつらい。
「爆豪くん」
「んだよ」
「お母さんに先越されちゃったけど、ありがとう。本当に、ありがとう」
 私もまた、母と同じく頭を下げた。顔を上げると、爆豪くんはじっとこちらを見つめていた。
 右腕だけではない。頭部も顔も、もれなくガーゼと包帯でおおわれた爆豪くんは、つかのま思案するように、無言で私に視線を送っていた。言いたいことがあるというよりも、それはまるで何かを思い出すような、おだやかな顔つきに見える。
 やがて爆豪くんは、私の肩越しに光己さんに向けて言った。
「バ…………母さん」
 完全に私の母を意識した物言いに、ひそかに衝撃を受ける。
「ん、なに?」
「喉乾いた」
「ハァ? 喉乾いたって、あんたまだ勝手に飲食したらだめって看護師さん、」
「飲むもん、買ってきてくんねーの」
 うわっ、と思わず声が出そうになった。爆豪くんらしくない、いつになく年相応の話し方。振り返ると、光己さんはなんとも言い難い複雑な表情をして、ベッド上の爆豪くんを睨んでいた。
 私を挟んで、しばし母と息子の睨み合いが続いた。よく似た整った顔同士が睨み合っていると、挟まれた私はなかなかの迫力を感じる。
 最終的に、折れたのは光己さんのほうだった。
「ったく、しょうがないな。下の売店まで行ってくるから、くれぐれも無理しないように」
「あ、じゃあ私も御一緒しようかな」
 部屋を出ていこうとする光己さんの隣に、母が並ぶ。
「適当に選んだの買ってくんなよ」
「はいはい。時間かけて真剣に選んでくるよ」
 そう言って部屋を出ていく母ふたりに、私は無言で手を振った。どういう顔をしたらいいのか分からない。ここまで母ふたりに「空気を読む」をされると、気まずいどころの話ではない。
 ふたりが部屋から出たのを見届け、それから私は爆豪くんを睨んだ。
「爆豪くん、今のはいくらなんでもちょっと露骨すぎない……?」
「あ? ババアたちいる方が気まじィだろうが」
「いや、そうかな? そんなことないと思うよ」
 今日はお見舞いにきただけで、特に何かしようなんて思っていない。それなのにこうお膳立てされてしまうと、なんだか妙に照れてしまった。
 爆豪くんの視線をかわすように、私は視線をうろうろとさまよわせる。けれどどこを見ても落ち着かず、結局は爆豪くんのベッドのすぐそばに近づくいて、ベッドのふちに浅く腰かけた。
「爆豪くん、さっきの『買ってきてくんねーの』って言い方、可愛かったね。ああいう話し方できるんだ」
「うるせえ忘れろ。殴ってでも忘れろ」
「殴らないよ。忘れないし」
 言って、顔を爆豪くんのほうに向ける。包帯を巻かれた顔が、こちらを向いていた。その顔を見ていたら、ようやく終わったのだ、という実感がわいてきた。胸に熱いものがこみあげてきて、私はしばらく何も言えなくなる。
 爆豪くんは、そんな私を黙って待ってくれていた。
 しばらくして情動が落ち着いてから、ようやく私は口を開いた。
「配信、見てた。すごい、爆豪くん大活躍だったね」
「ハッ、もっと他にねえのかよ」
「ほかって、たとえばどういう? 凄かったとかかっこよかったとか、がんばってたとか心配だったとか惚れ直したとか、そういう?」
「違ェわアホが」
 爆豪くんが、ほとんど呆れはてたという顔をする。そう言われても、言うべき言葉は今のでだいたい全部のはずだ。
 私が困惑していると、爆豪くんがうんざりしたように言った。
「抱きつくでもなんでも、しなくていいのかよ」
「ばっ」
 ばかじゃないの、とうっかり言いそうになって、どうにかそれは飲み込んだ。大戦の功労者に対し、ばかじゃないのはさすがに有り得ない。
 私はじろりと、爆豪くんを見る。これでも点滴の数は減っているのだろうけれど、それでも心臓の手術後の人間相応の数の管はまだつながっているし、腕はギプスで固定されている。頭部には包帯、そして体幹部に腹帯。
 どこからどう見ても、いちゃついていていい人の状態ではない。
「いや、そんなぼろぼろの人に、そんなことしないんですけど……
「誰がぼろぼろだ」
「爆豪くんだよ」
 逆に爆豪くん以外に誰がいるというのか。こんな全身要医療状態の人間に、抱きつくなんてとんでもない。にもかかわらず、爆豪くんはベッドの上で上体を起こすと、比較的無事なほうの左腕を持ち上げた。そして、ん、とでも言わんばかりに私の方に腕を伸ばしてくる。
 包帯でぐるぐる巻かれた腕を差し出され、私はおたおたと狼狽えた。
「や、待って、無理だって」
 そんなハグ待ちをされても、無理なものは無理だ。だってそもそも、この状態の爆豪くんにふつうに触れるのさえ怖い。というか爆豪くんって、そういうことをするタイプの人だっただろうか。そんなタイプの人じゃなかったはずなのだけれど。もしかして物凄い戦いのすえに、ちょっとねじがゆるんでしまっているとか。そういえば光己さんもさっき「ぼんやりしてる」と言っていたしな……
 及び腰になる私にかまわず、爆豪くんは腕をこちらに差し出し続けている。
「腕疲れるだろうが、さっさとしろや」
「や、だって」
「んだよ。前ンときはそっちから無理やりしてきただろうが」
「嫌な言い方する……
「で、すんのかしねえのかどっちだよ」
 爆豪くんにせまられ、私はぐっと言葉に詰まった。これは多分、ハグしないと諦めてもらえないやつだ。時間稼ぎに走り、どうにかこの場を切り抜けたとしても、後からずっと根に持たれるやつだ……
 頭を抱え、私はうなった。そしてもう一度、爆豪くんの全身の状態を観察する。腹帯をしているから、少なくとも胸から胴にかけて体重をかけるのはよくない。腕も、右腕はギプスをしているし、左は左でいろんな点滴がつながっている。
 肩のあたりにそっと、できるだけ身体がふれないようにすれば、どうにかいけなくもないか……? もちろん爆豪くんのことを動かすわけにはいかないから、全面的に私が爆豪くんの姿勢に合わせることになるけれど。
 爆豪くんは、何も言わずにじっと見ている。日頃の振る舞いのせいで、黙っているほうがよほど怖い。
 私は腹を括った。
「じゃあ、お言葉に甘えて……少しだけ」
「前置きが長ェ」
 一度ベッドからおりると、私は爆豪くんに向き直った。ゆっくりと腕を伸ばして、爆豪くんの首にまわす。身体を寄せながら、密着はしてしまわないように、細心の注意を払った。抱きしめる力も、入れすぎてしまわないように。過去三度の爆豪くんとのハグのなかで、今回が一番、心臓に悪かったのではないだろうか。そんなハグだった。