柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 爆豪くんの様子を見つつ、私はゆっくりと、そっと爆豪くんを抱きしめた。上半身をおこして座っている姿勢とはいえ、爆豪くんはベッドの上にいる。けが人のベッドの上に乗り上げるのも気が引けた結果、抱きつく私は無理な姿勢をしいられることになった。姿勢を維持するのがなかなかつらい。
 爆豪くんの硬い毛先が私の頬や耳にふれる。静かな息遣いとともに上下する肩が、爆豪くんが生きていることを私に実感させる。
 爆豪くんが、ゆっくりと私の背に手を回した。左手で私の背を、ぽんぽんと軽くたたく。そうされていると、なぜか私のほうがあやされているようだった。私はねぎらう側なのに。
 けれど、爆豪くんらしからぬ優しい力で背をたたかれていると、張り詰めていたものがゆっくりほどけ、ほっとするのもたしかだった。
 避難所に入る前、爆豪くんと病院で別れてからずっと、本当はずっと怖かった。
 爆豪くんが帰ってきてくれてよかった。
 爆豪くんが生きててくれてよかった。
 また爆豪くんに会えて、よかった。
「本当に、怖かったんだよ」
 涙声で発した言葉は、文句ととってもらえないくらい、弱弱しいものだった。
「あンくらいで俺が死ぬわきゃねーだろ」
「嘘じゃん。死にかけてたって、いろんなひとに聞いた」
「誰だ、んなクソデマ流してやがんのは……
「爆豪くん以外の全員だよ」
 光己さんからも、芦戸さんからも聞いていた。じつは爆豪くんが目をさますまえに、芦戸さんから何度かメッセージをもらっていたのだ。
 おそらく、爆豪くんが私に連絡をいれるどころではないと気付き、気を遣ってくれたのだと思う。あれだけの戦いの後に、そんなに話したこともない友人の恋人に「大丈夫」と連絡をくれるなんて、芦戸さんは本当にすごい人だ。
 ともかく、そういう爆豪くんのまわりの人のおかげで、配信では分からない部分でも爆豪くんがかなり危ない状態だったということは、私にもちゃんと知らされていた。
「爆豪くんが死ななくてよかった」
「当然」
「生きててくれてありがとう」
「同義語」
「また会えただけでこれ以上ないくらい嬉しい」
「てめえン中にはそれしかねえんか」
「そうだよ、これしかないんだよ」
 最後にぎゅっと、少しだけ腕にちからを込めてから、私は爆豪くんと身体を離した。名残惜しいような気はするものの、爆豪くんに無理をさせるわけにはいかない。それにそろそろ、母ふたりが戻ってきてもおかしくない頃だ。
 近くの椅子に腰掛け、私は爆豪くんにつながったモニターを見た。心拍数も呼吸数も、まったく上昇していなかった。傷病人相手なので、ここはほっとするところだろう。
 爆豪くんがベッドに頭と背をつけ、ふうーと長く息を吐きだした。しんどいのだろうか、と少しだけ心配になったけれど、爆豪くんの顔色は悪くなく、モニター類がアラームを鳴らすこともなかった。
 はらはらしながら少しのあいだ様子を見る。爆豪くんが「大袈裟だろ」と鼻を鳴らした。たぶん、心配していたのがすべて顔に出ていたのだろう。
「そりゃあ心配くらいするでしょ」
「んなことより、喋んならもっとマシな話しろ」
「マシな話ってなに。またそういう無茶ぶりを」
「なんかあんだろ。根暗の人生は根暗なりに」
「そりゃあ、まったくなくもないですが」
 とはいえ、私の人生のトピックといえば、たいてい爆豪くん絡みのことだ。何か話をしろと言われれば、爆豪くんの話くらいしか話題がない。
 しかたがないので、爆豪くん相手に、爆豪くんの話をすることにした。
「会えないあいだ、爆豪くんが帰ってきたらしたいこと、たくさん考えてた」
「たとえば」
「遅くなったけど、爆豪くんの誕生日パーティーしたいな、とか。プレゼントは用意できないかもしれないけど、ケーキくらいなら何とかなるかもしれないし」
「あとは」
「お疲れ様会もしたいよね。爆豪くんのことをめちゃくちゃ労う会」
「ほか」
「付き合って一年の、記念日をお祝いしたい」
 そう言った瞬間、爆豪くんが口をつぐんだ。黙り込んだ表情を見て、私の胸を衝撃が走る。
「え、たしかにこんな状況ではあるけど、さすがに一年の記念日忘れてはいないよね?」
……
「うそ、本当に忘れてた?」
……チッ」
「舌打ちすればごまかせるとかないから」
 リアクションから察するに、どうやら爆豪くんは本当に、付き合って一年の記念日を忘れていたようだった。
 いや、まあたしかにそれどころではなかったし、カレンダー的には大幅に過ぎてしまって今更感のあるイベントではある。そもそも私と爆豪くんは、これまで記念日なんてものをほとんど全部スルーしている。
 もしかしなくても、私ひとりが浮かれていただけだった。
「別に、無理にとは言わないけども……
 気落ちしてしまうのはどうしようもないが、一応そう付け足しておいた。
 考えてみれば、爆豪くんの身体がこの状態では、お祝いをしている場合ではない。爆豪くんだってこれから始まるリハビリやら何やら、しばらくは忙しい日々が続くだろう。
 そんなところに付き合って一年記念日、なんて私の自己満足のイベントを無理やり突っ込むことが難しいのは、こちらも重々承知している。
 爆豪くんが無理というのなら、こちらとしては諦めるしかない。今回はタイミングが悪かった。
 そう思い、爆豪くんの反応をうかがうと、
……記念日っつったって何やんだ」
 爆豪くんがだるそうに、視線をそらして言った。
「大したことできねえのは分かってんだろ」
「写真でも撮ればいいんじゃない?」
「ふざけんな! クッソ適当すぎるわ、もっと他にあんだろうが!」
「え、逆に乗り気……。他ってなに、たとえば?」
「手紙書くとか!」
「爆豪くん今は手紙書けないでしょ……
「てめえが書けや!」
「えええ、一方的に? 気まず……
「気まずかねえンだよ!」
「ちょっと勝己、あんたのデカい声、病室の外まで聞こえてんだけど」
 ちょうどそこへ、母ふたりが帰ってきた。よって、この話はなあなあのまま打ち切りになった。
 爆豪くんはナースステーションからやってきた看護師からも叱られ、「このままうるさいと退院させますからね」とのお小言に「上等だわ今すぐ退院させろや!」と言い返す暴挙をはたらき、光己さんにしこたま叱られたのだった。

 夕方前に、母と私は病院を出ることにした。今回も千葉の叔母の家に泊めてもらうことになっている。今回は母も一緒に一泊して、明日もう一度爆豪くんのところに顔を出してから、静岡に帰る予定になっていた。
 爆豪くんはこのまま順調に快方に向かえば、二週間程度で静岡の病院に転院できる見込みだという。その場合、セントラル病院にお見舞いに来るのはこれが最後になるだろう。転院がかなえば、お見舞いに行くのももう少し楽になる。
 帰り際、光己さんが一階まで見送りに一緒にきてくれた。運転の前に手洗いに寄りたいと母がいうので、それを待つあいだ、私と光己さんはふたりきりになった。
 一階の待合室のソファーに腰掛ける。このソファーに座るのも、蛇腔戦のあと爆豪くんが搬送されたとき以来だ。あまりいい思い出がある場所ではないけれど、あのときと今とでは、同じ場所でもまったく違う場所のように思えた。BGMで流れるピアノの音楽が耳に心地いい。
 それにしても、一年記念日に手紙か。爆豪くんが言っていたことを思い出しながら、私はぼんやりと壁の時計に視線を向ける。
 一年記念日をやりたいというわりに、特に具体的な何かを考えていたわけではなかったけれど、たしかに手紙はいいかもしれない。私が一方的に渡すことにはなるのだろうけれど、それはこの際かまわない。
 どのみち現在の流通の状況では大したものは用意できない。であれば、お金をかけずにお祝いするのに、手紙はうってつけのように思えた。さすが爆豪くん。態度と物言いがひどいだけで、基本的には爆豪くんの言うことに間違いはないのだ。
 と、そんなことを考えていると、
「あのさ、名前ちゃん。勝己とのこと、なんだけど」
 隣に座っていた光己さんが、おもむろに口を開いた。その声につられて、私は光己さんの方を向く。直前までの思考は、光己さんの方を向いた瞬間に、頭の奥にしまいこまれた。
 光己さんは、真剣な表情で私のことを見つめていた。大きな窓からさしこむ夕日が、光己さんの顔を横から赤く照らしている。
「本当は前に会ったとき、話そうと思ってたんだ。でも、結局言いそびれちゃって。ただ、ここまで来たら話さないわけにはいかないと思うから、だから、言っておく」
「はい」
「うん。まあ、なんていうかな……見てのとおり、勝己は今、あんな状態なわけだけど。だからさ、もしもこの先、名前ちゃんが本当にしんどくなってしまったら、そのときは名前ちゃんは無理に付き合っていく必要はないんだからね」
「え……
 思いがけない話に、私は困惑した。その困惑を察してか、光己さんは慌てて「違う違う」と言葉をついだ。
「違うよ。もちろん勝己と別れろとか、そういう話ではない。断じて、ね」
 そう言って光己さんは、ふう、と一度大きく息を吐きだした。その顔を見て、はっと胸を衝かれる思いがする。
 あの戦いを配信で見ていたのは、当然ながら私だけではない。避難先の雄英で、きっと光己さんは呼吸もできなくなるような思いで、爆豪くんの戦いぶりを見ていたのだろう。そしてそのあとも、今日までの二週間ずっと、厳しい状況の爆豪くんの容態を間近で見続けてきた。
「勝さん……勝己の父親とも昨日、話してたんだけど……。あたしら親は、勝己がああいう子だって分かってて育ててきたし、十六年、いや十七年か……、十七年育ててきて、言い方変だけど耐性? ていうのかな、まあそういうのが多少はあるんだよ」
 そう言って光己さんは、眉を下げてくしゃっと笑った。
 私のまだ見たことがない表情ではあったけれど、きっと爆豪くんも本気で笑ったらこういう顔になるのだろう。そう思ってしまうくらい、爆豪くんとそっくりな顔だった。
「そりゃあできることなら、ケガも病気もせずにいてほしいとは思うけど、勝己にそういうことを願うのは無理ってもんだなっていうのも、もう分かっててさ。だから今はとにかく、ケガしててもなんでも、帰ってきたときには支えて、そんでまた送り出そうって決めてる。雄英に入ったときから、それはずっとそうなんだよ。親の責任っていうのかな」
……はい」
「でも、名前ちゃんは違うよね」
 光己さんの声は、強かった。
 責めるでも、糾弾するでもない。ただ、強く、深く、爆豪くんのことを思うのと同様に、私のことをも案じているのが分かる、そんな声だった。
名前ちゃんが勝己のそばにいてくれるのは、正直に言うと本当にありがたい。本っ当にありがたいんだよ。でも、勝己を支えていくのって多分、本当にしんどいことだと思うんだ。特にこれからは多分、もっと大変になっていく。まだ子どもで、自分も見守られる側の名前ちゃんが、どこまで勝己に寄り添って支えていくのかって考えたときに、あたしは無理はしてほしくないなと思う」
 そう言って、光己さんはそっと私の手を握った。
 以前にも一度、そうされたことを思い出す。あのときもやはり、光己さんとふたりでこの待合室にいた。爆豪くんが手術中で、怖くて怖くて仕方がなくて、それでも私にはどうすることもできなくて。
 静岡に帰る私の手を、光己さんはこうして、今と同じようにやさしく握ってくれたのだ。
「お願いだから無理はしないで。つらくなって、耐えられなくなって、おりたくなったなら、いつだっておりていいんだからね。名前ちゃんには名前ちゃんの人生と未来がある。たとえ名前ちゃんがどういう選択をしたとしても、私たちは誰も名前ちゃんのことを責めたりしないから」