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柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(4)
サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。
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電車と新幹線を乗り継いで、ようやく自宅に帰り着いたのは、夜もすっかり更けた頃だった。
帰り道のことはほとんど覚えていない。あんなにぼんやりしていたのに、はじめて乗った路線で乗り換えを間違えなかったのは奇跡としか言いようがない。
帰宅の途に就く道すがら、携帯でニュースを確認しても、事件現場にインターン生がいたという情報は一切上がっていなかった。せいぜいが、蛇腔で雄英生のインターンが避難誘導と救助活動にあたった、というところまでだ。
あの場に爆豪くんがいたという証拠は、どこにも存在しない。
帰宅し、光己さんに帰宅の連絡を入れてから、用意してあった夕飯にありついた。母はすでに帰宅して、私の帰りを待っていてくれた。父は今日も夜遅い帰りになるという。
「いただきます
……
」
食事をはじめてすぐ、私の正面の椅子に、いつになく真剣な表情の母が座った。
「大丈夫だった?」
「うん、なんとか」
疲労のせいか、それとも爆豪くんのことで頭がいっぱいになっているせいか、受け答えが心ここにあらずになっているのが、自分でもわかった。母はじっと、食事を口に運ぶ私のことを見つめている。やがて、母が静かに言った。
「お母さんも明日、爆豪くんのお見舞いに行くことになったから」
「え
……
、え!? なんでそんなことになってるの」
思いがけない話に、箸でつまんでいたとんかつを、思わず皿の上にぽとりと取り落とす。呆然とする私に、母は溜息を吐いた。
「さっき爆豪さんから連絡いただいてね、とにかくそういうことになった」
はあ、と間抜けた声を出す。別れ際の光己さんはたしかに、あとでうちの母に電話すると言っていた。けれどそれはもっと、状況が落ち着いてからの話だろうとばかり思っていた。
私が電車に揺られているあいだに、母親同士で話し合いがもたれたのだろう。あまりにも迅速だ。私はもう食事どころではなく、固唾をのんで母を見つめた。
「爆豪くんの容態を聞いたら、ひとまず手術は成功して、二、三日中には目が覚めるだろうってお医者さんから言われたそうだけど、
名前
はそれ聞いてる?」
「や、ううん、聞いてない。私がいたときはまだ手術中だったから、帰ったあとだったのかも」
そうなの、と呟いて、母はしばらく沈黙した。私もまだ頭がうまく働かず、母に倣って口をつぐむ。
つけっぱなしのテレビからは、ずっと臨時のニュースが流れ続けている。崩壊して更地になった蛇腔の映像は、すでに見飽きるほど流れていた。日が沈んでも、夜が更けてもまだ、救助活動に奔走するヒーローがいる。報道される死傷者の数は、どんどん増え続けている。
これまでの私ならば、大変だなと思いながらも、さっさとテレビを消してしまっていたことだろう。時事問題として頭に入れるくらいはしたかもしれないけれど、それでもその程度だ。
数字、固有名詞。要約。それらはただの情報でしかない。ヒーローの活躍に興味はない。彼らが戦い、救う場所はいつもどこか遠くだった。
けれど今はもう、そんなふうに距離をとることができない。他人事ではいられなくなってしまった。
あのときたしかに、爆豪くんはそこにいた。詳しい配置などは何も知らされていないけれど、爆豪くんの強さとケガの度合いを考えれば、私にだってその程度の想像はつく。
目をそらしてはいられない。
たとえ自分に何もできることがなかったとしても。
直視したところで、無力感をつきつけられるだけだとしても。
知ってしまったら、見て見ぬふりはできない。
母がテレビに視線を向けたまま、言う。
「爆豪さんから電話で聞いたけど、
名前
、本当に爆豪くんのお見舞いに行くの?」
「行く」
即答だった。それ以外の答えなど、私は持っていない。
「分かってると思うけど、
名前
が行ってもできることなんか何もないよ。爆豪さんのおうちにもご迷惑になる。それでも行くって言ってるの? それは
名前
のわがままで、自己満足なんじゃないの?」
「
……
」
母の言葉は正しかった。そんなことは痛いほど実感している。
事実、さっきまで光己さんと一緒にいたあいだも、私にできることは何もなかった。その状況は、きっと明日以降も変わらない。私がお見舞いにいったからといって、爆豪くんが早く目を覚ますわけでもない。爆豪くんの家族にとっての、気休めにすらなりはしない。
「お母さんは、行かない方がいいと思う。
名前
はまだ子供だし、お母さんは同じ親として、爆豪さんの気持ちも想像できる。爆豪さんは今、
名前
にかまってる余裕なんかないはずだよ。家族じゃないお客さんがひとりいるだけで、爆豪さんに気を遣わせるのは分かるよね。遊びにいくんじゃないんだよ」
箸を置く。母は視線を私に向けた。
「
名前
、そういうことちゃんと分かってるの?」
「分かってる。分かってる、けど
……
」
けれど、何も言えなかった。気持ちだけは、もて余すほどに持っている。けれどいざ論理的に反論しようとしても、そうするためのなにかを、私は持っていなかった。
気付けばなかば無意識に、イヤーカフにふれていた。そのことに気付き、自己嫌悪にちかい感情を抱く。
今つらいのも、苦しんでいるのも、頑張っているのも、私ではなく爆豪くんだ。それなのに今、こうして何事もなく食事をしている私のほうが、爆豪くんからもらったアクセサリーに救われようとしていた。無意識に爆豪くんにすがろうとした。
言葉もなく、私は母の顔を見返した。母の顔はずいぶん疲れているように見えた。それはきっと、仕事のせいだけではない。こんなふうに日本中が大騒ぎしているときに、光己さんと一緒だったとはいえ、一人娘の私が千葉の病院まで無断で出掛けていたから。そしてこんな遅くになるまで、帰ってこなかったから。
光己さんと母のあいだにあったであろう会話を思う。爆豪くんはプロヒーローに混ざって自分の仕事を果たした。重傷をおってでも、自分のすべきことをした。
それに引き換え私はまだ、誰からも子供あつかいされている。当然だ。私には、何の実績も、実力もない。今の私にできることなんて、ほんのひとつもありはしない。
くちびるを噛む。情けなくて、ふがいない。私はいつまで経っても、爆豪くんに追いつけないままだ。
それでも、何もせずただ待っているだけなんて、私にはできなかった。そう思うことが子どもの思考だと分かっていても、止められない。
と、そこで母がまた口を開いた。
「って、お母さんはさ、そう思うんだよ。でも、爆豪さんは
……
。爆豪さんは、うちでよく相談して、もしもお母さんとお父さんがいいのならぜひって、言ってくれた」
「え
……
」
「来てもいいよって、来てくださいって、言ってくれたんだよ。お母さんはお邪魔になるでしょうからって言ったけど、そうじゃないからって。それ聞いてお母さん、
名前
が、今までちゃんと爆豪くんのご両親に、信頼してもらえる、大丈夫だと思ってもらえる態度をとってきたからこそなんだなって、そう思った」
母はそこで大げさに溜息を吐き「家でもそのくらいしっかりしてくれればねぇ」と笑った。
「お母さんさっき、千葉のおばさんに連絡しといた。春休みのあいだくらいなら泊まってもいいよっておばさん言ってくれたから、長くて三日くらいはどうにかなると思う。それ以上はいろんな人のご迷惑になるから、状況がどうなっていても、必ず帰ってきなさい」
「お母さん
……
」
胸がじんと痺れる。母と、光己さんのふたりの気持ちを考えたら、目頭がぐっと熱くなった。泣いている場合じゃないのに。
「食べるものとか交通の手段とか、いろいろ困ったことがあっても爆豪さんのおうちには言わないこと。向こうのほうが今大変なんだからね、押しかけていった
名前
が仕事を増やすようなことは、絶対にしないこと。それだけちゃんと約束できる?」
「できる。する」
勢い込んで返事をした。母は私から目をそらすと、そのまま顔をテレビに向け、つぶやくように言った。
「爆豪くんが大変なのも、
名前
が心配でおかしくなりそうになってるのも分かる。分かるけど、
名前
だってまだ十六歳の子どもなんだよ。できることだけ頑張って、無理しないように」
★
翌日、私は母とともに電車を乗り継ぎ、ふたたび千葉へと向かった。
千葉のおばさんというのは母方の叔母のことで、現在は地元を離れて千葉で友人と暮らしている。それほど行き来があるわけではないけれど、毎年年始には顔を合わせるし、旅行にいくとお土産を買ってきてくれたりするので、昔から私はこの叔母によく懐いていた。
叔母の家はセントラル病院から電車で三十分ほどのところにある。現在、多数のヒーローを収容したセントラル病院では厳戒態勢がとられ、来院制限はかなり厳しくなっているものの、爆豪くんのご両親の口添えもあって、私はどうにかお見舞いに通うことを許された。
ただし、世間では凶悪な脱獄囚が大量に解き放たれたとあって、治安は近年では最低レベルに落ちている。病院から叔母の家までの行き帰りは、必ず大人に送迎を頼むようきつく言い渡されていた。
母の言いつけを守り、送迎は爆豪くんのご両親に頼むことはせず、叔母と、叔母と暮らしている叔母の友人に頼むことになった。ふたりとも快諾してくれた。
「といってもこの辺は今、かなりヒーローの密度が高いんだよね。ほら、セントラルに主要ヒーローが入院してるから、その関係で。だからむしろ、こっちにいた方が安全なのかもしれないよ」
私を病院まで送る車のなかで、叔母がそう説明してくれた。都市部はどこもひどい有様だという。脱獄のニュースを見た母からは「やっぱりお見舞いやめておいたら?」とかなり渋られたものの、平日は父も母も朝から仕事に出てしまう。結局、私が家にひとりでいるよりはまし、ということになったのだった。
母は今日だけ仕事を休んだ。私に付き添い、爆豪くんのお見舞いに行くためだ。
とはいえ、両親ともいつまで仕事があるのかあやしいところだ。とにかく世間が混乱しすぎていて、まともな社会基盤は今後どんどん失われていくという見立てが、すでにインターネット上を席巻している。
「それにしても、
名前
ちゃんが彼氏のために、こんな大冒険するような子に育つとはねぇ」
「本当にねぇ、そういうタイプじゃなかったはずなんだけど」
「彼氏に引っ張られてるんだよ」
気楽なことを言う叔母に見送られ、私と母はセントラル病院の正面玄関に入る。病院前はマスコミでごった返している。彼らは早くもヒーローたちがここに集まっていることを、かぎつけているようだった。
その日は午後からずっと爆豪くんのもとにいたけれど、爆豪くんは目を覚まさなかった。ときどき看護師と医師がやってきて、爆豪くんに取り付けられた機械を確認したり、バイタルを測定したりしている。爆豪くんのクラスメイトが病室をのぞき、挨拶していくこともあった。
これがもっと他のときだったら、爆豪くんのクラスメイトにここぞとばかりに、いろんな話を聞きたがったかもしれない。けれど今は、とてもそんな気分ではない。挨拶といっても本当に簡単に言葉をかわすだけで、それ以上に深入りすることはしなかった。彼らもまた、必要以上に、私に話しかけたりはしなかった。
切島くんと芦戸さん、麗日さんとは少しだけ話したけれど、ほとんど話は弾まなかった。
爆豪くんにあてがわれた病室はずいぶん広かったので、そうそう邪魔になるということもなかったけれど、それでもできるだけ部屋の端のほうで椅子に腰かけていた。
母は爆豪くんのご両親と少し話をして、しばらくしてから静岡に帰っていった。こまめに連絡するようにと、何度も念を押していった。
光己さんや爆豪くんのお父さんは、交代で付き添うことになったらしい。まだ目を覚ましてはいないものの、命の危険があるような状況はすでに脱したとのことで、誰かしらがそばについていればいい、という状態まで落ち着いていた。
光己さんと爆豪くんのお父さんが休憩のため病室を出ていくタイミングで、ときどき私ひとりが病室をまかされることがあった。ベッドサイドに座って、酸素マスクをつけられ目を閉じたままの爆豪くんを見つめる。
「眠っているだけに見える」と光己さんは言っていたけれど、私にはそうは見えなかった。爆豪くんの寝顔を見たことがなかったから。
「爆豪くん、はやく起きないと、春休み終わっちゃうよ」
小さな声で、爆豪くんにささやきかけた。聞こえているはずがないと分かっていても、こうしてそばにいると話しかけたくなってしまう。そうでもしないと、爆豪くんがずっと目を覚まさないような想像に憑りつかれてしまいそうで怖かった。
動かない爆豪くんを見るのは、これがはじめてのことだ。私の目の前にいる爆豪くんはいつだって、真っ赤な瞳で世界を睨み、お行儀悪い口調で暴言を吐いていた。
そんな爆豪くんのことが、最初はひどく厭わしかった。嫌いで、不快で、苦手だった。
今は一秒でも早く、その瞼を開いて燃える瞳を見せてほしい。一秒でも早く、こんなうっとうしいマスクなんか取り払って、根暗と私を呼んでほしい。
「ねえってば、爆豪くん」
聞こえとるわ、うるせえ根暗。そんな返事がかえってくることもない。ふたりきりの病室で、ただ心電図モニターの機械音だけが、規則正しく爆豪くんの心音を伝えていた。
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