柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 金曜日、授業を終えた私は爆豪くんとの待ち合せのため、時間を調整してから駅に向かった。
 今日は爆豪くんのリハビリの日だ。病院まで一緒に行き、どこかで食事をして帰る。そういうデートが、ここのところは定番化している。
 右腕を使えなくなってまだ二か月も経っていないというのに、爆豪くんはすでに生活の大部分をひとりでこなせるようになっている。箸も使えるようになって、私に何かを手伝いを求めることも減った。
 爆豪くんの負けん気の強さとプライドの高さが遺憾なく発揮された結果であることは、むろん言うまでもない。都度都度、頭を下げるくらいなら、血のにじむような努力も辞さない。ヒーローになるというぶれない進路に間に合わせるためでもあるのだろうけど、とにかく腹を決めた爆豪くんは凄まじい。
 病院までの付き添いも、爆豪くんが必要としているわけではなく、単に私が一緒にいられる時間として有効活用しているだけだ。とはいえ爆豪くんも、通院の日には私に予定をちゃんと共有してくれる。寮に戻るという選択をした時点で、これまでほどではないにせよ、爆豪くんの生活に一定の制限が残るのは事実。そのあたりへの補填、とでも考えていそうだなというのを、爆豪くんを見ていてうすうす考える。
「爆豪くん、本当にまるくなったよね……
 地下鉄に揺られながら、私はしみじみと言った。片腕が使えなくなっても、爆豪くんはあまり座席に座りたがらない。腕だけではなく心臓も本調子ではないのだから、優先席でもなんでも堂々と座ればいいと思うのだけれど、頑として拒否している。体幹が強いのか、よほどふらつくこともないけれど、見ているこちらはひやひやする。
 座席横の手すりに体重をあずけた爆豪くんは、
「まるくなってねえ」
 ぼそりと不満げに返事をした。がたごと揺れる地下鉄のなかで、今日も爆豪くんは健康体の私以上にしっかりと立ち姿を保持している。
 話題はここのところの爆豪くんについて。先ほど、この後どこで食事をするか相談していたさいに「好きなとこ選べよ。俺ァどこでもいい」と、投げやりでも何でもなく言われたところから、まるくなったという話になったのだった。
 前までの爆豪くんだったら、同じ内容を伝えるのでも「半端な店選びやがったら殺す」くらい言っていた。いちいち物騒な物言いをしないと始まらないのが爆豪くんだったのに。
「いや、やっぱりまるくなったと思うよ。最近ちょっと暴言の数も減った気がするし」
「減ってねえんだよ。てめえの耳が死んどるだけだわ」
「耳はおかげさまで絶好調なんだけどね。ていうか、まるくなったって誉め言葉だよ。そんな一生懸命否定しなくても」
「一生懸命とか抜かしてんじゃねえ」
「わかったわかった」
 何を言っても反論でかえってくる。それでこそ爆豪くんだとは思うけれど、面倒になって私は話を打ち切った。
 ふと辺りを見回せば、同じ車両の少し離れたところで、大学生くらいの集団がこちらを見てひそひそしている。爆豪くんは今や日本でも指折りの有名高校生なので、こうして公共交通機関を利用していれば、注目を浴びることもしょっちゅうだ。先ほどまでのガラの悪い発言が聞かれていないといいなと思いつつ、私も少しだけ表情を引き締めた。
 視線を爆豪くんに戻す。爆豪くんもまた私を見ていたらしく、ばちりと視線がぶつかった。もの言いたげな顔をして、爆豪くんが私を睨む。
「つーか、てめえこそ……
「私がなに?」
 肝心なところを言わずに言葉を濁した爆豪くんに、首をかしげて先を促す。けれど爆豪くんは何か言いたげにするだけで、続きの言葉を口にはしない。
 結局、爆豪くんは舌打ちをして、
……気色悪ィこと企んでんじゃねえだろうな」
 まったく身に覚えのない因縁をつけてきただけだった。
「何それ。私は何も企んでないけど。企んだこともないし」
「つーか耳、学校につけてっていいのかよ」
 自分で振ってきた話題にもかかわらず、私を無視して豪快に話をかえる爆豪くん。私は右耳のイヤーカフに指先でふれて答えた。
「学校につけていくのはよくないよ。これはだから、さっき駅で爆豪くん待ってるあいだにつけた」
「バレたらまずいんじゃねえの」
「大丈夫じゃない? うちの学校、そんなに校則厳しくないし。放課後にアクセサリーつけるくらいセーフだよ」
 夢咲女子はお嬢様学校ではあるけれど、校則は近隣の高校と比べてもかなりゆるい。少しくらいゆるめたところで、羽目を外しすぎない生徒が多いからだろう。
 そもそも今は、放課後の校外での服装にまで目を光らせていられる状況でもない。普段はこれでも品行方正な生徒をやっているので、もしも万が一バレたところで、少しくらいは大目に見てもらえるだろう。
「まあ、校則違反になるようなことはしてないから、安心してよ」
「なんだ、安心って。てめえが校則違反しようが、俺にゃまったく関係ねえわ」
「え、私が校則違反したら嫌じゃない?」
「心底どうでもいい」
「ふうん……
 これだけ世間の注目を浴びているのだから、付き合う相手も品行方正で問題がない相手の方がいいと思うのだけれど。そんなことを考えているうちに、地下鉄は目的の駅に停車した。

 爆豪くんがリハビリをしているあいだ、私はリハビリ室のすみっこで、立ったまま見学をすることにしている。近くにいても邪魔なだけだろうし、かえって爆豪くんの気が散るだろう。
 リハビリ中の爆豪くんは当然ながら真剣だ。ならば私にできることは、邪魔せずひっそりと応援することだけ。爆豪くんが頑張っている姿を見せてもらえればそれでいい。
 爆豪くんは担当の理学療法士と何やら話し込んでいる。私はちょっとした体育館のようになっている室内を、ぐるりと見回した。
 爆豪くん以外にも、老若男女何人かが同時進行で、それぞれリハビリに励んでいる。義肢を装着した状態での動作を訓練しているひともいれば、萎えた四肢を少しでも使えるようにと訓練している人もいる。一口にリハビリといっても、程度も内容もさまざまだ。
 そんな彼らを見ながら、私は想像する。
 もしも私の腕の、もしくは足の、身体機能が失われたら。
 かりに腕の機能が失われたら、かなり困ったことになる。爆豪くんのような片腕での生活に適応するにも、私だったらもっと膨大な時間を要するだろうことは想像に難くない。足でもやはり同様だ。
 それでもきっと、私は今の爆豪くんほど必死には、リハビリに励みはしないと思う。日常生活のための動作の習得までがせいぜいだ。
 爆豪くんと違って、私の日常生活には個性は必要ない。個性をふたたび使うべく、先の見えないリハビリに励む爆豪くんより、あっさり義肢に切り替えたミルコのほうが、むしろ考え方としては私にちかい。むろん、すべては思考実験でしかないから、実際にそういう状況に直面した場合には、もっといろいろと葛藤や悩みがあるのだろうとは思うけれど。
 ここでリハビリをしている人たちのなかには、リハビリによって身体機能を取り戻すことで、個性も回復する人が一定数いるのだろう。同じように、身体機能を取り戻したところで、個性が回復しない場合も往々にして存在する。個性が公正・公平で平等なものでない以上、ここにもまた不平等が存在する。
「リハビリに興味でもあるのか?」
「えっ」
 思索にふけっていたところに、ふいに声をかけられ驚いた。いつのまに来たのか、私の隣には黒づくめの男性が、気配もなく立っている。
 すらりとした長身をまったく活かそうとしない、くたびれた風貌。ぼさぼさの頭髪には見覚えがあった。見覚えどころか、つい最近言葉を交わしてもいる。
「お久しぶりです、イレイザー・ヘッド」
 私が頭を下げると、イレイザー・ヘッドも「どうも」と、うなずきとも会釈ともつかない動きをした。壁に背を預け、視線はさっきまで私が向けていたほう、リハビリ中の爆豪くんへと向けたまま、イレイザー・ヘッドは言う。
「たしか、苗字さんだったな」
「はい。苗字です」
苗字さんは爆豪の付き添いか」
「えっと……、はい。ご存知だったんですね、私と爆豪くんが付き合ってること」
「まあ……担任だからな」
 がりがりと頭をかくイレイザー・ヘッド。いつから私と爆豪くんのことを知っていたのだろうか。復興作業のときからかもしれないし、もしかするとそれより前、セントラル病院に面会にいったときから知っていたのかもしれない。
 ヒーロー科はクラスメイト同士の絆が強い印象があるけれど、命を懸けた戦闘を経験していることもあって、担任と生徒の絆もまた普通以上に深そうに見える。爆豪くんが自分から担任に私の話をするとは思えないけれど、爆豪くん以外の誰か、クラスの誰かから聞いたということはじゅうぶんに有り得た。
「イレイザー・ヘッドも爆豪くんのリハビリを見学しに?」
「担任だからな」
 イレイザー・ヘッドはさっきと同じ言葉を繰り返す。
「全快じゃない状態で寮であずかっているからには、あいつがどういう状態なのか、担任として最低限知っておく必要はある」
「爆豪くん本人から聞くのではだめなんですか?」
「あいつは盛るだろ、若干」
「たしかに……
 爆豪くんは多少の無茶無謀にも「できらァ!」と反射で返すような人間だ。ケガを経て多少は無茶をしなくなったものの、いまだに「できない」を認めるときには悔しそうにする。
 そんな爆豪くんの現状を正しく把握するためには、専門家の意見を聞き、自分の目で見るのが一番というのは、たしかに合理的な判断だった。 
「相変わらず、こういうことに興味があるんだな」
 今度はイレイザー・ヘッドが言う。質問ともつかないその言葉に、首をかしげる。
「え? 興味、ですか?」
「前に俺とも義肢の話をしただろう。いや、あの時は俺から話を始めたんだったか……
 いかんな、物忘れが、などと言いながら、イレイザー・ヘッドは私に視線を向けた。
「それに付き添いのわりには、さっきから爆豪以外の、ほかの人たちのリハビリを真剣に見ている」
 イレイザー・ヘッドにそう言われて、それもそうだと気が付いた。
 もちろん爆豪くんのリハビリの見学が第一の目的ではあるけれど、爆豪くん以外のリハビリ患者にまで視線を注いでいるという、その自覚は私にもある。イレイザー・ヘッドからしてみれば、よほどそういう分野に興味があるのだなと、たしかにそう見えるだろう。
 隣に立つイレイザー・ヘッドは、すでに視線を爆豪くんへ戻していた。その姿を、私はちらちらと盗み見る。気付かれていないはずはないだろうから、盗み見を大目に見てもらっているというところか。
 長髪で一部を隠された彫像のような相貌は、右目を眼帯で覆い隠していることで、以前よりも人相の悪さに磨きがかかっている。衣服と靴で見えないけれど、下肢には義足を装着しているはずだ。
 イレイザー・ヘッドが使用している義足はおそらく、ミルコの兎の個性を再現可能にしているような、特別で特殊な義足ではない。もちろんヒーローである以上、一般のものより耐久性にすぐれた義足ではあるのかもしれないけれど、そこにあるのは、何の変哲もないただの義足だ。
 眼球にいたっては、まだ本物の眼球にかわる義眼が開発されていない。いわんや、個性が使えるはずもない。
「個性が使える義肢というのは、ないんでしょうか」
「ないらしいな。生憎と」
 私の問いを待ち構えていたかのような、間髪容れない返答だった。もしかしたら本当に、私の問いを予想していたのかもしれない。セントラル病院でかわした会話から今の問いまで、私のなかではずっと地続きになっている。
 イレイザー・ヘッドは続ける。
「そもそも個性なんてもん、本来なくても生きていけるものだ。義肢を用いてまで、と考える人は少ない。コスト的にも高くつくしな」
「でも、ヒーローにとって個性は、なくても生きていけるものではないですよね」
「まあ、そうだな。個性は俺たちにとっては商売道具だ。なくてはならない人生の相棒のようなもん……というと、多少言い過ぎか」
「私はふだん、個性の存在なんか忘れて生きてるくらいなので、そういう気持ちはあまりよく分からないんですけど」
 けれど、腕が使えなくなっても一縷の望みをかけてリハビリをする爆豪くんや、視力を失い大きく力を削がれたイレイザー・ヘッドを見ていると、考えずにはいられない。腕と足をあわせて三本も失い、それでもまだヒーローを続けているミルコの姿に、思わずにはいられない。
「ヒーローが個性を手放さなくちゃいけなくなるのは、嫌だなと思って」
 もともとは、ヒーローになんてまったく興味なかった。ヒーローといったって、現代においてはあくまで一職業にすぎない。農家に感謝するように、警察に感謝するように、ヒーローにも感謝する。その程度の認識だった。
 あの戦いに、ただの市民である私は少しも関与していない。私はヒーローたちの背中のうしろで、ただ応援していることしかできなかった。それでも、私の人生においてこれほどまでに、ヒーローの存在を身近に感じたことはなかったように思う。
 彼らが身を挺して、私たちを守る姿を目の当たりにした。私たちを守るため、彼らが傷つく姿を目撃した。そうして遠い世界の、一職業にすぎなかったヒーローは、私のなかで実態を持った英雄になってしまった。
 私には戦うだけの力もないし、その意思だって持っていない。けれど、彼らを応援することはできる。支えることもできる。支えていたいと、そう思うようになった。
 ヒーローがヒーローたらんとする意志を持つかぎり、彼らを応援しつづけていたい。彼らがそこに立つことを望むのなら、どうにかして立ち続けていてほしいと願ってしまう。個性ひとつで、ヒーローであり続けることを諦めてほしくはない。
「義肢でも擬似的に個性の発現を再現できたらいいのに、と思って」
 それはここのところずっと、ぼんやりと思っていたことだった。