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柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(4)
サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。
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夏休みを目前にした金曜。
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から、今週のリハビリにはついていけないと連絡があったので、俺は久しぶりにひとりでリハビリのため病院にやってきた。
苗字
は今日の放課後、担任との進路相談が入っているらしい。そんなもんを放課後にやるのか、とは思うものの、俺には普通科でどういう指導をしているのかなど知る由もない。根暗の高校は進学校でもあるから、そういうこともあるのだろう。
進学についての具体的な話を、
苗字
は俺にはしてこない。勉強だけはかなりしっかり続けているようだから、俺に分かるのは内部進学ではなく受験をするつもりなのだろうということだけ。
あいつが俺に自分の話をしないのは、今に始まったことではない。どうでもいい話はするものの、肝心で大事な話ほど自分ひとりで勝手に抱え込む。そしてそのまま俺の知らないところで、自力で解決まで持ちこんでしまう。もうそういうやつだと思って諦めているから、進路に関して俺から何か聞こうとも思わない。
それでも、まったく気にならないわけではない。
少し前、
苗字
が書店で眺めていた受験問題集の、背表紙にあった大学と学部名。大学名は俺でなくても知っているような日本有数の難関大学だが、個性工学部という学部名ではどんなことをやる学部なのか想像もつかない。
寮に戻ってから調べたところ、まだ新設の学部ながらも、国外の大学やラボと共同研究をしていたり、国内のサポートアイテム企業と手を組んでいたりと、注目度はかなり高いようだった。大学進学しない俺でも、それなりに真剣に学部紹介のページを読んでしまう程度には、面白いことをやっている。
しかし、その学部の取り扱う学問と、根暗のイメージはかけ離れている。理数科目の教科書を嫌そうな顔で睨みつけているような
苗字
が、こんなド直球な理系学部の受験を考えているとは思えない。
やはり
苗字
本人が言うように、なんとなく気になって手に取り、眺めていただけなんだろうか。まあ、実際そうなんだろう。もしも本当に受験を考えているのなら、そもそもあいつが今文系クラスに所属しているのもおかしな話だ。
まさか進路希望を出してから今までの数か月で、急に理系に進学したくなるような何かがあったわけでもあるまいし。
そんなことを考えながら、俺はリハビリ前のストレッチを終わらせた。ほどなく、リハビリ室のなかに呼ばれる。
俺を呼んだのはいつもの療法士ではない、見覚えのない眼鏡の女だった。濃紺のスクラブを着た療法士は、何やら申し送り事項でも書かれているのだろう印刷物を挟んだボードを見たあと、俺に向けて、いかにも医療者っぽい笑顔で笑いかけてきた。
「爆豪くんの担当ははじめましてだね。よろしく」
「ッス」
「いつもの人じゃなくてごめんね。じゃ、さっそく始めようか」
特に世間話などもなく、さっさとリハビリを開始する。おおかた、俺の希望として申し送りに書かれているのだろう。限られたリハビリの時間に、無駄話で時間をつぶしたくはない。
しばらくはいつも通り、もくもくとリハビリをこなした。いつもの担当とは違うが、俺がやることは変わらない。
いくつかメニューをこなし、小休憩をはさんだところで「そういえば」と療法士が雑談めいた調子で切り出した。
「そういえば、爆豪くんはリハビリ一本でいくって聞いてるんだけど、義肢にも興味あるの?」
「あ?」
「これだけ覚悟キマってるし、意外だなと思ったんだけど。ヒーロー志望なら今すぐじゃなく、万が一の未来を考えてのこととかかな?」
ごくごく普通の、世間話と同じトーンで語られるものの、俺にはまったく覚えのない話だった。
周囲には義肢を使用した動作の訓練をしている患者もいるから、話題として不適切というわけではない。
しかし俺はリハビリの最初から一貫して、義肢の使用は一切視野に入れないと明言している。今やっているリハビリだって、もとの腕の機能を取り戻すためのものだ。いつもの担当療法士とは違うとはいえ、さすがにその程度のことが共有されていないはずがない。
「何の話だよ」
声が不機嫌になっているのが分かった。俺が問うと、療法士はきょとんとした顔をする。
「あれ? 違った? 私、このあいだまで、大戦後のいろんなあれこれでセントラルに派遣されてたんだけど、そのとき、きみの付き添いでよく来てる女の子が、ミルコにいろいろ話聞いてるの見てさ。そのあとも結構興味持って義肢使ってる人のリハビリとか見てたから、てっきり爆豪くんのこと考えてるんだと思ってたんだけど」
あれ、彼女じゃないの? と逆に聞き返され、俺は黙る。十中八九、
苗字
の話であることは間違いない。あいつ以外に、俺の付き添いでくる女子なんかいないからだ。
しかし、
苗字
のことだと思って話を聞くと、いろいろと理解できない点がある。そもそもあいつが、ウサギやろーに話を聞いていたというのも初耳だ。
うちの担任だけでなくウサギにまで話って、いったい何の用があってそんなことをする必要がある? そもそもあの女はヒーローになんか興味ないはずだ。
いや、待て。ウサギやろー、相澤先生。
セントラルに入院していたときに根暗に聞かれた質問。
苗字
にしては突っ込んだ質問だったから、なんとなく記憶に残っている。「爆豪くんは義肢にしようって、少しも思わなかった?」
一瞬、何か閃きかける。あのとき俺は何と答えたか。
一言一句同じとはいかないまでも、だいたいこんな感じ、というのであれば、自分のことだからなんと返事をしたかも思い出せる。
「義肢にするっつーのは要するに、片腕個性が使えなくなんのと同じだろ」
義肢。個性。ちらつく、赤い問題集の背表紙にあった文字。
──個性工学部?
そこまで考えたところで、作業療法士の声が俺の思考を遮った。
「まあ、今ってヒーローも一般のひとも、損傷を抱えてる人が増えたからね。もしかしたらご身内に義肢を考えてるかたがいるのかな。じゃあ、再開しようか」
言われたとおりにリハビリの準備をしながらも、散らばった情報が、頭の中で収束されていく。なんとなくだが、うっすら話が見えてきた。
しかし、それならそれで納得できない部分は残る。
苗字
のやつ、なんで俺にそれを言わねえんだ。自分の話をしないにしても、程があるだろ。
★
放課後の進路相談を終えた私は、自宅に戻るなり、リビングのソファーに倒れこんでいた。家には私しかいないので、だらけていたところで叱られることもない。
両親とも仕事で不在にしているのも、我が家ではいつものことだ。大戦直後こそ、治安の悪化を懸念して仕事をセーブしていたけれど、ふたりとも今では普通に働きに出ている。むしろ大戦前までより忙しくなっていて、家には私ひとりでいることのほうが多い。
進路相談室でコピーしてきた資料を見ながら、私は溜息を吐く。本来ならば、一学期の進路相談の時期はとうに過ぎていた。私もすでに一度目の相談は済ませている。このままいけば問題なし、とお墨付きをもらっており、両親にもその旨は伝えていた。
今日、爆豪くんのリハビリの付き添いを断ってまで進路相談にいったのは、進路の大幅な変更についての意見を、担任の先生に求めるためだった。
個性工学部への興味は、尽きないどころか日に日に増していっている。イレイザー・ヘッドの言葉が決め手になった、というわけではないにせよ、大きな転換点になったのは事実だった。
今見えている安パイの道を切って、自分の興味のある分野に挑戦する。言葉にすれば正しいことのように思えるけれど、私はどうしてもその道を選べずにいた。
その道を選ぶということは、私の生活のなかの優先順位を、大幅に変更するということでもある。
「はー
……
」
進路相談で話した内容を思い出し、また溜息を吐いた。
当然ながら、担任は私の進路相談に驚き、渋い顔をした。私はそれなりに文系のトップを狙える位置にいるわけで、それが急に理系転向などと言い出せば、進学実績を気にする学校側に渋られるのも仕方がない。まして、私は理系科目の成績があまりよろしくないのだから尚更だ。
とはいえ、私の進路なのだから最終的には私が決めることになる。
夏休み明けから化学の授業を受けていいことになって、一学期分の補習ができるプリントももらってきた。ただし理転はもう少し考えて、三年になるまでに結論を出すように。そう何度も釘をさされた。
進路相談の内容に溜息が出るのは事実。けれど同時に、打ち出された当面の方針に、ほっとしている自分がいるのもたしかだった。
これからも爆豪くんと付き合っていくのなら、最低限自分の生活が安定している必要がある。この先ずっとではないとはいえ、爆豪くんに合わせ、支えていく必要があるのは言うまでもない。チャレンジなどしている場合ではない。
理転が先延ばしになったことで、当面のところ、この問題は据え置きの先延ばしになった。そのことに、ほっとしている自分がいる。
爆豪くんの彼女として、正しい選択肢をまだ選べると思う自分。爆豪くんの彼女として、正しくない選択肢をまだ選ばずに済んだと思う自分。
そして、そんな自分にがっかりしている自分。
自分がしたいことはこんなにもはっきりしている。選びたい道は決まっている。今までの私なら、迷わずそちらを選んだだろう。
それなのに、今はその選択を選ぶことを「身勝手」だとすら感じてしまう。なぜか。私がその選択をすれば、爆豪くんのために割くことができる時間が減るから。
個性工学というのは、まだ未知の部分が多い個性因子について、研究し、実生活に役立たせていこうという学問だ。私はその学問に興味がある。興味で進学先を選ぶのなら、個性工学一択、それは間違いない。
ポケットにいれていた携帯を取り出し、画面にふれる。待ち受け画面を表示して、そこにうつる自分と爆豪くんの姿を眺める。
一年記念日にケーキと一緒に撮った写真は、結局待ち受けには採用しなかった。私の待ち受けはいまだに写りが微妙な、爆豪くんが大晦日に撮ってくれた写真のままだ。
進路のことを爆豪くんに相談しようか。
一瞬だけそんな考えが頭をよぎる。けれどすぐにその考えは却下した。
そんなことできない。今でさえ大変な爆豪くんに、これ以上の負担はかけられない。
それに、この問題を突き詰めていった先にあるもの、私が天秤にかけているものを、爆豪くんに知られるのは怖い。私が頭を悩ませている問題は、究極的には自分の進路か爆豪くんか、ということになってくる。
爆豪くんと別れて、進みたい道に進む?
ふいに、そんな思考が思い浮かぶ。はじめて自分のなかに、明確に爆豪くんと別れるという可能性を見て、私はぞっとした。そんなこと、今まで考えたことがなかった。
いや、そうではないのか。
正しくは、私のなかにはいつだって、爆豪くんと別れるかもしれないという、未来への不安、心もとなさのようなものが存在しつづけていた。爆豪くんとずっと一緒にいたいとは思っているけれど、だからといって、ずっと一緒にいられるなんて夢みたいなことを信じたことは、一度もない。
いつかは爆豪くんと、別れるときがくるかもしれない。
ただしそれは、爆豪くんのほうから私に告げられるものだろうと、そう思っていた。私から爆豪くんに別れを切り出すなんて、想像したことは一度もなかった。
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