柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 ★

 復興作業や全国巡業で滞っていた通常カリキュラムを進めるため、夏休みの半分以上がつぶれることに決まった。その知らせをホームルームで聞いたとき、クラスの大多数は「そうだろうな」と納得するだけで、不平不満をもらすこともなかった。
 休みを潰されることにかんして、もはや俺たちは全員慣れっこになっている。むしろ、急に長期休暇をくれてやると言われたところで、たいていのやつは寮に残って、訓練だの課題だのにいそしむだろう。俺も当然、そのくちだ。
 帰省なんか数日ありゃ十分だ。さいわい、その程度の休みはあるらしい。休みが明ければ、インターンも再開される。プロの数が揃いきっていないので、当面はごたつくことになるだろうが、それは俺たちが気をもむようなことではない、とのこと。これは担任の言だ。
 ともあれ、夏休みがつぶれること自体に、問題はない。問題は、そのことを根暗に言いそびれたことだった。
 夏休み返上が言い渡されたのは、根暗に「連絡するな」とメッセージを送った直後。しまったと思っても、時すでに遅しだ。
 こういうときだけ従順に俺の言うことを守っている根暗は、この二週間ほどまったく俺に連絡してこない。夏期講習だのなんだのあるとは聞いていたが、それにしたって連絡くらいできるだろうが。そっちが連絡してくれば、こっちも「夏休み返上」くらいの連絡はできるものを。
 ……いや、こっちから連絡すればいいのは分かっている。連絡して、呼び出して、二週間前の電話ブチ切りについて事情を聞き出す。それが手っ取り早く、かつもっとも合理的な行動なのは分かっていた。
 分かっているのに、実行に移せないまま二週間が経っている。中途半端に時間をおいたせいで、自分でも今更どのツラ下げて、という局面に入ってしまったのだった。
 夏休み、俺も俺でそれなりに忙しい。そもそも、実質夏休みに入っていないも同然だ。しかし、俺のこの状況を根暗は知らない。
 もしかして俺は、根暗を放置して遊んでいると思われているのだろうか。そう考えると今度は逆に、それで平気そうにしている苗字の正気のほうを、とことん疑いたくなってくる。
 それとも自分の進路のことで、またぞろ自分の内にこもって頭を悩ませているのか。まあ、それはそうだろうとは思う。
 そういうのを丸ごとこっちにも投げてよこせや、言えやと思いつつそう迫れないのは、自分に余裕がないからだ。正直、苗字を気遣っている余裕が、今の俺にはない。
 もんもんとした気分で寮内を歩いていると、外に買い出しに行っていたのか私服姿の耳郎が、
「ちょっと、爆豪」
 ちょいちょいと手招きして、俺のことを呼び止めた。呼べば来ると思われているのも腹立たしいが、無視するのもそれはそれで、小さい男だと思われそうで腹が立つ。しぶしぶ、俺は耳郎のほうに歩いて行った。
「チッ、俺ァ暇じゃねンだが」
「これ、あんたにって。手ェ出して」
 挨拶も用件もそこそこに、耳郎は俺が出した左手の上に、何やら小さい袋を置いた。かさりと乾いた音を立てたのは、やけにポップな色合いをしたパッケージの菓子だ。
「あ? んだこれ」
 耳郎がわざわざ俺に買ってきたとは思えない。寮全体への差し入れならば、こんな個包装の菓子を選ばないだろう。
 誰かの土産というわけでもなさそうだ。どう見てもそのへんで買ってきた菓子に見える。
 耳郎が何も言わないので、俺はしばらくその袋をじろじろと眺めまわした。なんだ? 賞味期限ぎりぎりのもんでも押し付けられてんのか?
 眺めること数秒。ふいに、俺はそのパッケージに既視感があることに気が付いた。いや、既視感というのとは少し違うのか。食ったことがある菓子だということは、ひと目見たときから気が付いていた。嫌というほど見覚えがある。
 それは昨夏以降、苗字がしょっちゅう差し入れに選んでいた菓子の、個包装版だった。
 俺はふたたび耳郎を見る。耳郎はなぜかにやけたツラで、「やっと気付いた」と笑っている。
「は? どういうこった。てめえ、なんで」
「買い物に出たらたまたま会ったから。あんたに渡しといてって言われたんだよ。ちゃんと渡したからね」
「ふざけんな。あの根暗、自分で渡しにこいや……
 そうぼやいてから、連絡するなと言ったのはこちらだったと思い出す。しかしそれにしたって、こんな遠回しに気遣いなのか何なのかも分からん、まどろっこしいことしやがって。つーか、まじでなんなんだ。どういう意図の菓子なんだ。暗号か?
 しかし、意味が分からないのはさておくとしても、これで根暗に連絡するきっかけができたのはたしかだった。舌打ちをして、俺は菓子をポケットに突っ込む。
「じゃ、ウチの用はそんだけだから」
 そう言って立ち去ろうとしている耳郎を、俺はその場で呼び止めた。
「おい」
「おい、じゃない。名前」
 こいつ、こういうとこあんだよな……
「おい、耳郎」
……なに?」
 むっとした顔で、耳郎が振り返る。俺は左手でがしがし頭をかいた。咄嗟に呼び止めはしたものの、何を言うべきなのかはまったく考えていない。しかしこの場で耳郎をこのまま放流するより、もう少し何か口を割らせた方がいいと、俺の本能じみたものが告げている。
 耳郎が怪訝そうに俺を見る。仕方なく、俺は思ったことをそのまま口にした。
「他は」
「なに?」
「他は、なんか言ってたかよ」
「あ、名前ちゃんのはなし?」
「それ以外何があんだ!」
 話の流れを汲むっつーことを知らねえのか? つーか、どいつもこいつも馴れ馴れしく名前を呼びやがって、おまえら別に苗字と無関係な他人だろうが。もっと他人行儀な距離をとれ。
 イライラしながら、耳郎が口を開くのを待つ。しかし耳郎は、他って、と言いながら首を傾けた。
「別に何も言ってなかったよ? ふつうに元気そうだったし……
「チィッ!!」
「うわっ、でっかい舌打ちビビった……
 そら舌打ちも出るわ。あの根暗、なんで元気にピンピンしとんだ。夏休みで思う存分勉強ができて死ぬほどご機嫌ってか。おい。死ぬほどご機嫌ついでに俺に連絡すんのも忘れてるってか。おい。クソが。
 一瞬忘れかけていたイライラした気分が、ふたたび鎌首をもたげてくる。あのアホ根暗、菓子ひとつで俺の機嫌がとれるとでも思ってんのか?
 と、腹を立てる俺をしりめに、耳郎が言った。
名前ちゃん、今日ちゃんと話したら結構印象違ったかも。ああいう感じの子なんだね」
「あ?」
「前に会ったときはもっとこう、爆豪の彼女ーって感じだったからさ」
 耳郎のふわふわした物言いは、感覚的すぎて理解不能なものだった。
「意味わかんねえ。語彙がカス」
「だから、ちゃんと話したら結構ぐいぐいくる感じで、いい意味で面白かったってこと。爆豪が隣にいるのといないのとで、印象変わるよねってこと」
……
「ていうかウチもう行くから! じゃあ後でね」
 そう言って今度こそ立ち去る耳郎を見送り、俺も自分の部屋へと戻るべく歩き出した。エレベーターに向かいながら、耳郎のやつが去り際に吐いていった言葉について、考えるともなく考える。
 耳郎の苗字評は、かなり苗字に対して好意的かつ穏当な物言いをしていると考えれば、まあ納得できる範疇の評価だった。少なくとも、少し前に芦戸や上鳴たちと一緒になって、やんややんや言っていたのに比べれば、よほど実物の苗字像に即している。
 それはつまり、さっき聞いた耳郎の苗字評のほうが、以前のものより俺のなかの苗字の印象に合致する、ということだ。俺のなかの印象。俺が付き合おうと決めた苗字に。
「爆豪が隣にいるのといないのとで、印象変わるよねってこと」
 それじゃあ何だ、根暗は俺の隣にいるときには、俺が思っているとおりの、本来の根暗には見えていないということか? 耳郎の言っていた意味が、分かるようで分からない。俺からしてみれば、苗字はいつでも根暗な苗字だ。
「クソ、訳わからん……
 何かひどく、ボタンを掛け違えている感覚がある。ひどく、重大なことを見落としているような気がする。その感覚だけがあるのに、肝心の部分が見えない。
 自分の部屋に到着し、鍵を開ける。もどかしさに舌打ちをして、俺は部屋のドアを力任せに閉めた。