柚子子
2024-10-04 11:19:34
174956文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(4)

サイトに掲載している長編の第四章です。今回の話から最終話までのネタバレ(コミックス未収録回)を含みます。

 作業が一段落したところで、小休憩になった。もうあと一時間もすれば、今日の作業を終えて学校に戻る。汗をぬぐい、ふと辺りを見回せば、視界のあちこちで雄英生と夢咲女子の生徒が、作業しながらの交流にいそしんでいた。
 ここ一年ほどは物騒な事件が続いていたこともあり、品行方正な夢咲女子のお嬢様学生たちは、その物騒の渦中の雄英生と交流を持つことをほとんどしなかった。しかし私たちの上の学年までは、雄英生と夢咲女子生という組み合わせのカップルが結構まあまあ、それなりにいたと聞く。
 私と爆豪くんの場合は中学からの縁だけれど、国内指折りのエリートヒーロー科と、同じく国内指折りのお嬢様学校が、仲睦まじく最寄り駅を同じくしているのだ。そこで男女の交流がさかんに行われるのも、ある意味では当然のなりゆきだ。
 まあ、恋愛にうつつを抜かせるのも、平和だからこその特権みたいなものだしな……
 少し前の自分と爆豪くんのことを思い出し、そんなことを考える。世の中が荒れているときには、好きだのなんだの言っている場合ではなかった。相手が爆豪くんだから、ではあるけれど、連合と死柄木弔が打ち倒されたからこそ、私と爆豪くんにおだやかな時間がおとずれたことも事実だ。
 このまま何事もなく、平和が続いてくれればいいんだけども。
 と、やや他人事のように考え、小さながれきの入ったゴミ袋を持ち上げたそのとき、ふいに背後から「苗字先輩っ」と元気な声をかけられた。
 振り返れば、見知らぬ女子がきらきらした目で私を見つめている。ジャージの色からして、夢咲女子の一年生だということは分かるけれど、あいにくと彼女の顔に覚えはなかった。多分、話したことはない相手だ。
 この子、なんで私の名前を知ってるんだろう。戸惑う私に一切かまわず、後輩は勢い込んで私にたずねた。
苗字先輩って、大・爆・殺・神ダイナマイトの恋人なんですよね!?」
 大……なんだって?
 意味不明な日本語に怯えかけたところで、それが爆豪くんのヒーロー名だったことを思い出した。そういえば大戦の前から、爆豪くんはヒーロー活動時にそう名乗り始めたのだった。
 平和を守るヒーローが名前に「殺」とか入れていいのか。思わず首をひねりたくなるネーミングだけれど、制度上は問題ないらしく、不思議なことに世間にはふつうに受け入れられている。
 それはともかく。私はゴミ袋を収集場所に置いてから、改めて後輩と向き直った。
 爆豪くんと付き合っていることを、私は特に隠していない。というより、在校生だったらだいたいみんな知っている話だ。
 ただ、入学したばかりの一年生にまで知られているというのは、さすがに少し予想外だった。爆豪くんの知名度を加味しても、想像していたよりずいぶん早い。ばれるとしても、もう少し後の話かと思っていた。
「それ、どこで聞いてきた情報なの?」
 私の質問に、後輩はなぜかいっそう鼻息を荒くした。
「どこって、そんなのみんな知ってますよ! だって大・爆・殺・神ダイナマイトって大戦の英雄のなかでも特に有名人だし! 先輩は大・爆・殺・神ダイナマイトと中学が同じって聞きましたけど!」
「あーまあ、うん。そうだね」
 ひゃあー! と黄色い声をあげる後輩。というかこの子、爆豪くんのヒーロー名を一切略さない。あのややセンスを疑うヒーロー名をこうも連呼されては、聞かされている私のほうが恥ずかしくなってくる。「大・爆・殺・神ダイナマイト」をどばどば浴びせられるという、新種の辱めを受けているようだ。ううう、変な汗かいてきた……
「すごいなぁ、先輩!」
「す、すごいかな……? ふつうに付き合ってるだけだよ」
「何を言ってるんですかっ! あの大・爆・殺・神ダイナマイトに選ばれてるんだから、そりゃあすごいですよ。やっぱ先輩には大・爆・殺・神ダイナマイトをメロメロにするだけの何かがあるんですかね!? なんてったって、相手はあの大・爆・殺・神ダイナマイトなんだし!」
「あの、もう大・爆・殺・神ダイナマイトはそろそろその辺で……
 いい加減許してほしい。私がいったい何をしたっていうんだ。
「そもそもね、大・爆・殺・神ダイナマイト、いや爆豪くんからは陰キャの根暗扱いされてるくらいだし……
「なるほど、つまり先輩は大・爆・殺・神ダイナマイトのおもしれー女枠!」
「爆豪くんのなかにそんな枠ないよ」
 大・爆・殺・神ダイナマイトのなかにもそんな枠はないと思う。あったとしたら廃止した方がいい。大・爆・殺・神ダイナマイトなんてネーミングより面白い女、そうそういない。
 ごほん、と私は大きめに咳払いをした。興奮して顔を真っ赤にしていた後輩が、ほんの少しだけ落ち着く。この機を逃さぬようにと、私は素早くたずねた。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど、そういう話って結構……その、広まってるの?」
「んー、まあそうですね。今年の一年は大戦の英雄にあこがれてる子多いですし……。あと先輩、結構目立つので」
「先輩って、私? 爆豪くんじゃなくて?」
「はい。苗字先輩のことです。爆豪さんは大・爆・殺、」
「それは分かった。言わなくて大丈夫」
 新規の大・爆・殺・神ダイナマイトを急いでキャンセルしながら、私はふうむと考えた。
 爆豪くんが目立つのは分かる。爆豪くんは中学時代から今までずっと、年がら年中目立ち続けてきているひとだ。目立たない爆豪くんなんて、跳ばないミルコと同じくらい想像がつかない。
 けれど、翻って私はといえば、生まれてこの方目立ったことなど、ただの一度もない。さすがに根暗を自称することはないけれど、地味で目立たない人間だという程度の自認はある。
「いやー……目立つかな……、目立つようなことしたつもりないけど……
 うめくようにそう言うと、後輩は少しだけ不思議そうな顔をして、軽く首をかたむけた。
「先輩、たぶん自分で思ってるより全然目立ってると思いますよ。そもそも高校からの編入組ってだけで、うちだとやっぱちょっと浮きますし」
「あ、目立つって浮いてるってこと?」
 それならば身に覚えがある。高校入学直後に、高校近くの駅で雄英生にカツアゲされてる生徒がいる、と風評がたったときから、私はずっと校内で微妙に浮いている。
「あと単純に、うちの学校って成績優秀なひとは注目されません?」
「それはたしかに、……そうかも」
「だから先輩が大・爆・殺・神ダイナマイトと付き合ってるって聞いたときも、みんなわりと、あーって感じでしたね」
 あーって感じって、どういう感じなんだろう。見知らぬ一年生集団にあーって感じだと思われる私って……
 もちろん、変にやっかまれたりするよりはいいに決まっている。それはたしかだ。けれど、なんだろう、この微妙に腑に落ちない、落ち着かない気分は。
「あれ、先輩なんか納得してませんか?」
 後輩に問われ、私はうなずく。
「いや、うん……。あーって感じって、どういう感じなんだろうと思って」
「感覚的な問題だからアレですけど、こういう人だから大・爆・殺・神・ダイナマイトに選ばれるんだろうなっていう、なんだろう、説得力? みたいな」
「説得力……
 私にそんなものがあるのか……? ほかでもない自分自身が、どうして爆豪くんと付き合っているのか分からないと言い続けたまま、なんだかんだ一年経ってしまったというくらいなのに……
「うちの学年、大・爆・殺・神ダイナマイトのファンがやっぱかなり多いんですけど、先輩はその調子でほかの女たちを黙らしちゃってほしいです!」
「いやー、はは……。そうできたらいいんだけどね……
「応援してるんで!」
「ありがとう……?」
 応援されても困る、とも言い出せず、私は曖昧に微笑んでおいた。
 いったい後輩たちの目には、私はどんなふうに見えているのだろうか。私のどこを見て、説得力なんて言っているのだろう。まったく理解も納得もできなくて、空恐ろしさすら感じてしまう。
 けれど、似たようなことは以前にもあった。爆豪くんの病室をおとずれたさい、看護師に「献身的」と言われたときにも、いまと同じような居心地の悪さを覚えた。
 私は自分でも気付かないあいだに、「献身的」で、爆豪くんの彼女として「あーって感じ」の人間だと、周りから認識され始めているのかもしれない。そう気付いた瞬間、にわかに周りの音が遠くなる。
 無意識に、右の耳朶に手を伸ばす。まるで胸のうちが凍り付くような、そんな得体のしれない嫌さがあった。

 ★

 今日の作業の指揮をとっていたジーパンから少し休めと指示を受け、しぶしぶ俺は作業を中断した。素早くあたりを見回して、その場に苗字の姿を探す。
 異様に視界がよく見晴らしがいいのは、このあたりのでかい建物や人工物が軒並み破壊されているためだ。ほどなく、根暗の姿が見つかった。
 指定のジャージに軍手、片手にトング、片手にゴミ袋というクソだせえ恰好で、もくもくとゴミの回収作業をやっている。そのクソださ真面目に振り切った作業姿勢に、俺は内心ほくそ笑んだ。そうそう、あいつはそういうやつだった。
 別に苗字に用事があるわけではない。やってんな、ということだけ確認して、休憩のため目立たない場所に移動しようとしたところで、
名前ちゃんすごいなぁ、張り切ってるよね」
 ふいに女の声が聞こえてきて、俺は足を止めた。ちょうど俺が作業をしていたすぐ近くに、根暗と同じ色のジャージを着た女がふたり、並んで片付けをしている。がれきの山があって、向こうからは俺の姿が見えていないのか、女たちは俺の存在には気が付いていないようだ。
 なんとなく、俺はがれきの山のかげに身を隠した。どうせ休憩中だ。サボっていることにはならない。
 隠れながらそっと女ふたりの姿を盗み見ると、そのうちのひとりにはうっすらと見覚えがあった。
 以前、苗字と一緒に歩いていたときに、彼氏づれで歩いているのと鉢合わせた女だ。たしか、苗字は「りっちゃん」と呼んでいた。
 その「りっちゃん」が、もうひとりの女に言う。
「やっぱ立場が人をつくるってやつなんじゃない?」
「立場て。なんの立場?」
「だからさ、雄英生の彼女の立場だよ」
「あー、バクゴーくんの彼女の立場ね」
 どう聞いても苗字の話題だ。とはいえ話の雰囲気からして、陰口というわけではなさそうだった。単純に、苗字を雑談のネタにしているだけ、というところか。
 女ふたりの会話はつづく。
「まあでも実際、立場が人をつくるっていうの? 名前ちゃんのこと見てると、そういうところあるなぁと思うよ」
「たしかに。こういうボランティアとかだってさ、去年までだったら参加はしても、自分の割り振られたぶんちゃんとやりますんで、って感じだったじゃん名前ちゃん。ましてこんなん有志だけの活動で、強制参加ってわけじゃないし」
「お? なんだなんだ悪口か?」
「いや、そうじゃなくて。ただ、半分遊びにきてるみたいな子らのぶんまで手伝って、ようやるわと思うって話」
「あー、たしかに。それはね……
 女ふたりの話し声が、そこで一度止まる。なんとなく、顔を見合わせてでもいるんだろうと、そんな気がした。そういう間の取り方だった。
「なんかねぇ、良し悪しだよね」
「うん……。雄英生目当てに来て、たいして働いてない一年とか、見てると結構いるし。そういう子のぶんの仕事を、同じ班の名前ちゃんが押し付けられてたりもするわけじゃん」
「純粋にえらいなと思うけど、同じくらい、そんなもん無視せえとも思うわけで」
「まあねぇ。サボってる子の尻拭いなんか、してやんなくてもいいと思うけど、そういうわけにもいかないのかもね。名前ちゃんがバクゴーくんの彼女だって知ってる人多いし、なんか、見て見ぬふりはしにくそう」
名前ちゃんの人は人、みたいなとこ考えるとさ、やっぱだから、変わったよねと思う」
 そこから女ふたりの雑談は別の話題にうつっていった。俺はその場に突っ立ったまま、今盗み聞きした話について考える。それと同時に思い出すのは、中学時代の苗字についてだ。
 中学時代、苗字は自分のガリ勉友達には気前よくノートを貸す一方で、クラスのたいして勉強もしていないモブ女からノートを貸せと言われたときには、のらりくらりと要求をかわしていた。
 印象深い一件だったから、今でもはっきりと覚えている。苗字は単なる根暗ではなく、相手を見て対応を変えていると、俺が知ったのもそのときだった。
 すでに気張っている人間に手を差し伸べることを、根暗は少しも厭わない。苗字はそういうやつだ。
 反対に、自分がカスだと思った相手には、礼を失さない程度にはっきり拒絶を表明する。そういう自分のなかでのルール、一種の我の強さのようなものを持っていることを、俺はまあまあ悪くないと思っていた。
 俺が知っている苗字は、たとえ俺と付き合っているからなんてどうでもいい事情があったところで、ていよく面倒を押し付けられるタイプではない。
「どういう風の吹き回しだ……?」
 がれきの山のかげで呟いた疑問に、当然ながら答える声はなかった。